第19話 勝利と歓喜と悲痛の涙
僕は急いで闘技場へと戻り、クレアさんが座っている特別観戦席まで戻ってきていた。
「あ! アルトさん、遅いですよ! もう大会も終盤に差し掛かってるんですけど、かなり苦戦するほどの強敵だったんですか? ……あれ、その手にしているのは?」
クレアさんは制服の上着に包んだ状態で、お姫様抱っこされているモノを見て不思議そうな顔をした。
「クレアさん! 実は王妃様を見つけたんですよ」
「え……?」
「だから王妃様を見つけ出したんです!」
クレアは何を言われているのか理解するのに時間がかかったらしく、ようやく『王妃様』を見つけ出したことに反応を示した。
「い、いったいどこで?! ……いや、それより容体は?」
「命に別状はないけど、出来るだけ早く専門の治癒魔法師に見てもらった方がいいと思う。馬車の中で休ませておきたいんですけど……」
「分かりました。王妃様は私が馬車の中で診ておきます。アルトさんはエリシア様の応援をお願いします。相手が強すぎて苦戦されてますので……」
「エリィが苦戦?! 分かりました!」
エリィが苦戦を強いられていることに、驚きながらクレアさんに王妃様を手渡した。
「では、また後で。エリシア様のことは任せましたからね」
クレアさんはそう言い残し、王妃様を抱き抱えて馬車へと向かっていった。
(……とりあえずは一安心かな。さて、エリィが苦戦なんてどうなってるんだ?!)
観戦席から、闘技場のフィールドを眺めてみると、中央の方でエリィと恐らく帝国の魔剣使いと思われる少女が戦いを繰り広げていた。
エリィの姿は、以前見たことのある『精霊魔装』の限定解除状態になっており、帝国側の魔剣少女も同じような姿になっていた。
(やはり『精霊魔剣シルフィード』と『精霊魔剣イフリート』の戦いになったのか……)
力は均衡しているようにも見えるが、
(……なるほどな。クレアさんが苦戦って言ってたのも納得だな)
大会が始まってそれなりに時間が経っていることもあり、2人の疲労はかなり蓄積されているはずだ。
恥ずかしいが、エリィのためならここは僕が人肌脱ぐしかない。
大きく息を吸い、エリィの耳までしっかりと想いが届くようにハッキリと叫んだ。
「エリィィィィィィ!!! いっけぇぇぇぇ!!!!」
周囲で湧いている歓声以上の声の大きさに、大注目を浴びてしまうが、エリィにこの声援が…… "想い" が届いて欲しい一心の僕にとって、そんなことは大した事ではなかった。
遠目ではあったが、エリィの口元が微かに微笑みを見せたかと思うと、何かを呟いた。
瞬時にエリィを中心に闘技場全体の風が引き寄せられていき、嵐のような現象が起こる。
「「「な、なんだこれ!!!!」」」
「「「と、とばされるるる!!!」」」
観戦席にまで影響が出るほどの圧力と存在感。
宙に浮かび上がるエリィの周囲には、鮮やかな緑色に光り輝くオーラ。そして綺麗な金の髪もオーラの緑色と混ざり合うことで、神秘的な黄緑色のロングヘアーへと変化していた。
(……まさか、あれが精霊と完全に一体化した状態——完全な『精霊魔装』なのか?)
……その姿はただただ、綺麗で美しかった。
完全な『精霊魔装』状態のエリィが『精霊魔剣シルフィード』を縦に一振りすると、巨大な竜巻が5つ出現する。
その竜巻の中心には、帝国の魔剣少女が『精霊魔剣イフリート』を使い必死に炎魔法を発動させる姿があった。
その炎魔法の1つ1つが通常の魔法師であれば即死級の高威力。
だだ今のエリィの力はまさしく精霊そのものであり、その姿から放たれた竜巻は文字の如く次元が違っていた。燃え盛る紅の炎魔法は、音も無くただただ竜巻の中に飲み込まれていくだけだった。
やがて5つ竜巻は1つの極大な竜巻となり、帝国の魔剣少女は一切の抵抗をすることも出来ず、そのまま上空へと吹き飛ばされてしまった。
エリィが『精霊魔剣シルフィード』を横に一振りすると先程とは逆に極大な竜巻は一瞬で消失する。浮遊力を失った帝国の魔剣少女は、そのままなす術なく真っ直ぐ重力に沿って落ちていった。
地面への落下が予測されることから、観客たちからは心配の声が上がったり、直視出来ずに目を覆う姿も見られた。
だが、地面に接触するギリギリのところでエリィの風魔法によって身体はフワリと浮き上がり、静かに着地した。
—— 瞬間的な沈黙。そして沈黙を破るかのように司会者の声が会場に響いた。
「おおお!!! 優勝は! ヴァーミリオン王国代表剣士 エリシア・ヴァーミリオンです!!!」
「「「オオオオオオォォォォォォ!!!!」」」
「「「ワァァァァァァァァァァァ!!!!」」」
(やった! エリィが勝った!!!!)
