第16話 サリエラ法国

 ——【三国合同魔剣士交流大会】当日。


 僕とエリィ、そしてもう1人の護衛であるクレアさんを乗せた王国の馬車は、大会開催国である『サリエラ法国』へと向かっていた。


 道中ガタガタと揺れる足場の悪い中、車内では車輪と大きな石が擦れるような鈍い音が時々響いていた。


 エリィは『試合開始までは少しでも休んでおきたいから、肩貸してくれる?』と話し、僕の隣で左肩にもたれかかるようにして座り、ぐっすりと眠っていた。


 向かい側にはクレアさんが座っていたが、まるでニュースキャスターかのような脚を揃えた状態だった。


 クレアさんは栗色の長髪を後ろで一つにまとめており、見た目からも落ち着いた雰囲気で、気品のある大人の女性としての魅力が溢れていた。


 エリィを起こしては悪いと思いあまり話さずにいたが、沈黙の続く車内に嫌気がさして来たので、色々と質問してみることにした。


「あの、クレアさん。『サリエラ法国』ってどんなところなんですか?」


「どんなって……またずいぶんと大雑把な質問ですね。まぁいいですけど……」


 クレアは少し呆れ顔でそう話すと、軽く深呼吸をしてからゆっくりと口を開いた。


「まずあなたも知っていると思いますが、魔法には主に2種類の扱い方が存在します」


「……えっと、魔法杖で多種多様な魔法を行使する方法と、魔剣で近接と事前に登録済みの魔法を行使する方法ですよね?」


 僕の答えに対して、クレアさんは首を縦に振った。


「えぇ。我が王国はバランス良く両方の技術が発展しています。『サリエラ法国』は特に魔法杖の扱いに秀でた魔法師が多いのです。あとは【魔帝】様への信仰が最も熱い国でもありますね」


(魔法杖を使う魔法師がたくさんいても、詠唱は長いし、大したことなさそうだよな……。それより——)


【魔帝】様への信仰心が熱いと聞いて、宗教団体的な組織がありそうだな……っと勝手に想像してしまった。


 僕がそんな考えを述べると、クレアさんは静かに返答してくれた。


「よく分かりましたね。実はいくつかあるみたいですよ? サリエラ法皇を中心に、いずれきたる【魔帝】様降臨の日に、選ばれし特別な人間になるべく色々と活動してるみたいですよ。中には【魔帝】様の意図を勘違いして暗殺・誘拐……その他諸々の行為をする組織もあるのだとか。……そんな噂を耳にしたことがあります」


 ……なるほど。


 どうやら『サリエラ法国』は思っている以上に、ゆがんだ思想を持っているようだった。それも国の中心人物である法皇を中心に。


(エリィの母親を誘拐したのも、もしかするとそういった思想を持つ集団組織なのかもしれないな……)


 僕の中で、王妃様の件は国絡みの暗躍ではないかという疑いが芽生えていた。


「ちなみに『サリエラ法国』に反して、己の剣技を第一に考え、突出した魔剣士を有する国が『ガルディア帝国』ですよ」


 僕が考え事をしているのも構わずに、ひたすら話し続けていたクレアさんに対して、僕は慌てて相槌を打った。


「なるほどですね。……ということは、今大会も『ガルディア帝国』の代表剣士は強いかもしれないわけですね」


 クレアさんは静かに頷いた。


「ええ。『サリエラ法国』の代表剣士は何を思ったのか、二流剣士みたいなので心配ないでしょうね。問題の『ガルディア帝国』の代表剣士は、エリシア様の一つ歳下で帝国最強の魔剣士と呼ばれる——『精霊魔剣イフリート』の使い手らしいですよ」


「『精霊魔剣シルフィード』VS『精霊魔剣イフリート』ってわけですか……」


(精霊魔剣士同士の戦いとなると『精霊魔装』状態での激しい戦いになるかもしれないな……)


