第9話 ゴブリンロード

「ん? ザコ風情に後悔させてやるんじゃなかったのか?」


 我ながら安い挑発だな……っと心底思ったが、『魔物の王になる』などと自信に満ち溢れながら語っていた〈 ゴブリンロード 〉にとっては、かなりの屈辱だったようだ。


「キッ……キサマァァ! ゼッタイニ、ユルサン! ゼッタイニ!!」


「そう。じゃあ、せいぜい本気を見せてよ?」


 僕は人差し指で止めていた〈 ゴブリンロード 〉の巨大な斧を、軽々と押し返した。


 ザッ、ドシンッ……と〈 ゴブリンロード 〉が後方へよろめき、地面に手を突く。


「クソッ! キサマノ、ソノヨユウブッタ、ヒョウジョウヲ、ブチコワシテヤル!!」


 崩れた体勢を立て直した〈 ゴブリンロード 〉は次に両手を使い、ひたすら連続で振り下ろしてきた。


 両手を使った強靭な肉体から繰り出される攻撃は、かなり速く……一言で言えば圧倒的破壊力!


 その効果を示すかのように、斧が叩きつけられた地面は石のような素材であるが、まるで発泡スチロールかのように見事に破壊されていった。


「ドウダッ! コレコソ、ワガニクタイカラ、クリダサレル、サイソクノコウゲキッ! 」


『最速の攻撃!』と自信満々であるが、これまた僕の目にはスローモーションでしかないので、当たるはずがない。


 でもせっかく最速の攻撃を披露してもらったので、こちらも最速とまでは行かなくても、1割程度の速度を披露しておくことにした。


「ナッ! ……ジュウニンニ、ブンシンシタダト?!」


 どうやら〈 ゴブリンロード 〉の目には僕が10人に分身したかのように映っているらしい。


 ……僕はただ、普通にをしているだけなのに。


「これで、ただ闇雲に攻撃しても当たらないことは分かっただろ? 次はどうする?」


「フンッ、ジュウニンニ、フエヨウガ……キサマガ、ソコニイルコトニ、チガイハナイ!」


(……いや、ただ普通に動いてるだけだって!)


 僕は心の中でツッコミを入れながら、次はどんな攻撃が来るのだろう……っと内心少しワクワクしてしまっていた。


 "再び斧を使ってくるのでは……" と予測していたが、まさかの斧を手放し、意外にも大きな右手で僕のことを鷲掴みにしようとしてきた。


 普通の人間なら、恐怖におののき反応する事すらできず、捕まったあげく抵抗する間もなく、まるで林檎の果汁を絞るかのように一瞬で握り潰されて終わりだろう。


 ただ、僕がこの時に抱いた感情は捕まることの恐怖ではなく——『うわ、こいつの手汚ねぇ!』だった。


 汚れるのが嫌だったので、左手でハエを払うのと同じ容量と力加減で〈 ゴブリンロード 〉の手を "パシッ" と弾いた。


 すると〈 ゴブリンロード 〉の巨体は軽々と空中に浮かび上がり、そのまま宙で10回転した。


 その後地面に着地するも、回転は弱まる事なく転がり続け、迷宮の壁が大きく凹んでしまうほどの衝撃で壁にぶつかりようやく止まった。


「グホヌッ……ガハッ……。イ、イタイ……。ナ、ナニガオコッタ?!」


〈 ゴブリンロード 〉にとって、自分の体が宙に浮かび吹き飛ばされる経験など、当然ながら初めてであるため何が起こったのかなど理解できるはずもない。


「あ、ごめんね……ちょっと手汚そうだったからさ……軽く払っただけだったんだけど。まさかあんなに飛んでいくと思わなくて……」


「グフゥ……キサマガ、キョウシャデアルコトヲ、ミトメヨウ。ダガ、サイゴニカツノハ、ワレダッ!」


 あれだけ殺気を放ち、自信に満ち溢れていた自称『魔物の王』の姿は、今や見る影も形もなかった。


 それでも身体の至る所から緑色の血を流し、ボロボロになっていた〈 ゴブリンロード 〉は、よろよろと立ち上がる。


 すると何を思ったのか、突然パンツとおぼしき所を手でまさぐり始めた。


 さながら未来の猫型ロボの四次元ポケットかのように中から取り出したのは、人間の血のようにあかい液体の入ったフラスコのような代物だった。


(うぇ、何でパンツにそんな物入れてんだ……)


