第22話 約束のキス

 戦場にエリィが現れ、更には喉元に剣先を突き付けてくることは、僕の中で完全に予想外だった。


「分かってるのか、エリィ。王妃様を誘拐したのも、国王様を死に追いやったのも、衛兵たちの惨劇も……全ての元凶はコイツなんだぞ! こんな奴らはここで全部始末しておくべきだ!」


 エリィは驚いた表情を見せ、サリエラ法皇の方へと顔を向けた。


「この人が……お母様を。そしてお父様の事を……」


 目をギュッと瞑り、苦しそうな表情を浮かべた後、目を開いて僕の方へと向き直った。


「それでも、王国のルールに則って裁かれるべきよ……。私情や個人の憎しみで相手の命を奪う事は、許されないわ」


 エリィこそ自身で復讐したい程に怒りでいっぱいになっているはずなので、彼女の決断は僕にとっては意外すぎるものだった。


「そんな……。じゃあこいつらがまた何かを企てたら? エリィのことを狙ったら? もしそうなったら僕は許せない。だったら今ここで全てを解決すべきだ。そのための力が僕にはある!」


「それはダメ! 貴方が復讐と恨みに焦がれたまま歪んでしまうのを見たくないの。私はアルトが復讐をすることなんて望んでないわ。この人たちは捕らえるだけにして、一緒にお城に戻るのよ」


「……なんで復讐の邪魔をするんだよ!!」


 エリィが望まない復讐を僕自身がしようとしている。本来であればここで止まるべきなのだが、サリエラ法国に危害を加えている以上、簡単に止まる訳にもいかなかった。


 たとえ、この場でエリィを多少傷付けることになっても僕は自分の果たすべき責務を全うする!


「エリィ……僕はここでキミを――倒す!」


 エリィに向けて拳を振り抜くべく、握りしめる。

 ここまですれば、さすがのエリィも僕への説得を諦めるだろう。


 そう考えていたが、彼女の意志と決意は僕の予想をはるかに上回っていた。


「いいよ。それでアルトがいつものアルトに戻ってくれるなら……」


 エリィは精霊魔剣シルフィードを鞘に納め、無防備にも両手を広げて目を閉じたのだ。


 それはまさしく完全に無抵抗で僕からの全てを受け入れる、という意思表示に他ならなかった。


「何でだよ。どうしてそこまでして僕を止めるんだよ!」


「そんなの決まってるよ! 私はアルトのことが大好きだから。悲しいことはたくさんあったけど、これから先もずっと一緒にいてくれるって言ってくれたから。私に結婚しようって、そう言ってくれたから。私のこれからの人生に、アルトが必要だから。私の隣にずっとずーっと居てほしいからだよ……」


 僕がもし本気で拳を突き出せば、確実に命はない。

 そんな状況でも僕のことを信じて、諭して、更には笑いかけてくれている。


 どうして、僕は少しでも彼女のことを傷付けてもいいと思ったんだろう。

 どうして、彼女がより悲しむ選択をしようとしてたんだろう。


 その後悔がふつふつと込み上げて、力なく膝から崩れるようにして座り込んだ。


「僕は……彼氏失格だな」


 こんなの嫌われても仕方ない。

 失望されても仕方ない。

 拒絶されても仕方ない。


 そんな想いでいっぱいの中、エリィは座り込み僕を抱きしめてきた。


「そんなことないよ。私の人生の相方パートナーはこれまでもこれからも、アルトだけだから。だから何度でも言うよ。大好きだよアルト」


 エリィはそのまま静かに顔を近付け、僕の唇に重ねるようにソッと口付けをした。


 柔らかく弾力のある感触と、同時にエリィの温かさを感じる。――心に深くかかっていた、霧のようなもやが完全に取り払われた瞬間だった。


「えへへっ。私の初めて……アルトとしちゃった。魔剣大会で優勝したら、キスしようねって約束してたのにできてなかったから」


 あぁ……もう。

 可愛すぎる!


 愛しいと思う感情が抑えきれず、今度は僕の方から口付けを交わす。


「んッ!……アルト……ォ」


 その幸せなひとときは永劫の時のように感じられ、ずっとこのままでいたいと思えるほどの至福の時間。


「ふふっ。キスした後ってちょっと恥ずかしいね」


 地平線から顔を出した朝日に照らされるエリィの笑顔。照れながらほんのりとピンクに頬を染めた姿はこの世のどんな宝石よりも美しく、もはや天使にしか見えないのであった。

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