 僕は少し心配になり、未だに肩にもたれかかりながらぐっすり眠っているエリィの方にチラリと目をやった。


 僕の不安な様子は、クレアさんにも見抜かれてしまったらしくクスッと笑われてしまった。


「そんなに不安そうにしなくても、大丈夫ですよ。エリシア様は強いですから」


(きっとこの人は、つい先日までエリィが苦悩していたことを知らないんだろうな……)


 そう思いつつ、僕たちは目的地である『サリエラ法国』の首都にある、闘技場に到着したのだった。



 ***



「エリィ、起きて。エリィってば……」


 呼びかけても起きず、右手を回してエリィの左肩を揺さぶるも、中々起きてくれない。


(頑張るって意気込んではいたけど、少し気張っていたから疲れが溜まっていたのかもしれないな……)


 そんな状態のエリィを無理に起こすことは、気が引けたが頬に触れるとようやくまぶたが開き、眩しそうにうっすらと綺麗な瞳を覗かせた。


「おはよう、エリィ」


「う……うーん。アルト? おはよぉ……」


(うん。完全に寝惚けてるな……)


 目を擦り、堪えきれずに出てしまった欠伸に手を添えている姿を眺めながら僕はそう思った。


 よく見ると口元には寝ていた時からか、よだれが垂れていた。


「エリィ、よだれよだれ!」


「ふぇ? ……よだ……れ!!!!」


 恥ずかしさで一気に目が覚めたのか、僕に背を向けると一生懸命口元を拭き始めた。


「うぅ……。よだれ見られたぁ……。寝顔は見てない……よね?」


 少し頬を紅く染めながら話すエリィに『見ていないよ』と告げておいた。


「なら良かった! さすがに寝顔見られちゃうのは恥ずかしいもん」


(いや、実はばっちり見ちゃってるんだけどな……。それに、寝顔よりよだれの方が恥ずかしいような?)


 心の中でそう思っていたが、正直エリィの寝顔もよだれを垂らす顔も全て可愛いので、細かいことは気にしないことにした。


「エリシア様、ようやく起きられましたか。闘技場に到着しましたよ」


 クレアさんがそう話すと、安全を確認するかのように先に馬車から外に出る。


 次にエリィがクレアさんに手を引かれて降り、最後に僕が後方の安全を確認しながら降りた。


 長時間馬車に乗っていたため、久しく目に当たる陽光に眩しさを感じ、目を擦る。


 次第に視界がハッキリとして、目の前に広がってきたのは、見事なまでに巨大な闘技場だった。


 これまで見たことのある、王国の訓練施設や学園の決闘場の大きさの5倍はあるといったところだろうか。


 雰囲気は前世の美術の教科書で見たことがある、コロッセオに似ているように感じた。


「これはこれは『ヴァーミリオン王国』御一行様。ようこそお越しくださいました」


 闘技場の入り口付近で[ 魔剣士交流大会委員 ]と書かれた、斜めがけのたすきを肩から掛けている男性に声をかけられた。


「『王国代表剣士』のエリシア様ですね。先に中へとご案内します。お付きの人は特別観戦席へとご案内させていただきますね」


 どうやら、先にエリィだけ中に案内されるようだ。


「エリィ、頑張ってな。全力で応援してるから」


「うん! 優勝してくるね……」


 エリィは少し緊張しているのか、固い表情を残したまま手を振り、会場の中に入っていった。


(さて……。どうするかな……)


 エリィを不安にさせまいと、気付かないふりをしていたが、実は馬車を降りた時から不審な存在がいくつかチラついていることに気付いていた。


 隣でクレアさんも、ピリついた表情を見せ始めたことから、どうやらソレに気付いたらしい。


(もしかすると、王妃様の情報を握ってるかもしれないし……ここは僕が行った方が良さそうだな)


 クレアさんが国王の側近で、優秀な護衛であることも分かっていたが、女性をあえて危険な目に合わせるのは気が引けた。


「クレアさん……。中でエリィのことを見ててもらえますか?」


「アルトさん? あなた、まさか……」


「ヤツらは僕が引き付けて始末しておくので。もしかすると王妃様の手掛かりが、少しでも掴めるかもしれませんし……」


「分かりました。エリシア様のことは任せてください。どうか気をつけて……」


 僕はクレアさんの方に振り向き、静かに首を縦に振って返事をした。


 クレアさんが闘技場の中に入っていくのを見送ってから、僕はあえて表通りから外れ、人気の少ない裏通りの方へと駆け出した。



 ***



(よし、全員追ってきているな……)


