第14話 精霊魔剣シルフィード

 僕も含めたクラスメイトたちが、息を飲んで決闘場の真ん中を見つめる中、エリィとエイジが専用の魔剣オリジナルを腰に携え、向き合うようにして立っていた。


 ——1人は5歳の時から剣才を発揮した『バーサク剣姫』


 ——1人は三国合同魔剣交流大会の『王国代表剣士』


 魔剣の扱いに絶対の自信を持つ2人の戦いが、ここに始まろうとしていた。


 エリィもエイジもお互いに力量をはかりたいと言わんばかりに、嬉しそうな表情になっている。


「模擬戦ですので、私が相手から1本取ったと判断するか、相手を降参させれば勝利とします! それでは——はじめっ!!」


「「「ワァァァァァァァァァァァ!!!!」」」


 先生から開始の合図がなされると同時に、クラスメイトたちから歓声が湧き上がる。


 ただの模擬戦だというのに、決闘場の熱気は凄まじいことになっていた。


 歓声が響き渡る中、2人は同時に魔剣の柄に手を掛けた。


 刃が鞘から抜かれる独特の金属音が周囲をこだまし、2人の魔剣がその姿を露わにする。


 エイジの持つ魔剣は、巨大な両手剣で色は黒曜石のように真っ黒。更にはマグマのような赤い模様が全体に組み込まれていた。


 どう見てもとてつもない重量だが、エイジの鍛え上げれた肉体により、まるでおもちゃの剣かのように軽々と持ち上げられていた。


 一方で、エリィの魔剣は少し細身の片手直剣で、象牙のような白を基調とし、アクアマリンのように綺麗な海色の装飾が施されていた。


(エリィの魔剣……すごく綺麗だな)


 各々が黒と白の魔剣を構え対峙する緊張感の中、僕は密かにそう思いながら、見つめていた。


「やはり動きませんか……。では、まずはボクの方から行かせていただきますよ!」


 エイジはそう言い放つと、黒の魔剣を大きく振り上げ、エリィに向けて一直線に駆け出した。


 移動速度は、ハッキリ言ってしまえばあまり速くはなかった。だが、ここからが魔剣を使用した戦いの真骨頂だった。


「壊滅せよ!——『重力波グラビティ』……そして、蹂躙じゅうりんせよ!——『暴風嵐デスストーム』」


 エイジが魔法名『重力波グラビティ』を叫んだ際に、黒い魔法陣が出現し、即座に禍々しい漆黒のオーラが魔剣に纏われる。更に『暴風嵐デスストーム』の効果が付与された影響か、漆黒のオーラを包み込むかのように剣全体に竜巻が発生していた。


「まさか【魔帝】様の『二属性同時魔法ツインマジック』みたいに魔法を使うなんて……すごいわね」


 "この攻撃は避けないとまずい……" とエリィは考えたらしく、かなり早い段階で回避行動を取り、後方へと大きくバックステップした。


「ハァァァァァァ!!!」


 エイジが叫びながら『重力波グラビティ』を纏った黒き魔剣を振り下ろすも、回避行動をしたエリィには当たらなかった。


 だが、直接地面に当たった事で、大きく地割れを起こし陥没させ、周囲にその破片を飛び散らし、その破壊力の優れた様を見せていた。


 そして瞬時に『暴風嵐デスストーム』の魔法の影響で、暴風が吹き荒れる。


 その暴風は、例えば2トントラックでさえも軽々と吹き飛ばしてしまうほどのもので、エリィのようにか細い少女では、一瞬にして塵のようにされてしまうレベルだった。


「『重力波グラビティ』に当たればペシャンコに……。避けても『暴風嵐デスストーム』で消し飛ばすという二重ふたえの攻撃。どうです? 我が最高の相棒——『魔剣ギガンテス』の力は!」


 暴風の最中、エイジは自身の力を自慢気に語る。


 だが、その暴風の中……エリィは魔剣を手にしたまま両手をぶらんと垂らして、仁王立ちしていた。


(普通なら飛ばされて、宙に浮いていてもおかしくない……エリィに何が起こってるんだ?!)


