第5話

一度溢れ出した気持ちは堰を切ったように、止めどなく尽きる事がないようだった。

これが人を好きになるという事ならば、いったい今まで恋愛は何だったのか。

どうしても会いたくて我慢できなくなりまゆに連絡したのは、あれから3日後の夕方の事だった。

「まゆ、会いたい。」

「かずき君、今どこ?何かあったの?」

「今?仕事が終わって車の中。今日会えない?」

電話の向こうでクスクスと笑う声が聞こえる。

「何がおかしいの?」

「急にかずき君から私に会いたいなんて珍しいと思っただけ。」

「…会えるの、会えないの?」

「私も会いたい、今すぐにでも。向かえに来てくれる?」

「もちろん。待ってて。」

そう言って電話を切ると、僕は衝動に突き動かされるように車を発進させた。


15分程で僕はまゆの家が見える所に到着した。

いつもの様にチャイムを鳴らすべきか車の中で逡巡していると、玄関のドアが開きまゆが出てきた。

僕の車を見つけ助手席にスルリと乗り込むと、僕を見てまたさっきみたいにクスクスと笑う。

そんなまゆを横目に取りあえず車を発進させた。

「ねえ、何がそんなにおかしいの。」

運転しながらまゆに尋ねる。

「だって嬉しいんだもの、かずき君が連絡くれて。そんなに私に会いたかった?」

「…まゆは僕に会いたくならなかった訳?」

「私はずーっとかずき君の事ばかり考えているわ、昔からね。」

「僕も最近、まゆの事ばっか。」

そんな僕の言葉をまゆは嬉しそうに聞いていた。

赤信号で止まると我慢しきれず、まゆの手に触れる。

甘い砂糖菓子のように魅力的な僕だけの少女。

顔を見ると触れたくなる、触れると抱きしめたくなる、抱きしめると抱きたくなった。

「どこ行く?」

僕が聞く。

「一緒ならどこでも。」

まゆが言う。

「何て言って出てきたの?」

「友達の悩み相談にのってくるって。」

「じゃあ、僕の悩みを解決してもらおうかな。」

信号が青になり、僕は車を自宅へと走らせた。


部屋に入るやいなや、僕はまゆを玄関で抱きしめた。

前回のように余裕を見せる事は出来ない僕に、ほのかな柑橘系の香りが絡みつく。

性急な抱擁を楽しむかのように、まゆは僕に話しかけた。

「それで、今日のお悩みはなんですか?」

まるでカウンセリングだな、なんて僕は思う。

「実は、最近仕事が手に着かなくって。」

「ふうん。他にはどんな症状があります?」

「食事もあんまり喉を通らないんです。」

僕は真面目ぶって、深刻そうな口調でまゆに合わせた。

「それは重傷ですね。何が原因は分かりますか?」

「分かります。不足しているんです、まゆが。」

そう言うと、キスをしてまゆの唇を塞ぎ話すのをやめさせる。

それだけで欠けたピースが埋まったように、どこか満たされて気持ちになった。

ゆっくり唇を放すと、まゆが上目遣いで僕を見ながら恥ずかしそうに言う。

「…もう1回、して?」

あまりの愛くるしさに僕の理性は吹っ飛んでしまい、歯止めが効かなくなった。

ふわりとまゆを抱き上げると寝室へ連れていき、感情に流されるまま抱いた。


「今度、二人でどこか行く?」

僕のベッドの上で横たわるまゆに聞く。

「ほんと?じゃあ、水族館に行きたいな。」

まだまだかわいい行き先に、僕は思わず笑みがこぼれた。

「あーっ、子供っぽいと思ったでしょう。」

拗ねたようすのまゆを見て、愛おしいと思った。

「そんな事ないよ。そういえば長い事行ってないな。」

「そうでしょう。駄目?」

「いいよ。じゃあ家まで迎えに行くから。」

「大丈夫?今度のお休みはパパ家にいるけど。」

心配そうに僕に言う。

「大丈夫だよ。二人で出かけるのなんて初めてじゃないんだし。」

「でも、まだ秘密なんでしょう?」

不服そうにまゆが言った。

「今ばれちゃうと、きっともう会えなくなっちゃうよ。」

「それは駄目、絶対。」

「じゃあ、もうちょっと我慢して。僕の事信じてくれる?」

「かずき君がそう言うなら…信じてるから。」

がっかりした声でそう言うと、まゆは僕にくっついてきて、

「じゃあ、誓いのキスして。」

「今日は何に誓うの?」

「永遠の愛。」

「わかった、誓うよ。まゆだけだよ。」

永遠なんて信じるほど僕は初心ではなかったけれど、まゆが喜ぶなら何でもよかった。

僕はまゆにキスをし、抱きしめ、そしてもう一度抱いた。

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