第17話 第2の迷宮攻略

(パパっと終わらせないと、エリィの大会が始まってしまう……)


 僕は少し焦りながらも、せっかく得た情報を無駄にしない為に『魔帝教団エクリプス』の団員に言われた通りの場所へとやってきた。


「ここが……『第2の迷宮』か」


『第2の迷宮』——その場所は、僕がヴァーミリオン王国で攻略した迷宮と似たような造りになっていた。


(もし前と同じような迷宮なら、ここも魔物族の住処ってことだよな?)


 以前の迷宮で潜んでいた、魔物族七将軍の1人である〈 ゴブリンロード 〉との激しい戦闘を思い出していた。


 つまり、今回も将軍級の魔物族が存在する可能性が高いということになる。


 本来ならビビって足がすくむのだろうが、僕は反対にワクワクしていた。


「どんなやつがいるか知らないけど、ちょっとは楽しめる相手だといいな」


 僕は期待全開で『第2の迷宮』の中に足を踏み入れた。



 ***



 意気揚々と迷宮に入ったのだが、程なくして僕は衝撃を覚えることとなった。


 それは迷宮内の様子が、明らかに僕の知っているものとかけ離れていたからである。


 壁も床もまるで氷で出来ているかのような色合いと見た目であり、天然の洞窟ではなく、人工物であることは明白だった。


 そして奥に進むにつれ、壁に取り付けられた明かりが、自然と灯されていくさまを見て、まるで外から中に入る者を歓迎しているかのように感じていた。


(ここに立ち入る者がいるってことは……迷宮をアジトみたいに改造してるってことか?)


 僕の中でますます『サリエラ法国』への疑念が強まっていく。


 もちろん魔物たちが出現する様子もなく、ただの直線上で無限に続くのではと思えるほどの、無人の通路を歩み進めた。



 ***



 通路をひたすら歩き続けて、5分は経過しただろうか。


 何も起こらないことに不気味さを感じ始めていた矢先………。


 ——ビーーッ!! ビーーッ!!


 突如として天井に取り付けられていた、パトカーのサイレンのように赤く光る警報機がけたたましく鳴り響いた。


 鳴るまでその存在にすら気付かなかったが、どうやら仕掛けがされており、規定通りの対応をしなかった場合に作動する仕組みになっていたようだ。


 もちろん、元々こんな装置があるわけが無いので何者かによって意図的に取り付けられたことになる。


 ——ビーーッ!! ビーーッ!!


 警報機は中々鳴り止まず、耳障りな音と共に、気付けば前方の通路はいつの間にか集まってきた魔物たちで、大量に埋め尽くされていた。


 パッと見るだけでも、骸骨、狼、甲冑等々……色々な種類の魔物が確認できる。明らかに他の場所に存在していた魔物たちを、意図的に連れてきたかのように感じた。


 ただ、それ以上に脅威に感じたのは数である。


「ちょっ、これ……何体いるんだ?! 普通ここまでするか?!」


 正しく数えることができないが、500体は有に超えているだろうか。この異常すぎる光景に、間違いなく王妃様へと繋がる手掛かりが奥にあるとの確信が強まった。


(……にしても、さすがに通行の邪魔だな。一体ずつ相手にしてる時間もないし、一気に通らせてもらうか)


 僕は大きく真上にジャンプして、10メートル上の天井に取り付けられていたうるさい警報機を、素手で無理やり取り外した。


(うん、大きさも手に収まる程度で丁度いいな。天然の迷宮なら、崩壊の危険性も考慮したけど……ここまで人工的に造られているなら、多少無茶しても大丈夫そうだよな)


 警報機を華麗に上空に放り投げると、右手を突き出して手を軽く握りグーにする。


 そして、親指を人差し指で引っ掛けるかのようにして、力を込めた。


 上空で回転しながら舞う警報機は、ある点を境に重力に沿って落下する。


 丁度力を込めている親指の前まで来た瞬間に、僕は強く親指を弾き、警報機を前方に飛ばした。


 ——バチチチチチチチチッッッッッ!!!!


 指を弾く勢いと空気の振動が激しく呼応し、迷宮全体に響き渡るかと思うほどの轟音がこだますと同時に、淡い薄紫色の電撃が眩くまばゆ輝きを放つ。


 そして警報機はまるで——『超電磁砲レールガン』かのごとく前方にぶっ飛び、目を開けていられない程の煌めく閃光が通路一帯を支配した。


「おぉ……。普通程度に力を入れただけだったけど、ここまでやばいことになるなんて……」


 当然、先程まで前方にいた大量の魔物たちの姿は、一体たりとも残っておらず跡形も無く消し飛んでおり、迷宮の地面と壁は高熱によって湯気が立ち込めるほどのマグマ溜まりの道が出来上がっていた。


 その距離は圧巻の数百メートルにも渡っている。


「これは……絶対に人へ向けて撃っちゃダメだな……」


 あまりに規格外すぎることを改めて実感することとなり、さすがの僕も想像を遥かに超える自身の力に畏怖いふの念を覚えた。


「と……とりあえず、先を急ぐか……」


 僕は前方の見晴らしが良くなった通路を一気に駆け抜けて、迷宮の最奥の扉へと急いだ。



 ***



 ——『第2の迷宮』最奥の扉前。


 最奥の扉のある場所は、これまでの通路とは違い天井の高い空間になっていた。


 その天井と同じ大きさに扉も合わされているため、必然的にどっしりとした巨大な扉が道を塞いでいる。


 扉には極太の鎖と共に南京錠が付けられており、とても簡単に開くようには思えなかった。


「うーん……これは、普通に専用の鍵がないと開かないやつだよな……」


 もちろん鍵は持っていないし、探している時間もない。


(うん……決めた。これ、壊そう! 悩んだら 殴って叩いて ぶっ壊せ!)


