第2話 初めての戦闘?!

 僕は勇気を振り絞り、悲鳴の上がったところへ向かった。


(……確かこっちの方に……いたッ!)


 そこで僕の目に入ったのは、剣を構える体格の良いおっちゃんと相対する巨大な熊のような怪物。


 そしておっちゃんの後ろには、震えながら座り込む僕よりも少し幼いくらいの女の子と綺麗な女性の姿があった。


 さらに少し離れたところには、倒された馬車と傭兵らしき人物の首が複数転がっており、地面には赤黒い血の池が出来ていた。


(ま、まじかよ……これ全部あの熊みたいなのがやったのか?!)


 巻き込まれてはたまらないので、見なかったフリをしてその場から離れようとした時、不覚にも落ちていた枝を踏んでしまい "パキッ" と音を鳴らしてしまった。


「あ、あの……お願いします。助けて……ください」


(し、しまったぁぁ……見つかってしまった)


 振り向くと、女の子が目を潤ませて必死に懇願してくる姿が視界に入った。


(可愛らしい女の子だし助けてあげたいけど、僕にはどうしてあげることもできないよ……)


「少年よ!!」


 僕が踏み止まっていると、今度は剣を構えているおっちゃんに話しかけられた。


「頼む、少年よ! 私の妻と娘を……どうか安全なところまで連れて行ってくれないか」


 口元では必死に笑顔を作って懇願しているが、その目は明らかに自身の死を悟っているものだった。


「ダメ! パパも一緒に……あんなのと戦ったら死んじゃうよ」


「アナタ……私たちを置いて死なないで。お願いだから一緒に逃げましょう!」


 娘も妻も必死に泣く姿を見て、そこには家族愛が溢れ出ているのを感じた。


 見たところ三人とも、ものすごく高価な服装をしているので恐らく貴族なのだろう。


(貴族の人を死なせるわけにはいかないか。僕が囮になって何とか逃げる時間だけでも稼げれば……)


「ここは僕が囮になります! 僕が対峙している間に三人で逃げてください!」


 僕の言動におっちゃんは驚いた表情を見せる。


「いや、しかし……見たところ君は武器すら持ってないじゃないか……」


 ——グァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!


 熊の怪物が大きく咆哮する。


 よく見ると大きな爪と鋭い牙からは、衛兵たちのものと思われる血が滴り落ちていた。


(ゴクッ……こんなことなら、女神様から『聖剣エクスカリバー』を貰っていれば良かったな……)


 そう後悔したところで、最早何も変わらないことが悔やまれる。


「早くッ!! 行ってください!!」


 僕はおっちゃんの前に出て、両手を広げた。


 熊の怪物は武器も持たない僕の姿を見て滑稽に思ったのか、一直線に鋭い爪で襲いかかってきた。


「少年ッ!!! やめるんだぁぁぁ!!!」


「アナタ……ダメよ!!!」


(あぁ。異世界転移してまだ十分も経っていないのにな……せめて痛みは一瞬でありますように)


 目を瞑り、死をも覚悟した……のだが。



 ——ギャアアンンンンンンンンンンン!!!



 次の瞬間、熊の怪物の悲鳴のような声が、周囲に響き渡った。


 目を開けると、まさにものすごい量の血が周囲に飛び散っていく瞬間が瞳に映った。


「血ヤバッ?! ……でも僕、痛くないんだけど……」


 この血は自分のものだと思い込んでいた僕は、状況を理解できていなかった。


 熊の怪物の方に目をやると、攻撃を仕掛けてきていた右腕は肩部分から見事にちぎれてしまっていた。


「へ? ……何これ?」


(ど、どどどどどうなってんの?! これって僕じゃなくて熊の怪物の血?!)


 追撃が来るかもしれないと思ったが、出血量が多かったためか熊の怪物はそのまま倒れてしまった。


「信じられん……まさかあの〈 キングズリーベア 〉を倒すなんて……しかも一撃で……一体どんな大魔法なんだ」


(大魔法? いや、勝手に腕ちぎれてたんですけど。何言ってるんだろ……)


「アナタ、しかも今のは『無詠唱ゼロスペル』でしたよ。もしかしたら、今のも大魔法ではなく最上位魔法の一種で、この方は御伽噺に出てくる起源魔法オリジンを扱うとされる大英雄——伝説の【魔帝】様なのでは?!」


(あ、あのー……僕は女神様から魔法が使えないモブ認定をされているんですけど……)


「パパもママも! まずは助けていただいたんだから、お礼が先ですわ」


 どうやら一番しっかりしているのは、娘らしい。


「そ、そうだね。この度は助けていただいてどうもありがとう。私はヴァーミリオン王国の公爵 リンダス・ヴァーミルだ」


(公爵家……って王族の次に位の高い人じゃないか!)


 リンダス公爵は挨拶を続ける。


「こちらは妻のマリアンヌと娘のマリーだよ」


 二人も紹介に合わせて挨拶とお礼をしてくれた。


「えっと、僕はアルトっていいます……」


(あ、じゃなくてこういう時は跪いて……)


「いやいや、そんなことはしなくて良いよ!」


 僕が跪こうとすると、リンダス公爵は止めてくれた。


「そうだ! 差し支えなければこのまま私たちを王都まで護衛……と言うか共に来てくれないか? もちろんお礼は王都に着けば必ずすると約束しよう」


 本当なら辺境の土地で無難に生活していくつもりだったが、お金も住む場所もないのでとりあえず承諾することにした。


 僕たちは傭兵たちへの弔いを済ませ、四人で王都へと向かった。



 ***



 ——あれから数時間後……。


 僕とヴァーミル公爵家の三人は、何とか無事に王都に到着することができた。


 王都は大きな壁に覆われており、本来であれば許可証が無いと街を管理する衛兵に止められて入れないらしいが、公爵家のお墨付きということで僕は特別待遇で入ることができたのだった。


「実は私の兄上が、この国の国王をしていてな。一家の命を救われたことを報告しておきたいので、とりあえず一緒に王城へと来てくれないか?」


「……分かりました」


 正直なところ魅惑の王都散策と行きたかったのだが、早る気持ちを抑え仕方なく、リンダス公爵と一緒に王城へと向かうことにした。

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