第5話 貴族との決闘
決闘場ではすでに準備体操を終えたルベルトが、右手に杖を、左手に本のようなものを持ちながら待ち構えていた。
「遅かったな、新人。お腹壊してクソでもしてたのかと思ったぞ」
ルベルトは嘲るように笑いながらそう話した。
「いやあ……実はそうなんですよね。ちょっとお腹痛くて……」
怒らせて痛い思いをしたくなかったので、僕は怒らせないよう挑発に乗らないようにした。
「ふん……貴様はプライドがないのかこの愚民が!」
面白くないと言わんばかりに、ルベルトは吐き捨てるようにそう話す。
「二人とも揃いましたね。アルト君、魔法杖と魔導書は……?」
決闘は必ず先生の監督の元で行われるらしく、先生に質問されてしまった。
当然、僕は魔法杖も魔導書も持っているはずがない。
「持っていないのですか? それなら仕方ないですね。魔法杖はありませんが、魔導書なら実戦の授業で使う用のがありますので、それを使ってください。魔導書の持ち込みが許されるのは初級クラスだけですからね」
魔法杖は発動させた魔法を安定させるため、魔導書は魔法を発現させるための呪文が記載されているもので、両方とも魔法を扱う上で大切なものらしい。
先生からそう説明を受けると、授業用の魔導書を受け取った。
少しページをめくって見たが……特殊な文字で書かれているのか、全く読めなかった。
「あの、先生……これやっぱりお返しします」
僕は文字が読めないことを恥ずかしく思いながら、魔導書を返却した。
ただ、この姿を見てルベルトはナメられたと感じ取ったらしい。
「貴様、このボクでも魔導書を使うというのに調子に乗りやがって。消し炭にしてやる!」
僕たちは決闘開始の位置につき、先生からの合図を待った。
(……ルベルト君は完全に頭に血が上っているな。クラスのみんなが観戦してるし、とりあえず魔法を避けながら何とか戦ってるように見せないとな)
「それでは、これより決闘を始める!」
先生の合図がなされ、ルベルトはいきなり魔法杖を構えながら魔導書を読み、詠唱を始めた。
「——火は赤なり。燃え盛る熱よ。炎よ。今こそここに宿りて矢となりて目の前の敵を貫き燃やせ!——『
(詠唱長ッ!! ……でも魔法カッコいい!)
詠唱の長さに驚きつつも、異世界に来て初めて見る魔法に感動しながら、ルベルトが生成する『
杖の周囲に勢い良く燃え盛る紅の炎が渦巻き、やがて矢の形に変化していく。
「フッ。消し飛べ新人ッ!!!」
「ちょっ! ルベルト君、その魔法はいくらなんでもやりすぎです!! 『回避不可魔法』なんて!!」
先生から注意を受けるも、ルベルトは気にすることなく『
先生からの『回避不可魔法』という言葉を聞いて……その呼び名から圧倒的にスピード重視の魔法であると想像した。
……だが——
(——え、おっそ。スローモーションにしか見えないんだけど? 当たると威力がものすごくヤバいとかなのかな)
当たってしまう方が難しいと思えるレベルだったが、回避不可と言われる魔法を回避してしまうとまずいので、意を決してそのまま受けることにした。
速度はともかく、燃え盛る炎の勢いだけはすごかった『
「「「や、やばいよあれ……」」」
「「「あんな速すぎる魔法を使うなんて……」」」
「「「アルト君、死んじゃったんじゃ……」」」
爆風で砂埃が立ち上がる中、平民の子たちからは悲鳴が上がるほどだった。
(え? ……痛くも痒くもないんだけど? ……ケホッ……それより砂埃の方がすごいな)
炎の熱さすら全く感じず、当たると消滅してしまった魔法に対し僕はそう思った。
「ハーーーッハッハッハッハッ! どうだ新人、これが貴族の
声高々に笑うルベルトは両手を広げて、拍手を促すと、観客席にいるクラスメイトたちから拍手喝采が湧き起こった。
「ケホケホッ……砂埃立たせすぎですよ。今のはもしかして炎の魔法じゃなくて、砂埃の魔法だったんですか?」
僕は砂埃の中から、堂々と姿を現した。
「な、なななな、何で貴様は無傷なんだ?!」
「……って言われましても、あんなショボい魔法でどうやってやられたら良かったんです?」
「ショボい……だと?! 今の『
(今のはそういう効果の魔法だったのか。……ってそれ本当に起こってたら、僕は今頃串刺しの丸焦げじゃないか!)
