第12話 女神様のお告げ

(さて、そろそろ終わりにしようかな……)


 もはや戦いにすらなっていない、不毛な決闘に終わりを告げるべく、僕は相対するジンに一歩近付いた。


「や、やめろ!! く、来るなぁ!!」


 あれだけ勢い付いていた、イケイケの姿は見る影もなかった。


 それも仕方ないのだろう……。


 ——ジンからすれば、僕は『聖なる力』が効かないどころか、のみで攻撃を弾き飛ばしてくるとんでもない化け物でしかないのだから。


(同郷のよしみだし、ちょっとビビらせる程度にしておこうかな……)


 手心を加えるとなれば、どのような方法が妥当かを考えてみる。


 ——ビビらせる……といえば、普通は激しい魔法を唱えて見せたり、刃をチラつかせてとんでもない剣技を見せつけたりかな……?


 そう考えるも、残念な事に僕にはどちらも使えない。


 ——それなら……。


 僕はガッツポーズをする要領で右腕を曲げた状態にし、3割程度の力を込めて、ただただ右手を——


 ……すると、瞬時に自身でも分かるくらい周囲の空気が振動し、まるで "ゴゴゴゴゴッ!" という音が響いていると錯覚してしまうほどの、重厚なプレッシャーが僕の周囲を支配した。


 それはさながら、1体ですら圧倒的な力の差を誇るラスボス的な存在が、急に1000体に増えたかのような理不尽極まりない印象を与えるものに等しかった。


「あ……あ、わ、あ、あ、あ………」


 ジンは額からビッショリと汗を垂れ流し、恐怖のあまりに言葉を失っていた。


(そりゃ、そうだよな。1割にも満たない力でさえ筋肉パンツゴブリンロードに風穴が空くんだもん。3割も力を込めれば、確実に『死』そのものを纏っているようにしか見えないよな……)


 自身の作戦通りではあったが、思いのほか効果が強すぎたらしく、僕が一歩進むだけで一瞬にして、ジンの顔の血の気が失せてしまった。


「こ、ここ、ここここここ……」


 必死の形相で何かを伝えようとしているが、舌が回らない様子でひたすら『こ』を連呼し始める。


 僕が更にもう一歩近付くと、恐怖を通り越して失禁してしまい、たまらないといった様子で両手を上に挙げ、首を左右に振り続けた。——『降参』……つまり敗北を認めたのである。


 この時点で、国王から決闘終了の合図が発せられた。


「この勝負、勝者はアルト君とする! いやぁ、私も個人的に【魔帝】様の起源魔法オリジンを、ようやく目にする事が出来て感激してしまったよ!」


 国王は嬉しそうにそう話した。


「信じてたけど、いつもいつも心配させすぎなんだから……。怪我しなくて本当によかった……」


 エリィも国王の隣で心配そうな表情をしていたが、僕の勝利を喜びそう話してくれた。


 僕が右手に込めていた力を緩めると、ジンは腰が抜けたかのようにへなへなと座り込み、廃人かのようにただ一点を呆然と見つめ始めた。


(やばっ……。右手握ってただけなんだけど、ちょっとビビらせすぎちゃったかな?)


 ジンの変わり果てた様子に反省しながらも、僕は近付いていった。


 少しの間、ジンの様子を観察していたが、廃人のように一点を見つめ続ける姿に中々変化が見られなかっため、今度は目線を合わせてジンの両眼の前で手を振りながら、語りかけてみた。


「えっと、大丈夫? おーい! 聞こえるー?」


「ひっ! ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!! ご、ごごごごごごめんなざい!! ずみまぜんでした!! 許じでぐだざいっ!!!!!!」


