第18話

「ありがとうございました。」

 元気な声に見送られながら、私は店を後にした。

 こちらはもうすっかり秋の装いで、長袖だろうがマキシ丈だろうがのワンピースだけだと涼しく感じられる。

 明日には帰るのだから何らかの結論を出さなければならないのだけれど、今はただ何も考えずに振り始めた落ち葉をザクザクと踏みしめながら歩いていたかった。

 そうやって遊歩道をしばらく歩いていくと目の前が開けて、白い教会が現れた。

 あの日、パパとママが幸せそうに微笑みあって写真に写っていた場所。

 いつの日か私もここで幸せなお姫様になるんだって信じていたのだけれど。

 複雑な思いを深呼吸で吐き出して、ドアに近づきそっと開ける。

 そこはまるで違う世界に足を踏み入れたかのように、静謐な空間だった。

 先客の邪魔にならないように一番後ろの長椅子に静かに座ると、私も目を閉じて手を組み祈りをささげた。

「どうか、皆が幸せになれますように。」


 どのくらいそうしていた事だろう。

 目を開きゆっくり顔を挙げると、周りの人は誰もいなくなっていた。

 私も戻ろうかなと思った時、カタンと後ろでドアのあく音がした。

 あまりにも遅いからはるおみが心配して迎えに来たかな、そう思った次の瞬間、もう懐かしささえ感じる声に呼ばれる。

「…まゆ?」

 振り返るとなぜか、かずきが茫然とした表情でこちらを見ていた。

 絶対現れるはずのないかずきを見て、私もきっと同じような表情を浮かべていたに違いない。

「まゆっ。」

 私の名を読んでこちらに向かってくるかずきを見て私は反射的に逃げ出そうとしたが、急に立ち上がったせいかめまいに襲われる。

 かずきは私に駆け寄り、倒れる前に体を支えてくれた。

 そして、私を椅子に座りなおさせ向かい合うように座り、私の両腕を優しくつかんで離さない。

「会いたかった。」

 いつも通りの甘い声だがいつもより真剣な口調でそう言って私を見つめると、ふと私の異変に気付いた。

「髪、どうしたの?」

 かずきはさっき短くしたばかりの髪に気付き、動揺しているように見えた。

「…切った…」

「どうして?いったい何があったのか僕にもわかるように説明してくれないか?」

「………」

 そういわれても、何から話していいのか分からない。

「まゆ?ねえ、聞いてる?」

「かずき君、声大きいから…」

 場所が場所だけに、ここで話すのははばかられた。

「とりあえず出よう?もうどこにもいかないから。」

 そう促すと、かずきはそっと私の腕をつかんでいた手を放してくれた。

 二人並んでドアへ向かう途中、私は振り返りもう一度心の中で十字架に祈りをささげた。

 「どうか勇気をください。」

 

 私たちは教会の前の小さなベンチに並んで座った。

「…どうしてここがわかったの?」

「それは、はるおみくんがヒントをくれて…」

「はるおみが?どうして…」

「…彼、プロポーズしたって本当?」

「えっ、それもはるおみが?」

「まゆはもう僕だけのまゆじゃないとも。」

「………」

「ちゃんと話してくれるよね。」

 そう言うとかずきはじっと私を見つめた。

 私もまっすぐかずきを見つめ返す。

 隣にはこんな時でも優しくてカッコイイ私の永遠の王子さま、後ろには幼いころから憧れていた教会。

 夢にまで見たシチュエーションに、私は幸せだった。

 もう何も怖くない、たとえ失う事になったって。

 私は覚悟を決めた。


「かずき君の事が嫌いになった。」

「嘘だ、そんなの信じない。」

やっぱり、こんなのは思った通り一蹴される。

「はるおみにプロポーズされたのは本当。」

「………」

「はるおみ、春になったら結婚しようって。パパとママにもきちんと挨拶しに来てくれるって。」

「…どうしてそんな話になってるの?」

「急ぐ必要があるから。」

「…どういう事?」

「かずき君の事が好きよ。でも、かずき君以上に大切な存在が出来たの。」

 かずきは何かで胸を撃ち抜かれたように、ショックを隠せない表情を見せた。

「…それって、はるおみくんの事?」

 かぶりを振ると髪を切ったばかりの首筋がスース―した。

「はるおみのプロポーズを受ける気はないわ。」

「じゃあ、誰?」

「…わからない?」

「わからないよ。全然わからない。」

 かずきの混乱はピークに達しようかとしている。

 私は一生分の勇気を振り絞った。

「あのね…遅れてるの…」

「遅れてるって、何が?」

「………生理。」

 かずきはすぐには理解できないようすで私を見た。

「検査薬も試したの。陽性だった。わかった?つまりここに赤ちゃんがいるっていう訳。」

 私は早口で一息でそう言うと、両腕でお腹を包み込んだ。

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