第2話

 かずきがフリーズするのが分かった。

「何?まゆ、どういう…」

「私の事抱いて欲しいって言った。」

 かずきの言葉を遮ると話を続けた。

「いつまでも子供扱いしないで。私にそういう事してもいいのはかずき君だけだってずっと決めてたの。お願い、かずき君の本当の特別にして。」

 じっと見つめ続けていると、かずきも視線をそらせないでいた。

「…それは、その…、困ったな。」

「どうして。私の事が嫌い?」

「そんな訳ないよ。でも…こうたが…」

「パパの事が怖い?」

「そりゃあ、信頼を裏切るような事は怖くって出来ないよ。」

「どうしても駄目なの?かずき君、私の事好きって言ったじゃない。特別だって。」

「それは、もちろんそうだけど。そういう意味じゃなくって、かわいい妹みたいな…」

「お兄ちゃんなんて思った事ない。ごまかさないで。」

 私はいつもの甘えたおねだりではなく、強い口調で追いつめてしまう。

 かずきはどうしたらいいのか分からず、心底困っているように見えた。

 私は強く突き放されない事に一縷の望みを託す事にした。


 あからさまに大きなため息をつくと、私は言った。

「そう、分かった。かずき君は私じゃダメなのね。」

 そう言うと、かずきの腕からするりと抜け出した。

「ならもう、何もしなくていいから。」

「何もって…」

「どうせもうすぐ大学に行くんだし、適当な相手見つけるから。」

「適当なって…」

「かずき君の知らない新しい出会い、新しい相手がいくらでもいるっていう事。」

「どうしてそういう事言うの。まゆはそんな子じゃないだろ。」

「私ってどんな子?かずき君が私の何を知ってるって言うの?」

 かずきが言葉に詰まる。

「かずき君じゃなければ誰でも一緒よ。」

 さっきまでとは違い淡々と話す私に戸惑っているようすだ。

「知らない相手じゃ心配?なら、はるおみでもいいかな。仲良しだし、優しいし。」

 それを聞いたかずきの表情がふっと硬くなった事に気付かないふりをして、私は話し続ける。

「何でも言う事聞いてくれるし、私の事好きだって言ってくれるし、パパもママもかずき君も安心だろうし。」

「………わかった、おいで。」

 少し怒ったような口調でそう言うと、かずきは私の手をつかみ、早足でリビングを通り抜け一直線に寝室へ引き込んだ。


 かずきはベッドに座ると、足の上に私を向かい合わせに座らせる。

 部屋はカーテンの隙間から漏れる月明かりにでほんのり明るく、かずきの顔はいつもより神秘的で綺麗で近くて、私は一気に緊張した。

 ポケットからスマホを取り出したかずきは、どこかに電話をかけ始める。

 話す声はいつもの感じに戻っていたが、表情はまだ硬い。

「もしもし、こうた?僕。………うん、まゆね、疲れて寝ちゃったみたい。………どうせ休みだし、明日送り届けるよ。………大丈夫、心配しないで。じゃあね、お休み。」

 どうやら電話の相手はパパのようだ。

「これで今晩は一晩中大丈夫。」

 かずきは誰かに言い聞かせる様にそう呟くとスマホをベッドに放り投げた。

 私の腰に手を回して一度ぎゅっと抱きしめた後少し離し、じっと私を見つめながらいつもの甘く響く声で囁く。

「シャツ脱がして。」

 いきなり予想外のお願いにドキンと心臓がはねた。

 自分から誘ったのだが、あまりの急展開について行けなくなってきた。

「かずき君、ちょっと待って、私…」

「待てない。僕のシャツ、脱がして。」

 もう一度、優しいが有無を言わせぬ調子で言う。

 こんな風に言われると抗う事などできなかった。

 私は視線を落とすと、そっとシャツに手をかけた。

 緊張で震えてなかなか外せないボタンを何とか外し終えると、シャツがはだけかずきの上半身があらわになった。

 服の上からでは分からなかったが、華奢に見えていた身体は思ったよりも筋肉質で均整がとれていた。

 初めて見る好きな人の姿態に、思わず目をそらしてしまう。

「こっちを見て。」

 そう言われると逆らう事も出来ず、ゆっくりと向きあうとかずきはいつもの優しいかずきだった。

「まゆ、僕の事本当に好き?」

「…好きよ。」

「こんな事しても?」

 そう言って、かずきは私にそっと口づけをする。

 触れた唇を熱く感じ、私のさっきまでの威勢はどこかへ行ってしまっていた。

「まゆ、初めてなの?」

 声が出ず、頷く事しかできなかった。

「…そう。じゃあ、ゆっくりね。」

 そう言うと優しく何度も唇を重ねる。

 何度も繰り返しされるキスはどんどん甘くなっていき、頭の芯がクラクラしてきた。

 長く深いキスの後、かずきが耳元で囁く。

「もうやめる?」

 今まで聞いた事のないような艶めかしい声が私の耳に響き、ゾクゾクした。

「………やめないで。」

 私はやっぱりうまく声が出せなくて、小さな声でそう伝えるので精一杯だった。

「じゃあ、まゆからも僕にキスして。」

 恥ずかしさで一杯の気持ちをこらえて、何とかかずきにキスをする。

「大変よく出来ました。」

 かずきは余裕たっぷりで、小さい子供を誉める様にそう言うと、私の耳たぶを甘噛みする。

 思わず跳ねた首筋をそっと指先でなぞるように触れ、私をふわりとベッドに押し倒す。

「…まゆ、もう他の男の事なんて話さないで。」

 そして、怖がらせないようにそっと、でも逃がさないようにぎゅっと抱きしめられた私はかずきに身を委ねた。

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