第14話

 朝、まだ早い時間に部屋のチャイムがなった。

 不審に思いながらドアスコープから覗くと、何故だかそこにいたのはまゆだった。

 僕は急いでドアを開ける。

「あれ、何でここにいるの?今日はかずきさんと旅行の日じゃなかった?」

 訝しんでいる僕の顔を見ると、まゆはぽろぽろと泣き出してしまった。

「はるおみ…私…」

「まゆ、どうしたの?とりあえず部屋に入って。」

 部屋に入るとクッションに顔をうずめ、声を殺して泣いている。

 僕はしばらく何も言わず椅子に座って眺めていた。

 そのうち少し落ち着いたのか、まゆがぽつりと言った。

「はるおみ、私もうだめかもしれない。」

「だめって何が?」

「かずき君とどんな顔で会えばいいのかわからない。」

「いったい何があったの?」

「…私の事軽蔑しない?」

「しないよ。だから何でも話して。」

 まゆは重い口を開くと、ぽつりぽつりと事情を話し始める。

 まあ、想定の範囲内の話ではあったので、僕の気が動転する事は無かった。

 遅かれ早かれ、いずれはこうなると思っていたから。

「で、かずきさんにはいつ話すの?」

 まゆはかぶりを振る。

「おじさんとおばさんには?」

「…誰にも話せないからここにいるんじゃない。」

「そうだよね。僕らはお互い秘密の箱みたいなものだからね。」

「どうすればいいと思う?」

「そりゃ、一番いいのは、今真実を皆に話す事だけど?」

「それが出来てたらここにはいないでしょ。」

 相変わらずクッションを抱きしめたまま、まゆが言う。

「まゆはどうしたいの?」

「私?…私は……幸せになりたい。」

「そこにかずきさんがいなくてもいいの?」

「…わからない。かずき君がいない未来なんて考えた事なかった…だけど、今は…」

「それが普通だよ。当たり前の感情なんだから落ち込まないの。」

 僕はまゆをなだめるように、言葉を選びながら話を進めた。

「大丈夫、すべて収まるところに収まるさ。どうにもならない事なんて絶対ないんだから。」

「そうかな…そんなもの?」

「そりゃそうさ。まゆがその気になれば何とでもなるんだよ。僕だっているんだし、もう落ち込まないで。」

「はるおみ…ありがと。ごめんね、急に押しかけて。」

 よく見ると、まゆはボストンバッグを持っていた。

「旅行、どうするの?」

「一人で行こうかと思って。」

「一人?」

「今後の事とか色々考えようかなって。」

 それを聞いた刹那、僕にあるいい考えが浮かんだ。

「じゃあ、僕と行かない?」

「はるおみと?」

「二人で予約してあるんでしょう?」

「そうだけど、でも…」

「僕も行ってみたかったんだよね、ちゃんと自分の分は払うから、ねっ。」

 迷って決めかねているまゆにもう一押しする。

「今、まゆの事心配で一人にしておきたくないんだ。お願い。」

「…分かった。一緒に来てもいいけど、はるおみにはそんなに面白いところじゃないわよ。」

「はいはい、それでもいいよ。じゃあすぐ準備するから待ってて。」

 まゆの肩を抱き、気付かれないようにまゆのスマホをそっとポケットに忍ばせると、僕は急いで荷物の準備をする事にした。

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