 よく目を凝らして確認してみると、何やら魔剣が周囲の風の流れを乱し、エリィのことを護っているかのように見えた。


(エリィを中心に、暴風自身が意志を持って避けているのか?!)


 そして、暴風が吹き荒れる中、僕の分析を裏付けるかのように今度は一歩一歩進み始めた。それはさながらランウェイを歩くかのような、軽やかな足取りだった。


「あ、ありえないですよ?! こんな暴風の中……吹き飛ばされないどころか、まともに歩けるはずが……」


「エイジ君。私に風のたぐいは効かないわよ」


 エイジの表情が恐怖で青ざめていく反面、エリィはその端正な顔でニコッと微笑んでいた。


「やはり、噂は本当だったんですね……。エリシア様の魔剣はただの魔剣ではないと……」


「えぇ……」


 エリィは静かに息を吸い込むと、素早く十字に魔剣を振った。


 すると一瞬にして、荒れ狂う暴風がエリィを中心に霧散していき、決闘場に静けさが戻った。


「エイジ君の言う通り、私のはただの魔剣じゃないの。——『精霊魔剣シルフィード』……それが私の相棒よ」


 エリィは精霊魔剣を握った右腕を伸ばし、構えた状態で微笑みを保ちながらそう話したのだった。



 ***



「『精霊魔剣シルフィード』……だって?!」


 僕は観戦席で思わずそう口にしてしまっていた。


 それに反応するかのように『クスッ』と、隣にいた先生に笑われてしまった。


 どうやら、驚きを隠せなかった僕の表情が思いのほか面白かったらしい。


「あの魔剣は本当に特別で、エリシア王女は10歳の時にシルフィードに見初められたんですよ」


「10歳の時にはあんな力を……。ちなみにさっき暴風の中でエリィが歩けたのは魔法の力なんですか?」


「いえ、あれは……魔法ではありませんよ。ただ精霊魔剣に魔力を流しているだけです。『精霊魔剣シルフィード』はありとあらゆる風に対する耐性と恩恵を与えられるのですよ!」


(規格外すぎる……。魔法使いの中では完全にチート級の存在なんじゃ……)


 いつも凛としている、としてのエリィ。

 時折可愛さを見せる、としてのエリィ。


 そして、まさかこんな強くて格好いい一面もあるなんて、僕は驚嘆するばかりだった。


「驚くのはまだ早いですよ。あなたの起源魔法オリジンには遠く及ばないですけど……エリシア王女には更なる真の力——『精霊魔装』がありますからね」


(『精霊魔装』……一体どんな魔法なんだ?)


