第21話 魔帝アルト降臨
——ヴァーミリオン王国近郊。
その場所はかなり開けた平地になっており、前方には気持ちが悪いほどの大軍勢が押し寄せてきていた。
『サリエラ法国』と『ガルディア帝国』の連合軍は……精鋭部隊350万人。
その先頭に立つのは『サリエラ法皇』。
『魔帝教団エクリプス』を使い王妃様を誘拐し、エリィを傷付け、国王様と数多くの衛兵たちを動かぬ肉塊へと変えた張本人だ。
サリエラ法皇は豪雨と雷鳴が轟く中、雨に濡れないように屋根に覆われた
「何じゃ、あの貧相な黒ずくめの男は……」
サリエラ法皇はあえて僕にも聞こえるような大きな声で話してきた。
家来がすぐさま近くへと寄り、耳元で何かを話す。
「ハーッハッハッハーーー。何じゃ紙クズでも紛れ込んだのかと思ったら、王国の学生風情のゴミクズか……」
汚い言葉にも腹は立つが、もはや言葉以上に声そのもの苛立ちを覚えた。
「そういうお前は誰か分からないな……。ちょっと口がプンプン臭うから黙った方がいいと思うぞ?」
誰なのかは明白だったが、僕はあえて挑発するような言葉を口にする。
当然周囲は無礼極まりない言葉にザワつき、サリエラ法皇も反応するかのように、ワインの入ったグラスを握りしめる手は怒りで震えていた。
「朕のことを知らないと? ……まあいい。よく聞くのじゃぞ! 朕こそはサリエラ法国の偉大なる最高の指導者! そしてやがては【魔帝】様に認められ、選ばれし民をまとめ上げる新時代の長となる———」
「黙れよハエが……。ぶんぶんうるせぇ……」
「ガッ!……き、きさま……」
格好良く名前を名乗り、決め台詞を述べようとするサリエラ法皇をハエ呼ばわりすると、更に沸点が上昇したようで、手にしたグラスが粉々に砕け散った。
「「「ほ、法皇様………」」」
「「「怒りを抑えてくださいませ……」」」
周囲に動揺が走り、家来たちからは僕への罵声も飛び交っていた。
サリエラ法皇が突如、片手を軽く上げると周囲の声は "ピタリ" と止み、辺りは雨風の音だけになった。
「全員! あのしれ者を極刑にせよ!!! サリエラ法皇の名の下に、天の裁きを与えてやるのだ!!!!」
350万人の精鋭部隊が、一斉に魔法杖や魔剣を構え詠唱を始める。
「「「凍てつく氷よ。今ここに大きくなりて巨大なる氷塊の散弾を降らしたまえ!——『
「「「ざわめく風よ。大気よ、吹き荒れ1つとなりて全てを崩壊させよ!——『
「「「怒れる天よ。雷よ。その力の全てをここに宿りてその敵を灰塵と化せ!——『
さすがにこれだけの規模での詠唱ともなると、迫力がすごく感じられ、内心その異常な光景に圧倒されていた。
いくつかの魔法は奇跡的にも融合することに成功しており、全ての魔法を合わせれば街1つを消し飛ばせるほどの威力となっている。
「ガハッガハハッ……ガーーーッハッハッハッハーーーー!! ゴミクズ相手に少しやりすぎな気もするが……朕を怒らせた貴様にはお似合いだ! さあ、食らわせてやるのだっ!!!」
サリエラ法皇の合図によって、氷・風・雷・地……光煌くありとあらゆる魔法が一斉に行使され、眼前に迫った。
「
僕は一言そう呟き、5割の力で
その速さのあまり "ビュンッ!!!" という音が周囲に鳴り響くと共に、全ての魔法が蹴りの風圧に相殺され一瞬で消え去った。
「なっ! ば、ばかな……『
サリエラ法皇の顔に、初めて焦りの表情が見られ、周囲のエリート集団たちからもどよめきが生まれる。
「「「法皇様! 恐らくたまたま、運良く、何かの偶然で消えたのかもしれません。 "あれ" をやりましょう!!」」」
周囲にいた者たちから "あれ" と呼ばれるものが提案されると、サリエラ法皇の口元がこれまで以上のニヤけ面へと変化した。
「程度の低い駒の割にはよき提案じゃ! 貴様たち、あれを——頂上融合魔法『バーテクス・マジカル・フレアバースト』を圧縮させた状態で発動させるのじゃ!」
(……『バーテクス・マジカル・フレアバースト』だと? そんな魔法聞いたこともないが、ハッタリか?)