僕も含めた観戦席全体が大興奮の中、エリィは風魔法で浮き上がると、一般観戦席の上空を大きく飛び越えて僕の目の前に降り立った。
「アルト! やったよ!! 私優勝できたよっ!!」
『精霊魔装』を解除したエリィは満面の笑みでハイタッチを求めてきて、無邪気な子供のようで可愛かった。
「エリィ! 本当におめでとう! 僕の自慢のお嫁さんだよ」
「え、えへへー……お嫁さんだよぉ。……でもちょっと恥ずかしい……」
『お嫁さん』という言葉に頬を赤く染めながも、エリィは嬉しそうに答えていた。
王妃様のことは、極力早く伝えた方がいいと考えていたので、悩んだ末今話すことにした。
「そうだ、エリィ! 大事な話があるんだ!」
「えっ?! ……なになに?!」
「実は、王妃様を……君のお母さんを見つけたんだ。今は馬車でクレアさんに見てもらってる。弱ってはいるけど、命に別状はないよ」
僕の言葉を聞いて、エリィは驚いたように口をポカンと開けていた。
「嘘……。本当にお母様を……見つけてくれたんだ……」
この辛かった3年間を思い出し、そしてその苦しかった期間が報われた瞬間であった。
嬉しさのあまりエリィの
「本当にアルトは……私の英雄だよ。大好き!」
エリィはそう話すと、頬に涙を流しながら僕に抱きついてきた。
周囲の視線がとてつもなく気になるところだが、エリィの純粋な気持ちから出た行為なので、僕も応えるように腕を回し、エリィをぎゅっと抱きしめた。
***
本来であれば、三国対抗魔剣士交流大会の表彰式に出ていたはずだが、エリィの強い希望により、僕たちは馬車に乗り込み王国への帰還を急いでいた。
「お母様……無事そうで良かった」
王妃様は眠っていたが、3年振り対面を果たした際には、嬉し涙を流すほど喜んでいた。
エリィの目はその時の影響で、未だに赤く腫れているほどだった。
ヴァーミリオン王国がもうすぐに差し掛かった頃、空模様が少しずつ怪しくなり、黒々とした積乱雲が広がっていくのが確認できた。
遠くの方でゴロゴロと雷鳴が響く中、エリィは顔をしかめながら、僕に話しかけてきた。
「あのね、アルト。私お城に着いたら、真っ先に着替えに行きたいの」
「ん? 着替え?」
……一体何に着替えると言うのだろうか。
「その……お父様にアルトとの結婚のこと話そうと思って。ちゃんと綺麗な純白のドレスを持ってるから、それに着替えてから話したいなって思って!」
魔剣大会に優勝したことや王妃様が見つかったこと等、大事な話はいっぱいあるはずなのに、何よりも優先して結婚のことを伝えたいと言ってくれる気持ちはものすごく嬉しかった。
「話すなら、僕も一緒に行くよ?」
「ううん。まずは私の口から伝えたいから、アルトはお母様を治癒魔法師のいる医務室へと連れて行って。……クレアは案内お願いね」
「エリシア様、かしこまりました」
こうして、一旦エリィはドレスに着替えてから国王の元へ……僕とクレアさんは王妃様を医務室へと連れて行くことになった。
王城に到着すると、いよいよ天気は荒れ果ててきて、豪雨と稲光が空を支配していた。黒々とした積乱雲の影響でまだお昼過ぎだというのに、夜なのかと疑ってしまうほど闇に包まれていた。
そんな中、エリィは真っ先に駆けて行き、着替えるために自室へと向かった。
(はしゃぎ過ぎて、転ばないか心配だな……)
無用な心配を胸に抱きながら、僕とクレアさんは王妃様を連れて医務室に向かって進んだ。
***
外が真っ暗な影響で、王城の中の廊下まで薄暗く、慣れ親しんだ場所であるのに不気味に感じた。
「そう言えば、衛兵を見かけませんね?」
僕は不気味さを紛らわせるために、素朴な質問を口にしていた。
「確かに見かけませんね。この天気ですし、もしかすると別の所を見回っているのかもしれませんね」
クレアさんも考え事をしているのか、心ここにあらずの様子でそう答えた。
再び沈黙になり、気まずさを感じていると、今度は先程の考え事がまとまったのか、クレアさんの方から声をかけてくれた。