 本当のというものは、人をここまで変えてしまうのか……と正直、僕自身が1番驚きを隠せなかった。


 やがて、少しずつ落ち着きを取り戻したように感じたので、僕はジンに向けて右手を差し出した。


「なっ、なんのつもり……っすか?!」


「なんのって……仲直りの握手だけど? 僕の本名は——東雲しののめ 有都あると。君と同じ『元・日本人』だよ」


「あ、あんた……いえ、アルトさんって日本からの転移者だったんっすか!」


 自身と同じ境遇の転移者と聞いて少し安堵したのか、僕の差し出している右手に手を伸ばそうとしてくれた。


 ただ、そのままアルミ缶のように手を握りつぶされるとでも思ったのか、少し躊躇ちゅうちょした後……意を決したように、ようやく握手を交わしてくれた。


「まさかに同郷者がいたなんて……もう、アニキと呼ばせてほしいっす……」


『アニキ』だなんて、ただただ気恥ずかしいだけだったが、やりすぎてしまったことへの罪悪感もあり了承することにした。


「さて、そろそろ賭けの報酬を貰おうかな。ジン君の知っている情報を教えてくれない?」


「 "ジン" で構わないっすよ、アニキ! じゃあ俺が知ってる情報を話すっすよ」


 ジンはそう言うと、深く息を吸い……ゆっくりと息を吐き出しながら『女神様のお告げ』について話し始めた。



 ***



『女神様のお告げ』を話し始めるジンに向けて、みんなの視線が一斉に注目する。


「——実は俺が転移する時に、女神様が色々と教えてくれたんっすよ。そして俺が聞いた話のほとんどの内容が……『白銀の剣聖』についてっす」


 ——『白銀の剣聖』だって?! めちゃくちゃ格好いい名前じゃないか!


 勝手なイメージではあったが、僕の頭の中には……白金プラチナのフルプレートの甲冑を装備した騎士風の剣士の像が浮かび上がった。


 冗談混じりに僕は考えを口にしてみる。


「いや、俺もそこまでは分からないっすけどね。ただアニキの考えているのとは、違うかもしれないっす。あの時、女神様はこう言ってたんで……」



———————————————————————


「——すでに器は見つけたわ。後は時が来れば、私の……女神の代行者としてを送り込むことができるの。神が鍛えし最高峰の聖剣と、私自身の身体能力を併せ持つ【最強の征服者コンカラー】——『白銀の剣聖』をね!」


———————————————————————


「なるほど……『』か」


 女神様の言葉をそのまま鵜呑みにするとすれば、くだんの『白銀の剣聖』は女性ということになる。


 それに【最強の征服者コンカラー】……という言い回しが、特に気になってしまった。


 一体、女神様は何が目的なんだ……?


[ 聖剣エクスカリバー ]を持った人間を転移させまくったり、最高峰の聖剣を持たせると豪語する『白銀の剣聖』を転移させようとしていたり。


 ——それではまるで【剣と魔法の異世界】で、魔法使いだけを潰すかのような…………ハッ!



 ……ここまで考察して、ようやく1つの可能性に思い当たった。


 僕は "ゴクリッ"……と唾を飲み込み、自分の考えを決定付ける最後の疑問点を解消すべく質問した。


「なあ、エリィ。……この世界には魔法が使えない人間や国が存在するのか?」


 唐突な質問に、エリィは驚くも静かに頷いた。


「えぇ。あるわよ!」


 このエリィの返答で、僕の考察は確信へと変わった。


 女神様から【剣と魔法の異世界】と聞いた時点で、魔法が使えない人間がいるなんて夢にも思わなかった。


 ……でもそれは普通に存在していたのだ。


 特殊とは言え、僕自身も魔法が使えないというのに完全な盲点だった。


 周囲の視線が僕に集まり、空気が緊張で張り詰める中、僕は息を吐き出すかのように……静かに結論を述べた。


「女神様は恐らく——僕たち魔法が使える人間を根絶やしにするつもりだ……」


 そうでなくては『魔法』に絶対的な優位性を持つ『聖剣』が、意図的に準備されるはずがない。


 理由はもしかすると……『魔法が使えない人間を護るため』かもしれないが、ただ【最強の征服者コンカラー】とまで呼ばれる『白銀の剣聖』を送り込んでくる以上……魔法使いたちの完全なる "根絶やし" を、目論んでいると思っておいた方が良さそうだと感じた。