ただただ強がっているだけのようにも思えたが、サリエラ法皇の合図と共に、350万人の精鋭たちは聞き慣れない詠唱を始め、上空にはヴァーミリオン王国側へ向けて王城の10倍はあるかと思える巨大な魔法陣が出現していた。
「ガハハッ……貴様のようなゴミクズ風情には理解もできんだろう? 350万人による頂上融合魔法! 最大規模の魔法国である、朕の国だからこそこの技が使えるのだ!」
そう自慢げに話しながら、サリエラ法皇は立ち上がり勢いよく両手を上げた。
たまたまであったが、サリエラ法皇が両手を上げると同時に天に浮かぶ魔法陣は7つに増え、その全てが一際眩しく輝きを放ち始めた。
(……さすがは腐っていても魔法大国って訳か。ここまでの規模の魔法……僕だけじゃなく後方のヴァーミリオン王国ごと消し飛ばすつもりか……)
7つの魔法陣の光が極限に達し、周囲が真っ白の閃光に包まれると同時に、サリエラ法皇は合図を発した。
「ガッハッハッハッハッ! 今度はまぐれなど起こらぬぞ、ゴミクズがぁぁぁ!! 王国諸共、全て消し飛べぇぇぇぇ!!!! ——頂上融合魔法『バーテクス・マジカル・フレアバースト』発動じゃ!!」
大気が……地面が……世界そのものが揺れ動くほどの圧倒的な魔法。
しかもそれがあり得ないレベルにまで圧縮され、エネルギの塊となった閃光の波動が7つの魔法陣を介して放たれた!
「……確かに、これは見事すぎる魔法だな。ムカつくがあっぱれってもんだ」
「ガッハッハッハッハッ! 強がるなよゴミクズが! このまま貴様はこのまま塵となってこの世から消え失せるのだからな! ほら、消し飛べぇぇぇぇ!!!!」
頂上融合魔法『バーテクス・マジカル・フレアバースト』——まさしくこの世界最大規模の最強の魔法が、僕の方へと迫り来る。
僕は静かに左腕を伸ばし、最強の魔法に触れた。
「バカめッ! 自ら左腕を突っ込みにくるとは!! 勝った……勝ったぞ!!! ついに長年に渡り完璧に計画した、最強の法国として魔法国の全てを牛耳る朕の計画が達成されたのだぁぁぁぁ!!!!!」
戦場に響き渡るサリエラ法皇の声を耳にし、周囲の精鋭たちが必死に法皇に向けて言葉を放つ。
「「「ほ、法皇様……。あ、あれを……見てください……」」」
「な、なんなのじゃ……? あ、あばばばば……朕は何を見ておるのじゃ……あんなこと……あり得るのか?!」
「「「あ、ありえませんよよよ………化け物……いえ、次元が違いすぎます………」」」
サリエラ法皇たちが驚くのも無理はなかった。
——あれだけ息巻いて "最強" と豪語し、国1つを丸ごと焦土と化すほどの威力と規模を兼ね備えた最強の魔法を……僕は片手だけで受け止めているのだから。
「ようやく気付いたか? 確かにお前たちの割にはよく頑張った魔法だったが、この程度の魔法如きで僕をヤレる訳ないだろう?」
僕は受け止めている左手に力を加え、止めている魔法を周囲の空気ごと圧縮させていく。
「「「ウワァァァァァァァァ……と、とばされ………」」」
「「「ほ、法皇様に防御魔法をををを………」」」
圧縮する過程で世界滅亡規模の暴風が起こり、竜巻が1000個ほど出来上がり、防御魔法を発動し損ねた精鋭たちは周囲の草木が根こそぎ飛ばされていくのと一緒に空高く舞い上がっていった。
更にはその圧縮させる勢いの影響で、天空に漂っていた黒雲は霧散されていき、空には茜色に染まる夕焼けが姿を現した。
僕が完全に手を握り込むと、全てを圧倒するその力によって『バーテクス・マジカル・フレアバースト』は完全に消滅し、同時に竜巻も暴風も夢のように消え去り、周囲には静けさだけが残った。
「おっと、ついつい力が入っちまったな。さて……準備運動はここまでにしておくかな」