 僕は追っ手の存在を気にしながら、裏通りの少し広くなっている所で迎え撃つことにした。


 周囲に人影はない。


 人の気配も感じなかったため、例え戦闘になっても一般人を巻き込む心配はなさそうだった。


 周囲には使われていない物置小屋のような建物が、いくつも並んでいるような通りだったので、建物には少しばかり犠牲になってもらうしかない。


(そろそろ追いついて来てもいい頃なんだが……)


 追っ手は僕のことを警戒しているのか、中々姿を見せなかった。


 隠れ潜んでいるつもりなのかもしれないが、存在感が丸出しというお粗末さから、相手は完全に素人であることが考察できた。


「あのさ……ずっと追ってきてたのバレバレなんだよね。サッサと出てきてくれないかな?」


 僕が声を上げると、周囲から白いフード付きのポンチョに身を包んだ集団が姿を現した。


 ——数は……全部で6人か。


 顔には仮面のようなものを付けており、全員が同じ格好をしていることに不気味さを覚えた。


 ハロウィンの仮装だとしたら、びっくり仰天! 全員まる被りもいいところだ。


 白ポンチョたちは僕を取り込むようにして配置に付くと、その内の1人が代表して話を始めた。


「我らは 『魔帝教団エクリプス』の信者。きたるべき魔帝様の御降臨の暁に、選ばれし民となるべく活動しているのだ」


 ふむふむ……なるほど。どうやらこれが、先程クレアさんから聞いていた集団の1つらしい。


「えっと……勧誘ですか? 怪しい宗教には入るなって爺ちゃんから言われてるんで、ごめんなさい……」


 もちろん、そんなことは言われたことはない。……ただのジョークである。


 僕の中では渾身のジョークだったのだが、ウケる気配はなく、先程のとは別の白ポンチョが何故か声を荒げて怒鳴りつけてきた。


「貴様! 我らのように高みにいる存在に平然と口を開くとは何事だ! 頭を下げながら喋らんか!!」


(うわっ……なんかめんどくさいやつ来たな……)


 こういうのは相手にするだけ無駄であるが、ついからかいたくなってしまう。


「頭を下げてって、どうすればいいんですか? 教えてくださいよ?」


「貴様はそんなこともできないのか! こうするのだ!」


 白ポンチョはそう言うと、僕の前で頭を下げてきた。


 ——うん。馬鹿決定である。


「どうだ? これが頭を下げて喋る……貴様がすべき正しき作法なのだ!」


 頭を下げながら自信満々に語っているが、周囲の白ポンチョたちがその光景を見てザワつき始める。


「お、おい! お前が頭を下げてどうするんだ!!」


 僕の言うことをまんまと聞いてしまったことに、ようやく気付いたのか、頭を元に戻すと怒った様子で僕の方に向き直った。


 まるで漫才のコントを見ているようで、ついついはにかんでしまった。


「クッソ……貴様……この我を騙したんだな! しかも笑いやがって……! 全員で一気に仕留めてやる! 王国のクズめ!!」


『サリエラ法国』は魔法杖での攻撃が得意と、クレアさんから聞いていたので、僕は魔法杖を使った攻撃が来ると予想して身構えた。


 ただ、僕のこの予想は大きく外れることとなった。


 ——え?……なんでこいつら短剣を手に持って、近付いて来てるの?!