 僕の考えを聞き、国王もエリィもまさしく開いた口が塞がらない状態だった。


「あの、国王陛下……。僕から1つお願いがあります」


「な、なんだね……?」


「ジン君……いえ、ジンの今回の処遇を僕に委ねていただけませんか?」


 国王は『白銀の剣聖』の件で、心ここに在らず状態であったが『アルト君にならば任せよう……』とあっさり了承してくれた。


 ……なので、僕はすかさずジンに命令を下した。


「これでキミは、僕によって命の保証がなされたわけだけど……何が言いたいか分かる?」


 僕がそこまで言うと、ジンは僕の前にひざまずこうべを垂れた。


「何なりと命じてください、アニキ!」


 さっきまでの悪役っぷりはどこへ行ったのか……と気持ち悪くなるところだが、素直に従ってくれる方が都合は良かった。


「これより、キミには魔法が使えない人間たちの国に侵入し、密偵活動を行なってもらう。内情を探り『白銀の剣聖』の出現が確認されたら、真っ先に知らせて欲しい……」


「ぎょ、御意!」


(御意だって?! 何か急にキャラ入れてきてる気もするけど……まぁ、ここまでしてくれるのなら裏切ることもなさそうだな……)


 僕はジンを信頼することにし、内情を探り出すべく密偵としてジンを送り込む事にした。



 ***



 訓練施設から謁見えっけんの部屋に戻ってきた僕たちは、あれから対策を講じるための術を考えたが、ジンを偵察に行かせる以上の妙案は思い浮かばなかった。


 国王は『とりあえず、他の貴族たちとも話し合いをしながら、今後については決めていきたい』と話したため、僕たちは一度解散することとなった。


 エリィと2人で部屋から出ようとすると、


「ゴホンッ……。アルト君、少し良いかな?」


……と何故か国王に呼び止められてしまった。


 エリィから『また後でね……』と声をかけられ、衛兵たちも退室してしまったため、部屋には僕と国王の2人きりになってしまった。


(一体、何の用だろう……何か無礼なことでもしてしまったかな?)


 深妙な面持ちでこちらを見てくる国王を見つめながら、必死で思い返してみるも特に思い当たる節はなかった。


 空気がピリピリと張りつめる中、国王はようやく重たい口を開いた。


「えぇ……その……実は、エリシアのことなんだ……」


「ふぇ?」


 僕は自分についての話だと考えていたため、変な反応をしてしまった。


「エ、エリシア王女がどうかしたんですか?」


 僕がこう尋ねると、国王は静かに首を横に振った。


「いつも通りの呼び方で良い。君たちは私が思ってる以上の仲のようだしな……」


「えっ……いや、確かに学園のペアではありますけど……まだそんな深い仲では……」


 僕の考えとしては、学園生同士とは言えエリィは王女なので、僕の一存で簡単に恋仲へと踏み込んではいけないと考えていた。


「今日のエリシアを見て、あの子がキミに特別な感情を抱いていることは良く分かったよ。……私はあの子には心底幸せになってほしいと思っている」


「はい。それは僕も同じです」


「うむ。なので、アルト君。エリシアとの交際を……いや、婚約を私は認めよう。あの子が望み、そしてキミさえ良ければ、エリシアのことを頼みたい……どうかこの通り……」


 国王はそう話すと椅子に座りながらではあったが、深々と僕に向けて頭を下げた。


 一国の王が、娘を想い必死に頭を下げている。


 そこにあるのは『王』としての姿では無く、1人の『父』としての姿に違いなかった。


「頭を上げてください! 僕もエリィのことを大事に思ってますよ。今すぐ……とはいかないでしょうけど、いずれはエリィと恋仲になって『結婚』も……考えたいと思ってます!」


 年齢=彼女いない歴の僕が、まさかこんなところで『結婚』という言葉を出すことになるなんて、夢にも思わなかった。


 僕の決意と覚悟を見て、国王は本当に嬉しそうに『良かった……本当に良かった……』と頷いていた。


(本当に人柄の良い、娘想いの国王だよな……)


 そんなことを思いながら、国王からもお墨付きを貰えた僕は、改めてエリィとの仲を深めていこう……と心に誓うのであった。




 ———————————————————————



 女神様のまさかの目的が明らかになりましたね!


 まだまだ第1章は続きますが……


『白銀の剣聖』は第2章のキーパーソンになりますので、登場をお待ちください!



 さて次回、第13話 『中級クラス 魔剣対戦』(仮)もお楽しみにお待ちください。

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