 臭そう汚そう……としか思えなかったが〈 ゴブリンロード 〉は自慢げに取り出した代物の説明を始めた。


「コレハ『キジンカノクスリ』。チカラヲ、スウジュウバイニ、ヒキアゲル、クスリダ!」


 そう話すと、勢いよくフラスコの栓を抜き容器の中身『鬼神化の薬』とやらを飲み干した。


「グァァァァァァァァァ!!! ミナギルゾッ!!! ワガチカラァァァァァァ!!!」


 大声で吠える〈 ゴブリンロード 〉の巨体がみるみる内に数倍に膨れ上がり、赤い蒸気が体から出始めた。


 目は血走り、口は裂け、とてもじゃないがまともとは呼び難い姿に成り果てた。


「スゴイ、スゴイチカラダッ! コレナラ、キサマヲタオセルゾッ!」


 異形でしかなかったが、大進化を遂げたことで、自信を取り戻したらしく、先程は手放した斧を再び手にして僕のことを真っ直ぐに見据えた。


「おー、すごいすごい。でもさ、掛け算知らないの?」


「カケザン? ナンノハナシダッ?」


〈 ゴブリンロード 〉は不思議そうに首を傾げる。


「『鬼神化の薬』を飲めば、数十倍って言ってたけどさ……" 1 "に何掛けても所詮はしれてるよね」


 僕は呆れ顔でそう告げてやった。


「ハハッ! キサマ、ビビッテイルカラ、コトバデゴマカスツモリカ? ナラ、ワガサイキョウノ、ヒオウギデ、スベテヲオワラセテヤル!!」


 どうやら自信満々すぎて、今回の挑発には乗ってくれそうになかった。


〈 ゴブリンロード 〉は "秘奥義" と呼ぶ技を繰り出すべく、腰を落とす。


 両手で持った斧は、まるで鞘に納めた刀かのように右斜め下側に刃を向けて構えており、その姿はまさしく侍の姿そのものだった。


 これまでの力任せな攻撃と違い、まるで達人が技を繰り出す前のような……独特の緊張感が場を支配する。


(……この感じ。もしかしたら今回のは少しヤバいかもしれないな)