 まるで川柳を詠うかのように五・七・五の台詞を鼻歌に載せながら思い浮かべて、拳に少し力を込めて、パンチを繰り出した。


 巨大な扉は呆気なく簡単に砕け、破片が周囲に飛び散った。


 扉の破壊と同時に、立ち込めた砂埃で周囲が曇ってしまったので、素早く払って視界を確保する。


 そこには、ただの広々とした空間と、奥には人影が2つ。そして右サイドには更に取り付けられた魔法的な要素と思われる不気味に光る巨大な扉があった。


「お、おまえ……だでだ?!」


 奥の人影の1人が暗がりの中でそう話す。


(人……ではないのか?)


 その姿は人よりも大きく、四肢は人のものではないが筋肉質。貧相な服から顔を覗かせるだらしないお腹。……そして首から上は豚のような姿をしていた。


 ——これって、オーク?! いやハイオークか。


 ラノベ等で人気の異世界魔物の代表格である、ハイオークだった。


 そしてその隣には、鎖で繋がれた1人の女性。


 痩せこけているが、その容姿の端正さと髪色は紛れもなく間違えようがない。


 エリィの母……アメリア王妃様の姿があった。


(このハイオークが監禁したのか? いや……そんな意味のない事をするとは思えない……。それに——)


 僕はハイオークの姿を見た際に、1つの違和感を覚えていた。


 ……震え。恐怖。怯え。


 まるで誰かに脅されているかのような、そんな様子に感じたのだ。


「ぎこえないのが? おまえ、だでだ?」


 再びハイオークの声が響き渡る。ゴブリンよりかは訛りは少ないが、言葉には少し癖が付いている。



 僕は一歩一歩ハイオークへ近付きながら、口を開いた。


「名前を名乗らせる前に、まずは自分から名乗るべきじゃないのか? お前は魔物族七将軍の1人なんだろ?」


 七将軍である確証はなかったが、カマをかけてみることにした。


「ゔ……。確かにオデは魔物族七将軍が1人、ハイオークのピグだ……」


(魔物なのに名前が付いてるのか?! いや、それよりやはり七将軍の1人か……)


 ただ、とてもじゃないが強そうには全く見えなかった。


(雰囲気的には……このハイオークがレベル1だとしたら、ゴブリンロードがレベル100の魔王に思える程の力量差といったところか……)


「おい! オデは名乗ったぞ。次はおまえだ!」


「あぁ……考え事をしてたんだ、すまないな。僕はアルト。ヴァーミリオン王国から来た」


『ヴァーミリオン王国』の言葉に、ハイオークのピグは一歩後退りした。


 その様子だけで、事の全てを知っていることは明白だった。


(こんな弱ったそうなのが誘拐に直接関わっているとは到底考えにくい……。だとしても事情を知っているなら、話してもらうべきだろう……)


 いちいち交渉をするのも面倒なので、全開で殺気を振りまいた状態にしてピグへと更に近付いてみる。


「ま、まっでぐれ!! この方をさがじにきだなら、誘拐したのはオデじゃない!! オデじゃ……ヒッ……」


 殺気が怒涛の勢いすぎてビビってしまったらしく、両手で顔を覆うようにして固まってしまった。


(こいつ……まじで弱いんだ。隠された力もなさそうだし……なんかガッカリだな……)


 内心、ちょっと強い魔物と戦えるかもと期待していただけに、拍子抜けな展開だった。


 僕は殺気を大幅に抑えめにしつつ、静かに口を開いた。


「隣にいるのは王国の王妃……アメリア様だろう? 何故お前がかくまってるんだ?」


 顔を覆っていた手はそのままの状態で、ピグは口を開いた。


「実は、オデは脅されてるんだ!! たすけでほじい!!」


 大きな身体を震わせながら、怯える様子は尋常ではないことが起こっていることを示していた。


「具体的には? 誰にどう脅されてるんだ?」


 僕の問いかけに対しピグは、一縷いちるの望みを抱いたかのように懸命に話を続けた。


「あっちでほんのり光っている扉の先には、オデの家族が——妻と子供たち18人がエクリプスって教団に捕らえらているんだ。たすげたくでも、扉は防御結界の魔法を何重にもかけられていて、ビクともしないんだ……」


「なるほど……。その扉を開いて見せたら、知っている事を全て話し、アメリア様を僕に渡してくれるか?」


「もぢろんだ! この扉が開くなら……家族がだすかるなら、オデはなんでもする!! たずけでぐれ!! ……いや、たずけでぐださい!!!」


 ピグはその場で正座をした状態で、頭を下げてまで頼み込んできた。


(仮にも七将軍の1人なのに、家族を守るためにここまでするのか……。いい奴なのかもしれないな)


 魔物の世界にも家族愛が溢れていることに、感服しながら、そう思った、


「交渉成立だな……」


 僕は、ピグの説明にもあった何重にも防御結界が張られているほんのりと光輝く扉と相対するように立ち、僕は〈 ゴブリンロード 〉のお腹を貫いた時と同程度の力を拳に込めた。




 ———————————————————————



 次回、第18話 『王妃様の救出』へ続く。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る