 魔法を使う素振りは一切なく、懐に隠し持っていた短剣を手にして、刺すべく近付いてきたのである。


「ハッハッハッハッ!!! 魔法を使うと思わせて、短剣でぶっ刺すこの心理的作戦! これで貴様もおしまいだ!!」


 どこかで聞いたことのあるような、テンプレな台詞を耳にしながら、僕は身体を6箇所も短剣で突き刺された。


「フヒッ! フヒフヒフヒヒヒヒヒヒヒッ!! 呆気ないもんだよな……この程度で死んでしまうなん——なっ、きさまぁ!!! 何で生きてるんだぁぁぁ!!!!」


 当然そんなショボい短剣ごときが、身体に刺さるはずがない。


 僕の身体に触れると同時に、粘土細工のようにグニャリと剣先が曲がったのである。


 白ポンチョは、全員で顔を見合わせた後、再び折れ曲がった短剣を見つめてフリーズしていた。


「な、ななななななな、なんでぇぇぇぇ! ……超合金アダマンティアで出来た、世界一硬い短剣が曲がっているんだぁぁぁぁぁ?!」


 白ポンチョの1人が街中に響き渡るほどの大絶叫でそう話した。


「い、いんちき野郎だ! こいつ!!」


「こ、ころせぇぇぇ!!!」


 白ポンチョたちが次々に逆上して、声を荒げだすのは正直見るに耐えない。


「コントはもうおしまいか? じゃあ幕引きだな」


 僕は右脚と一緒に身体全体を右斜めに向けて、そこから真っ直ぐに右手を前に伸ばした。


「な、なにを——」


「ん? 何って……デコピンッ!」


 もちろん直接 "デコピンッ" をしてしまえば、頭が弾け飛び胴体から血飛沫が噴き出すという可哀想な姿になってしまうのは明白なので、距離を50メートルほど離した状態で "デコピンッ" をしたのである。


 人差し指に軽く力を込めることで圧縮された空気を、親指を使って弾き出すことで、瞬間的に空気の塊が前方に飛ばされる。


 それが1人の白ポンチョに当たると、後方へと一気に吹っ飛び、頭から壁に激突し、めり込んでしまった


 その白ポンチョの身体がピクッと動いたかと思うと、そのまま力が抜けていき気絶してしまった。


「い、いまのは?! まさか!!」


「【魔帝】様の……『無詠唱ゼロスペル』だと?!」


「それにこれはただの魔法ではない……起源魔法オリジンの『無色の破滅弾インビジブル・ショット』では?!」


(いや "デコピンッ" なんだけど、まさか本当にそんな名前の起源魔法オリジンがあるなんて……)


 1人1人倒すのも面倒なので、今度は両手で "デコピンッ" の準備をした。


「ひ、ひぃぃぃ、やめてくれぇぇぇ——ぎゃんっ……」


 ——ピンッピンッ! ピンッピンッ!


 リズミカルに指を弾いて "デコピンッ" を4回繰り返した。


 先程のと合わせて、計5人の白ポンチョは全員壁にめり込み、気絶させたためか全く身動きをしなくなった。


 わざわざ1人を残したのは、王妃様の情報を聞き出すためだった。


「ヴァーミリオン国の王妃について、聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」


 僕は残った白ポンチョに向けて、静かに脅すかのようにそう告げた。


「貴様になど……何も教えてなるものか……!」


 ここまでされても、強気な姿勢を崩さないのは大したものだと関心してしまう。


 だが、こちらも簡単に引き下がる訳にもいかない。


 手の形を "デコピンッ" の状態にしたまま、白ポンチョのおでこに押し当てる。


「あの威力が直接頭に当たるとどうなるか……分かるよね?」


「あ、あぁ……」


「君の頭は弾け飛んで、真っ赤な噴水が上がって——はい、おしまい……なんだけど?」


「あぁぁぁ……ち、ちくしょうぅぅぅぅ……。分かり、ました……」


 白ポンチョはようやく観念したかのように、力なくへたり込んだ。


「詳しいことは……何も知らないんだ。ただ、この国にある『第2の迷宮』……そこに何かが隠されているらしい。本当だ!! 信じてくれぇぇ……死にたくないんだぁぁぁ」


ここまで言っているのであれば、恐らく嘘ではないのだろう。


 ——まさかの『第2の迷宮』……か。


 僕は白ポンチョにその迷宮の場所を聞き出し、1人で『第2の迷宮』へと足を運ぶのであった。





 ———————————————————————



 次回、第17話 『第2の迷宮攻略』へ続く。















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る