 僕は先生の言葉を耳にしながら、再びエリィの戦いを見守るべく決闘場に注目した。



 ***


「精霊……魔剣ですか。どうりで強いと噂されていたはずですね! そんな反則級の武器を手にしてまで周囲から讃えられて、恥ずかしくないんですか?」


 好青年のエイジだったが、恐怖と自身の尊厳が傷付いてしまった影響でなのか、エリィに噛み付くような言いっぷりだった。


 エイジの鍛え上げられた肉体からも分かるように、彼は並々ならぬ努力の末『王国代表剣士』に選ばれるまでになったのだろう。


 ただエリィも同じで、当然努力をし続けてきたのである。それを否定されることは、彼女自身も許せるはずがない。


「エイジ君。私は例えこの子シルフィードを使わなくても、貴方に勝つわよ……」


 エリィはそう静かに話すと、精霊魔剣に流していた魔力を完全に断ち切った。


「クッ……これで負けては、ボクが弱者みたいじゃないですか!!! ハァァァァァ!!」


 エイジの特攻の一撃。


『魔剣ギガンテス』を大きく振りかぶり、エリィの頭上に狙いを定めた。


 その一撃には "負けられない" という確かな信念が宿っていた。


「精霊魔剣もろとも、エリシア様も潰して差し上げますよ!!!」


 エイジは高笑いしながら『魔剣ギガンテス』を振り下ろした。


「ふふ……残念だけど、その程度の攻撃で私は止められないわ」


 精霊魔剣と魔剣が激しくぶつかり合い、剣が交わる特有の金属音が響き、火花が散らされる。


 皆が固唾かたずを飲んで戦況を見守る中、エリィは魔力を流していない状態の精霊魔剣で、巨大な『魔剣ギガンテス』を受け止めた。


「なっ! ……魔力を使っていない精霊魔剣で、しかもたった一撃で止めるなんて……理解不能すぎますよ……!!」


 もちろんあれだけの体格差から繰り出される攻撃に、魔力や魔法を使わなければ一撃で止めれるはずもない。


 だが、エリィは素の剣技だけで——圧倒的な剣速で五連撃を繰り出し、ピタリと止めて見せたのだ。


 その剣はあまりにも速すぎるが故、エイジからは一撃にしか見えず、それは同時に剣技でもエリィが圧倒している証拠でもあった。


「そろそろ、負けを認めて欲しいのだけど……。どうかしら、エイジ君?」


 エリィは余裕の笑みを見せて、そう話す。


 当然エイジからすれば、例え『バーサク剣姫』が相手と言えど、認められるはずがなかった。


「ボクは……この国の……『王国代表剣士』! 最強の魔剣士なんですよ!!」


 その叫び声と同時に、エリィによって止められていた『魔剣ギガンテス』を一旦戻し、一歩後ろに下がった。


「エリシア様が剣技でも凄いことは分かりました。……なので、魔法も好きに使ってもらって構いません。ただ、次の全身全霊の奥の手で、本当に終わらせてあげますよ!」


 エイジは『魔剣ギガンテス』を右肩付近に構える。


「荒れ狂え、灰塵かいじんほむら!——『黒炎ノ刃バーンエッジ』」


 これまでのものとは比べ物にならないほど、巨大な魔法陣が出現し灼熱の黒炎が魔剣に付与される。


 その存在は瞬く間に場を支配し、荒々しくも全ての者を魅了するかのように燃え盛っていた。


 あまりの熱さで空気がよどみ、観戦席から見つめているだけで汗が垂れてくるほどの圧巻の黒炎。


「炎系統魔法でも、禁忌とされるほどの超高位魔法の黒炎を刃に宿すなんて……さすがね」


 そんな黒炎を前にしても、エイジを褒め称え……そして楽しそうに笑っていた。


「笑っていられるのも今のうちですよ! この究極の技を前に無事で済んだ者はいませんから!」


 黒炎を纏いし『魔剣ギガンテス』が猛攻を奮い、エリィの眼前に迫り来る。


「本当はここまでする必要はないのかもしれないけど……仕方ないわね」


 エリィは静かに深呼吸をすると、ハッキリとした口調でその言葉を口にした。


「『精霊魔装』を限定解除。——刮目せよ!『大気の精霊エアリアル』」


 先程の『暴風嵐デスストーム』の表立った暴風とは違い、うちに秘めたような悠然たる風が、大気が、空気そのものが、エリィの右腕に集約されていく。


 右手に握っている『精霊魔剣シルフィード』も魔装の効果で、眩しく緑がかった海色に光輝いていた。


 場の支配権がまるでオセロをしているかのように一転し、黒炎からエリィの存在そのものへと切り替わった。


(これが、先生の言ってた『精霊魔装』……。限定的にしか使っていないのに、何て力だ……)


 この力の凄さには、当然エイジも気付いているはずだ。


 だが、臆することなく黒炎の燃え盛る魔剣をエリィに向けて、豪快に突き刺そうとした。


 エリィも相対すべく、強化された『精霊魔剣シルフィード』を俊敏に突き出す。


 ——ビュンッ!!! バチチッ!!


