第19話
…まゆのお腹に赤ちゃん、赤ちゃん?
思いもよらない情報を処理するのに、僕は頭をフル回転させる。
という事はつまり、僕の赤ちゃんだ。
「まゆっ。」
僕はまゆの肩を引き寄せそっとお腹に触れる。
「僕とまゆの子じゃないか。そうだろう?どうしてすぐに言ってくれなかったの。」
「…かずき君、喜んでくれると思わなくて…」
「何で、喜ぶに決まってるじゃないか。」
「だって、パパとママになんて言うの?付き合ってる事さえ報告できないのに、子供が出来たなんて………」
ぐさり、一番痛いところを突かれて何にも言う事が出来なかった。
「それに、もしいらないって言われたら、別れようって言われたらどうしようって考えると………」
まゆはうつむき、それ以上話す事が出来なくなってしまった。
こんなになるまで一人で不安にさせていた事にまるで気付いていなかった僕は、正直焦り戸惑った。
そしてまるで壊れ物に触れるように、抱きしめる事しか出来ずにいた。
「ごめん。一杯不安にさせて本当にごめん。僕の事許してくれないか?」
「………」
「ちゃんとするから、全部。今度こそ本当にまゆの為なら何でもするから。」
「………」
「そうだ、これからまゆの家に行こう。こうたとはなさんにきちんと話すから、ねっ。」
「………パパに殴られちゃうよ。」
「そんなの、まゆを失う事に比べたらどうって事ないよ。」
「…ほんとに?」
「もちろん。」
ゆっくりとまゆは顔をあげる。
僕はベンチに座るまゆの前にひざまづくと、両手を取って言った。
「ねえ、一緒にいて分かったと思うけど、僕はまゆの思ってるような男じゃない。」
「…うん?」
「臆病だし、嫉妬するし、年ばっかり重ねただけで全然大人なんかじゃない。」
「…うん。」
「でも、まゆの事だけ愛してる、心から。僕のそばにずっといてくれないか。」
「…それって、プロポーズ?」
「そのつもりなんだけど…」
まゆは黙り込んでしまって返事を返してくれない。
「まゆ?僕の事嫌いになった?」
「…そうじゃない。」
「じゃあ、お願いだからハイと言ってくれない?」
「………私だけじゃないでしょ。」
まゆは僕を見つめていった。
「お腹の赤ちゃんも愛してるって言って。」
「もちろんだよ。まゆとお腹の子を愛してる。二人ともこれからもずっと僕のそばで笑っていてくれないか。」
「…私もこの子もかずき君の事愛してる。もう絶対離れないからね。」
言うが早いか、まゆは僕の腕の中に飛び込んできた。
きつくしすぎないようにそっと抱きしめると、髪が触れない背中の感触が新鮮だった。
まゆが腕の中から僕を見上げて言う。
「かずきくん、30回目のお誕生日おめでとう。」
「うん、そうか。今日は僕の…」
色々あってすっかり忘れてしまっていた。
「そうよ。30代になった気分はいかが?」
「幸せだよ。大事なものが一つ増えるんだから。」
僕はまゆのお腹にそっと触れる。
「早く会いたいな。安心して産まれておいで、マイベイビー。」
「マイベイビーって。」
僕の言葉にまゆが楽し気に笑う。
「おかしいかな?」
「ううん、かずきくんっぽい。」
まゆは僕の腕からするりと抜け出し、手をつないだ。
教会の背を向け、二人で遊歩道を歩く。
「はるおみにお礼しなくちゃ。」
「僕からもね。今から連れて行ってよ。」
「うん。かずき君見たら、きっとビックリするわ。」
はるおみはプロポーズするほどにまゆを愛しているのだろう。
まゆの恩人とはいえ、顔を合わせるのは正直気が引ける思いだった。
「僕らの事、喜んでくれるかな?」
「もちろん、大丈夫よ。私が幸せになるんだから。」
「大学はどうする?」
「大学にはいつだって行けるわ。」
「…いつ僕の家に引っ越してくる?」
「気が早いなあ。当分無理でしょう。」
まゆは苦笑したが、もう離れたくなくって僕は引き下がらなかった。
「ねえ、今日僕の家に来ない?明日ゆっくり、こうたとはなさんに説明しに行くから。」
「もう1泊出来るんだけどなあ。はるおみ一人にするのも悪いし。」
「僕がキャンセル料を払うから。はるおみくんと泊まるのは駄目だって。」
少々強めに言う僕をなだめるようにまゆが返す。
「わかってる。でも、私とはるおみは心からの親友だからね。昨日の夜だって何にもないから。」
「分かってる、何かあったなんて思ってもないよ。まゆは僕だけ…僕と赤ちゃんだけだものね。」
「そうよ。かずき君だけ愛してる。これまでも、これからもずっとね。」
「僕も愛してるよ。これから何があっても僕はまゆのものだよ。」
風に吹かれて踊るように舞う落ち葉の小道をまゆと並んでゆっくり歩きながら、僕はただ幸せをかみしめていた。
「…ねえ、そう言えば言ったかな。」
「なあに?」
「髪、短いのもよく似合ってるよ。」
そう言うと、僕はまゆの細い首筋にそっとキスをした。
渇望 茉白 @yasuebi
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