「な、何なのじゃ……何なのじゃおまぇぇぇ!!!頂上融合魔法を消し飛ばし、世界を破滅させる程の天災を起こし、天を割るなど……そんな魔法が存在するはずが……」
「次はこっちの番だな」
僕は右手を前に突き出し、指パッチンの手にした。
「そ、その技は知っておるぞ! 貴様と決闘をしたという、ルベルト・ライナーズ伯爵家嫡男から聞いておるわ!」
「……ルベルト? あぁ……そんなやつもいたっけな」
この時点で、王国の貴族たちも全員サリエラ法皇の手駒にされていたことが確定した。
「この豪雨の後、湿りきった場所では炎の魔法は出せたとしても威力は損なわれて……燃えカスにしかならんわ」
「そんなこと知ってるさ。ただ、前のとは少し力の入れ方の違うただの指パッチンでね。湿った空間で指パッチンするとどうなるか分かるか?」
「指パッチン……だと?!」
「答えはこうだ。——音が大きくなる」
「ハッ……なんじゃ……音が大きくなることの、どこが脅威だと言うのじゃ!!」
——バチンッ!!!!!!
以前火柱が上がった指パッチンとは、少し違う角度からの指パッチンは、炎こそ出ないが戦場全てに轟く巨大な音の波動として僕を中心に広がっていった。
「ガハッ………い、イダイイイイイ!!!!」
「「「ウグッ……ガハァァァァ……や、ヤメデェェ!!!」」」
究極の音波は、全員の身体の内部に存在する血液を振動させ、目や耳や鼻や口といったありとあらゆる穴から、血を噴き出される状態になったのだ。
「痛いだ? お前たちの何十倍も何百倍も、エリィは今苦しんでるんだぞ? こんな物で済ませるものか……」
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
——バチンッ!!
力加減を間違えれば即死させてしまうので、抑えながら何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返し指パッチンを行い、サリエラ法皇と精鋭350万人の全てがそれに合わせて血を噴き出し、痛み苦しんでいた。
「も、もう……やめでぐれ……イダイ……」
顔中を血で真っ赤にさせたサリエラ法皇が、涙ながらに訴えかけてくる。
(……ふざけるな。あんなことをしておいてその程度の傷で、許されると思うなよ!!! エリィを傷つける奴は許すものか!!!)
僕の怒りは驚くことに全く収まらない。このまま一方的に物理的に痛めつけても面白くない。
……なので、僕は精神的にも追い詰めることにした。
「あ……そうだ。お前さっき、国を潰そうとしたんだよな? でも下手くそだったからさ、僕が本当の国の潰し方を教えてやるよ」
僕は一瞬でヴァーミリオン王国とサリエラ法国の間に
「「「今度はな、なんだ……?! 山を片手で持ち上げてる?!」」」
「「「ば、ばか! 魔法で浮かせてるんだろ!!」」」
「「「魔法であの規模の物を浮かせるのも、常識から外れすぎているぞ……」」」
周囲で理解出来ない現象を探るべく、必死に考察をしようとする家来たちを滑稽に思いながら、僕は力いっぱい上空へ高くジャンプした。
もはや空を飛んでいると思われてもおかしくないレベルで、上空まで移動し "タタンッ" と高速でステップを踏むことで空中で浮遊し続けた。
「さて……『消し飛ばす』……だったよな」
僕は片手で持っていた、エベレスト級の山を軽く上に放り投げ、7割の力を込めて拳を殴りつけた。
巨大な山は大きく亀裂が入り、その圧倒的な威力を前に隕石の流星群のごとくサリエラ法国へと飛んでいった。
「地図から消え去れ。クズの国が……」
上空から見て分かるほどに、サリエラ法国の法皇の城や街、あらゆる建物が流星群によって潰されて消し飛んでいく。
「よ、よせ……やめてくれ………朕の国が……朕の城がぁぁぁぁぁぁぁぁ」
サリエラ法皇はようやくむせせび泣き始め、