 どれだけすごい技を受ける事になっても、対応できるよう身構え〈 ゴブリンロード 〉と向き合う。



 ——数秒の沈黙。



 当然、先に動いたのは〈 ゴブリンロード 〉だった。


 落とした腰に力を加え、巨木のように太い脚で地面を蹴り上げ、僕の方へと突っ込んできた。


 斧はまるで刀を抜刀するかの如くスマートな軌道を確保し、更には打撃かと思えるほどの威力を誇る——まさしく "最速最強" の名に相応しいものだった。


「ヒオウギッ! 『デストロイ・スマッシュ』!!!」


 もはや普通の人間相手であればその攻撃の風圧だけで、ひとたまりもなく消し飛んでしまうほどの威力を誇る……見事な攻撃になるはずだった。


 ——そう。……相手ならば。


『デストロイ・スマッシュ』——僕にとってはそれですらでしかない。


 振り抜かれた巨大な斧を、左手の人差し指と親指だけでつまむように挟んで止めてやった。


 更に即死レベルの風圧を誇る暴風ですら、心地良いそよ風のように感じる。


「おぉ! 涼しくて風が気持ちいいな」


「バッ、バカナッ!!!」


 ここまで来れば、どれだけおつむが弱くても、さすがに圧倒的な実力差に気付くだろう。


「さて、そろそろお遊びもお終いにするかな」


 僕の言葉に〈 ゴブリンロード 〉は自身の行く末を想像したかのように両目を見開き、ガタガタッと震え始めた。


 右手を軽く握り、1割にも満たない力のまま右腕を曲げ、拳を振り抜く準備をする。


「ヤ、ヤメ、ヤメテクレ……」


「あ、そうそう。最後に、出会ってからずっと我慢してた事があるから言わせてもらってもいいかな?」


「ナ、ナニヲ……」


「お前、カタコト過ぎてめちゃくちゃイライラするんだよ!!!」


 思いの丈をぶち撒け、グイッと左手で摘んでいた斧を〈 ゴブリンロード 〉の巨体と共に引き寄せた。


 ……すかさず曲げていた右腕を〈 ゴブリンロード 〉のお腹当たりに目掛けて真っ直ぐ伸ばし、軽く小突く程度の力で——をした。


 悲鳴を上げることすらできず〈 ゴブリンロード 〉の体には見事なまでに大きな風穴が出来上がったのだった。


 その際に後方へ向けて、大量の血が壁や床にべっとりと飛散し、体内に宿していた規格外な大きさの[ 魔石 ]ですら、砕いてしまった。


(うわっ……血ドバッて、グロッ……ってかそれより——)


「——貴重な[ 魔石 ]を砕いてしまったぁぁぁぁぁ……」


 風穴が空いたことでただの肉塊と成り果てた巨体が崩れ落ち、辺り一面に立ち込める土埃の中……僕の心からの叫びが迷宮に響き渡った。



 ***



 ——〈 ゴブリンロード 〉討伐から数十分後……。


 [ 魔石 ]の件で少し間いじけていたが、気を取り直して迷宮内を探索することにした。


 理由は明白で、ラノベや漫画では本来こういう場所には秘宝や伝説級のアイテムなどが隠されていたりするものだからだ。


 ただ一通り見て回った結果、残念ながらゴブリンたちが集めたガラクタや、複数の人骨が残されているだけだった。


 迷宮と名付けられてはいるが、要するにただの魔物たちの住処なだけかもしれない——僕はそう考えた。


(……んっ? 何やら音が聴こえる?!)


 考え事をしていて、少し気付くのに遅れたが、迷宮内でこちらに近付いてくる足音が響いていた。


 しかも音の響き具合からして、かなりの団体のようだった。


(敵……いや、これはエリィが助っ人を呼んできてくれたのか?!)


 しばらくすると、やがて足音と共に声も響いて聴こえてきた。


「先生ッ! 宮廷魔法師の皆さんも急いでください!」


「エリシア王女……本当に〈 ゴブリンロード 〉がこの先にいるとすれば……彼はもう……」


「生きてますっ! 必ず生きるって約束したんです……」


「しかし〈 ゴブリンロード 〉は魔物族七将軍の1体……。我々宮廷魔法師が50人がかりでも倒せるかどうか……」


「この先です! あそこに——」



(……ってエリィたち、もうここに着きそうじゃん!)


 周囲を見回っていたせいで〈 ゴブリンロード 〉の肉塊や、血痕はそのまま放置した状態になっていた。


 ——このままでは……間違いなく大事に……。


「アルトッ! 助けを呼んできたよっ!!」


 ——あぁ……遅かったか。


 エリィ、先生、そして宮廷魔法師総勢50人。


 全員がこの場に到着してしまった。


「ア、アルト君……怪我は……なさそうですね。無事で良かったです。……それで〈 ゴブリンロード 〉は一体どこにいるんですか?」


 先生が周囲を警戒しながら、迷宮内をキョロキョロと見渡している。


 まさか警戒している凶悪な敵が、目の前に転がっている肉塊であるなんて夢にも思っていない様子だ。


「えっと、あそこに見えている肉塊みたいなのが〈 ゴブリンロード 〉ですよ」


 隠し通せる訳もないので、もはや正直に話すしかなかった。


「これ……って。え?! 体にこんな大きな風穴が……! しかもこんな巨大な[ 魔石 ]が砕かれてるなんて!! アルト君……あなた……」


 ——まさか。先生まで言わないでくださいよ?