 2つの魔剣が再び交わり、激しい鍔迫つばぜり合いのように動きがピタッと止まった。


 互いの力は均衡かのように思われたが、エリィの右腕に集約された風の力が一気に周囲へと放たれる。


 ただただ静かに広がっただけの風に見えたが、それはエイジの究極技の黒炎をまるで蝋燭の灯火ともしびかのようにかき消してしまった。


「な……なぜっ! ボクの黒炎が……『黒炎ノ刃バーンエッジ』が消されるんだぁぁぁ!!」


 エイジの表情は、まるで化け物を見るかの如く、青ざめていく。


 当然この異常な光景には、観戦していたクラスメイト全員に動揺が走っていた。


「『大気の精霊エアリアル』の前で、あの程度の炎じゃ蝋燭の灯火ともしびと変わらないわ……火力不足よ」


 エリィはそう話すと、精霊魔剣を握っている右手に力を加え、交えていた『魔剣ギガンテス』を上に弾き飛ばした。


「ヒッ……!!」


 武器を失ったエイジは両手を上げて、慌てふためき一歩下がる。


 エリィはその瞬間を隙と捉え、すかさずエイジの喉元へ『精霊魔剣シルフィード』を突き付けた。


「そこまでっ!!! 勝者はエリシア王女!!」


 先生によって、エリィは一本先取したと見なされ模擬戦終了の合図がなされた。


「「「ワァァァ!!!パチパチパチパチ!!」」」


「「「エリシア様、すごかったですぅぅ!!」」」


「「「エイジ君も素敵だったよ!!!」」」


 クラスメイトたちは、そんな温かな言葉をかけながら白熱した2人の健闘を称え拍手を送っていた。


 周囲からの声もあり、エイジの青ざめた表情も次第に引いていった。


 エイジも周囲に合わせるかのように魔剣を鞘に納め、エリィに向けて拍手を送った。


「参りましたよ……さすがはエリシア様です。ご自身の矜持きょうじのために、あそこまで全力を尽くす姿には感服しました」


矜持きょうじのため? 何言ってるのエイジ君?」


 エイジの真面目な質問に対し、エリィは首を傾げてそう返事した。


矜持きょうじのためではないのですか?! 強き者として意地とプライドを賭けていたのでは?!」


「違うわよ。私は、ただ相方パートナーに凄いところを見てて欲しかったの。隣に立って戦うのも、心の支えになり合えるのも私しかいないわよって……単にアルトのことを夢中にさせたい一心よ」


 エリィはそう話すと、唖然とするエイジを他所よそに僕の方へ振り向き、ニッコリと綺麗な笑顔を見せて一生懸命に手を振ってきたのだった。


(エリィ……僕はもう十分に君の事を最高の相方パートナーだと思っているよ。色んな意味で……)


 エリィの見せてくれた想いに心を打たれながら、僕も負けじと笑顔で手を振り返した。



 ***



 エリィが実はあんなにも強かったことには驚かされたが、むしろそれは良い意味での誤算だった。


(この調子で順調に行けば、僕たちはそう遠くない内に〈 上級クラス 〉へと昇格できるのではないか……?)


 魔剣の授業を終えた後、僕は楽観的にそう考えていた。


 イレギュラーなことは起こらずに、予定通りに昇格していき、エリィと母親を探す旅に出る。


 そんな日を目標に明日からも頑張ろうと、2人で話し合っていたのだった。


 ——だがその日の夜、事件が起こってしまったのである。


【三国合同魔剣士交流大会】——『王国代表剣士』であるエイジ・オルガが何者かに襲われ、出場不能の事態に追い込まれたのだ。


 国王や貴族たちは慌てふためき、すぐさま緊急会議が開かれる事となった。


 時間があまり残されていない中、国王とリンダス公爵以外の貴族全員の一致により支持され、白羽の矢が当たったのは……まさかの『バーサク剣姫』であるエリィだった。


 そして今大会の開催場所は隣国である『サリエラ法国』……。


 その国はエリィの母、ヴァーミリオン王国王妃である "アメリア・ヴァーミリオン" の誘拐事件の関与を、最も疑われている国だったのだ。





 ———————————————————————


 エリィの本当の強さが明らかになりましたね!


 そして予定とは違う形ではありますが、アルトとエリィは目的の場所である、隣国『サリエラ法国』へ。



 次回、第15話 『重なり合う二人の想い……』(仮) へ続く。






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