「それはそうと……アルトさんは、不思議な方ですね」
「え?! どういうことですか?」
「エリシア様は本当に変わられましたよ。あんな風に笑顔をお見せになるなんて……。貴方がこの国に……エリシア様の前に現れてくれたこと、心から嬉しく思います」
クレアさんのその言葉は、全く予想していなかった内容であったため、急に照れ臭く感じてしまった。
「い、いや、僕は何もしていないですよ?」
「そんなことはありませんよ。こうして王妃様のことも見つけ出されたじゃないですか。 ……貴方のような方が、きっとこれからのヴァーミリオン王国を良くしてくれるんだと思いました。なのでこれからも、よろしくお願いしますね!」
まさか、あの大人びた雰囲気で辛口なクレアさんから、ここまでの高評価を貰えるなんて……。
(これからも、この国のために……エリィのために頑張ろう)
頑張ったことはそれだけ報われるという事を、モブである僕が人生で初めて実感した瞬間だった。
……程なくして、僕たちは医務室に到着したが、部屋に明かりはなく、廊下と同じ真っ暗な状態で治癒魔法師どころか誰もいなかった。
「おかしいですね……。医務室には必ず治癒魔法師が1人は在室するという決まりがあるんですけど……」
——ここにも人がいない。
——廊下にも人はいない。
ここまで来て、ようやく僕も違和感を覚えた。
(何か、嫌な予感が……胸騒ぎがする……)
そう思った矢先、遠くの方から大きな悲鳴が城内に響き渡った。
——イヤァァァァァァァァァァァァァ!!!!!
耳をつんざく程の音量で、心から哀しみを解き放つかのような悲鳴。
それは紛れもなくエリィの声だった。
「アルトさん!! 急いで行ってください!! 王妃様は私が見てますから!」
クレアさんにそう言われる前に、僕の身体はすでに医務室の扉まで移動していた。
「すみません!! 行ってきます!」
クレアさんは続いて何かを喋っていたが、僕はすでに廊下へと飛び出していたため、何を話していたかは聞こえなかった。
(エリィ……エリィ………まさか、何かあったんじゃないだろうな……)
僕はただただ真っ直ぐ、エリィの声の元を辿り、悲鳴の聞こえた 思われる場所—— "謁見の間" へと急いだ。
***
——ハァ……ハァ……。
医務室から謁見の間まではかなり遠かったが、全力疾走した甲斐もあり、ほぼ時間をかけずにたどり着くことができた。
普段は固く閉ざされている入り口の扉は、何故か大きく開かれており、僕は室内の少し離れた所に座り込むエリィの姿を見つけた。
「何だ、無事じゃないか……。もう、めちゃくちゃ驚いたじゃないか……」
僕は安心してそうエリィに語りかけるが、返事はない。
よく見ると、エリィのドレスは座り込んだ部分から腰辺りにかけて、赤黒く染まっていることに気付いた。
(エリィは純白のドレスを着るって、言ってたよな?! 何で赤黒いんだ……?)
その赤黒い色の正体が『血』であると気付いたのは、僕の声に何とか反応しようと首を横に向けた際の、エリィの蒼白し怯えきった横顔を見た時だった。
「な、なんだよ……これ……嘘だろ……」
室内をよく見渡すと、床一面には『血』『血』『血』『血』……血溜まりが出来上がり、綺麗な壁にもまるで赤いペンキで殴り書きをしたかのように血飛沫が飛び散っていた。
血溜まりの中に浮かぶのは、衛兵……衛兵……衛兵……衛兵……。
何人もの衛兵たちがその場で動かぬ肉塊と成り果てて、転がっていた。
余りに悲惨な光景に見つめていられず、真正面に目を移すと……
そこには玉座の上で心臓を剣で貫かれたまま、血の気を失った表情で座る "ヴァーミリオン国王" の姿があった。
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次回、第20話 『悲嘆のヴァーミリオン王国』へ続く。
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