「貴様、もしや決闘を始める前から防御魔法を使っていたな! この卑怯者め!!」
〈 キングズリーベア 〉の時もそうだったが、もしかすると無意識に防御魔法が使えている——なんてことがないことは、自分が一番分かっていた。
「いや、使ってないんですよそれが……」
「信じられるか! 防御魔法なら次の攻撃で消失させれるはず。——火は赤なり。燃え盛る熱よ。炎よ。今こそここに宿りて矢となりて———『
再び生成される『
今度は心臓に命中したが、同じく痛くも痒くもない。
「フーーッハッハッハ! これで貴様の防御魔法は破られたぞ! ついに串刺しの丸焦げにしてやる時がきたのだ! ——火は赤なり。燃え盛る熱よ。炎よ。今こそここに宿りて矢となりて——『
もはや効くはずもないことは明白だったので、僕はポケットに手を入れてスマートな立ち姿を演出することにした。
(……やばい。悪役貴族に立ち向かうラノベの主人公みたいな気持ちだ!)
高まる気持ちについつい顔がにやけてしまう。
「笑うな!! ば、ばばばバカにしやがってぇぇ!!!!——火は赤なり。燃え盛る熱よ。炎よ。今こそここに宿りて矢となりて——『
何発も何発も繰り返し放たれた続けるが、一ミリも効くはずもなく、さすがの僕も面倒になってきた。
(魔法は使えないけど、攻撃するフリで降参してくれないかな……)
ただ、フリと言っても呪文の詠唱も知らないので、左手のみポケットに手を入れたまま、右腕を真っ直ぐ伸ばしてみた。
「や、やややるのか?! へっ……魔法杖も魔導書も持たない貴様に、魔法が使えるわけがない!!」
(こういう時ってラノベとかだと、大抵指パッチンで何か起こったりするよね)
僕は軽く力を込めて、真っ直ぐ伸ばした右手で指パッチンをした。
すると……鳴らした瞬間、親指と中指が激しく擦れることで生じる火花。それは直視できないほどの閃光を放ち、スパークを纏った激しい火柱となった。
そして "バチッバチッ" という雷撃の音と共に灼熱の火柱はルベルトをギリギリ逸れて、後方にある決闘場の壁を崩壊させてしまった。
(え……なんだこれ?! 嘘だろ?! ただ指パッチンしただけなんだけど!!)
「あ、あばばばば、ばけ、ものめ……」
そう吐き捨てるルベルトは、髪の毛の端の方が焦げてチリチリになっており、腰が抜けたようにヘタリと座り込むと、恐怖のあまり漏らしてしまったらしく水溜りができていた。
「信じられない……。しょ、勝者はアルト君!」
先生から勝利の宣言が下されると、周囲で平民の子たちから歓声が湧き上がり、貴族の子たちは目の当たりにした光景を信じられないといった様子だった。
エリシア王女は決闘場の内部まで走り、僕の元まで来てくれた。
「アルト君! 本当にありがとう。昨日叔父様に話を聞いた時はまるで信じられなかったけど、あなたは本当にすごい魔法使いだわ」
感激したようにエリシア王女は僕を見つめてくる。
「いや……魔法なんて僕は使って——」
「何言ってるの? 今のはどう見ても御伽噺に出てくる
またもや僕は伝説級の魔法を使う【魔帝】様とやらだと勘違いされているらしい。
この日からモブな僕の学園生活……いや人生そのものが憧れていた主人公路線へと変わっていくことになるのだった。
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