「あなた……【魔帝】様だったのですね!」


「いや、違うんですって先生。僕は【魔帝】様なんかじゃ……」


 さすがに先生にまでバレてしまえば、学園の生徒全員に広まりかねない。


【魔帝】として学園生活を送るのは、まっぴらごめんなので——ここは全力で否定させてもらおう。


「いえ、間違いないわ。だってあの伝説の街一つを一瞬で消滅させるとも言われれた起源魔法オリジン——『流星の閃撃メテオ・ストライク』……これが使われているのが決定的な証拠よ!」


「「「オオオオオオォォォォォォォ!!!」」」


 宮廷魔法師たちもこれを聞いて、皆が驚きを露わにしていた。


(……え、ちょ? 宮廷魔法師ってエリートですよね?! そこ、騙されたりしないですよね?)


 そんな僕の願いも虚しく、周囲の宮廷魔法師たちは先生の分析に納得したらしい。


 50人全員が『【魔帝】様、万歳! 【起源魔法オリジン】万歳!』と僕の方を向いて喝采を始めてしまった。


「こんなにされてしまったら、もう否定すらできないじゃないか……」


 もはや気恥ずかしさの方が勝り、否定するのはやめることにした。


 宮廷魔法師たちの【魔帝】様コールを聞き流していると、エリィがタッタッタッと走ってきた。


「あ、エリィ! 助けを呼んできてくれてありがと——」


 ——ギュッ!!!


 話し終わるより前に、駆け寄ってきたエリィは倒れ込むかの勢いで僕のことを抱きしめた。


「え……えっと! エリィ?!」


 女の子に抱きしめられるなんて、人生で初めての経験でどう反応したらいいか分からなかった。


「アルトのバカッ! バカバカッ!! 一人で残って無茶して……本当に……本当に無事で良かったよぅぅぅ」


 エリィは声を絞り出すようにかつ、心の内をさらけ出すかのようにそう話すと、張り詰めていた緊張の糸が切れ安堵したのか泣き始めてしまった。


 きっと助けを呼び、ここに辿り着くまで気が気でなかったのだろう。


 それもそのはずで、自分の得意な魔法が一切効かず、一度は完全に恐怖した敵の所に相方を残してしまったのだから、エリィの心境は計り知れないほどの憂悶ゆうもんを抱いていたに違いなかった。


 僕は左手をエリィの腰に回し、右手で頭を撫でた。


「ごめん。心配かけて……」


「ひっく……。私、しばらく……アルトから離れないから……」


 そう話すエリィは、僕を抱きしめる力を一段と強めてきた。


「それは構わないけど……じゃなくていいの?」


 するとエリィは何を想像したのか、泣きながらも顔を真っ赤にさせて『ぐすっ……え……それって……プロポー……——ばかぁぁ!』と一言叫んだ。


 もちろん僕が言いたかったのは、ただ迷宮に出てからも……という意味でだったのだが……。


 後で誤解は解いておこう。




 ——こうして、ヴァーミリオン王国初……いや、世界で初めて迷宮が完全攻略されたこと。魔物族七将軍の一人である〈 ゴブリンロード 〉が倒されたこと。僕が【魔帝】であることに間違いないということ……この三つの内容はすぐさま国王の知ることとなり、僕たちは再び国王陛下から呼び出しを受けたのであった。



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 作品フォロー、☆、♡をたくさんの方からいただいております。


 この場で失礼かもしれませんが、感謝を述べさせてください!


 本当にありがとうございます!


 まだまだ続いていきますので、引き続き皆様に読んでいただけるよう、頑張っていきますので応援いただけると嬉しいです。








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