僕は地上に戻り、うなだれるサリエラ法皇の頭を靴の裏で押さえつけた。——地面に額が擦れるように、何度も何度もぐりぐりとしながら。
「さて、国は滅び城を失い……国民までも被害に遭っている状況で……次にお前は何を失う?」
「き、きさまは……一体何者……何じゃ……」
「——【魔帝アルト】……お前たちが崇め、信じてきた存在だよ」
「【魔帝】……様じゃと? 貴様のようなガキが……? そんなバカな……」
「「「……で、ですがこれまでの『
「「「認めましょう……。我々の敗北と、この方が【魔帝】様であり、我らが真にお仕えすべき御方なのだと……」」」
「ぐぬ……認めて……たまるか。5年以上に渡る朕の完璧な計画がこんなところで崩されるなど……。こんなことがあって、たまるかぁぁぁぁ!! お前たち、今すぐ攻撃を! こやつに攻撃をして仕留めるのじゃ!!!」
サリエラ法皇の言葉に従う者は、もはや誰一人としていなかった。
圧倒的すぎる実力差に、国を潰されたことへの喪失感。そしてその実力から本物の魔帝だと信じる者がほとんどであり、勝負は既に決着が付いた。
「つ、使えん駒どもめ!! 朕のために奴を殺せぇぇぇぇ!!! 捉えて極刑にするのじゃぁぁぁ!!!」
(……罪を認め、全てを謝罪し、心改め世界のために勤めるというのであれば……考え直したかもしれなかったがな)
もはやそのつもりがないのは態度からも明らかであり、僕は自身の怒りと復讐のために拳に9割の力を込めた。
「お前のような奴のせいでエリィは嘆き、悲しみ、そして苦しんだんだ。この一撃で全てを終わらせてやるよ!!」
—— 僕は周囲への影響を極力抑えるために拳に込めた力を圧縮させ、サリエラ法皇の存在そのものの全てを消し飛ばすことだけに注力することにした。
(後は……これを真っ直ぐ突き出せば終わるんだ。……いや、違うなここから始まるんだ! 僕の魔帝としての絶対的な異世界の支配が。二度と悲劇なんて起こさせてたまるか)
ただ、ひたすら真っ直ぐに……いつものように拳を一直線に突き出す——
——だが拳を放つ前に、僕の背後から何者かが身体を押さえつけるかのように飛び込んできた。
「だめぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
(なっ! こんな肝心な場面で邪魔するなんて……どう言うつもりなんだ?! ——エリィ!!)
「ダメッ! それをしたら……もうアルトがアルトじゃなくなっちゃう!!」
「うるさいうるさい!! 来るなと言っただろ! 大人しく城で待ってろ!」
僕の威嚇に、エリィはたじろぐような仕草を見せるも、僕とサリエラ法国との間にゆっくりと移動した。
脚どころか身体全体を震わせ、怯えた表情に加え先程まで泣いていたのが明白なように、頬には伝った涙の跡が残っていた。
「アルト……あなたがその攻撃をやめないなら、私が全力であなたを止めるわ。あなたをこのまま憎しみに囚われた化け物になんて変えさせないんだから!」
そう話すエリィの目はこれまでのどの場面より、真剣なものだった。
エリィは『精霊魔剣シルフィード』を発現させると右手で握りしめ、真っ直ぐ僕の喉元へと押し当てた。
「ハッ……何の……つもりだ? 君が僕を止める? 勝てるわけないだろう?」
喉元に当てられた鋼のひんやりとした冷たさを感じながら、僕はエリィを鋭く睨みつけた。
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次回……復讐と憎しみにより闇堕ちしたアルトを……エリィは救えるのか!
第22話 『約束のキス』(仮) へ続く
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