第4話
「ドロシー、真っすぐお城に帰るのは危険かもしれない」
「どうして?」
「既に客人がいる。他所から来た人らしい。ウィキッドって名前の男さ」
――ミルクを飲んでたクラインが、喉につまらせた。大きく咳をする。
「昨日の夜、知り合いのメイドさんにね、連絡してみたら……思った通り。君のおじさんは既に先回りしてたみたい」
「誰?」
「サリアさん」
「あー」
「詳しいことは伝えてない。王妃の耳に入ったら、王妃が無茶をしでかすだろうからね」
ボクが眉を下げると、クラインが俯いた。
「そんな、それなら……いいえ、大丈夫。自己談判しに行くわ! 話せば、私が正しいと気づくはずよ!」
「会えるかな?」
「え?」
「ウィキッドって、魔法使いなんでしょう? ここに君がいると知って、すんなり会わせてくれるかな? 手下の方とか、待ち伏せしてたりしない?」
クラインとボクが顔を見合わせた。そこで、ニクス先生が手を叩く。
「ドロシー、今日は学校を休んでいいから、メニーに会いに行ってくれる?」
「メニーおば様?」
「どこにいるかは知ってる?」
「カドリング島から帰って来る! 港さ!」
「メニーがいれば何とかなる気がする。魔法関係なら特にね」
「確かにその通りだ。ボクに魔法の使い方を教えてくれたのも、メニーおば様だった。クライン、大丈夫さ。メニーおば様が一緒なら、ウィキッドが城にいたってなんとかなる気がする!」
「……その人」
クラインが不安そうに聞いた。
「信頼できる人?」
「大丈夫。メニーおば様はとても親切で、とても強いんだ。ママの妹で、ママよりも信頼できる。固く誓うよ。メニーおば様なら、きっとクラインを助けられる」
そうと決まれば!
「早速行こう! なぁに、今から行けば港まであっという間さ!」
ボクがデクの杖を振れば、ネグリジェは白いシャツにベストとパンツに代わり、髪の毛は後ろにまとめられ、緑のマントが降ってくる。もう一つデクの杖を振れば、クラインが着ていた寝間着が動きやすそうなパンツスタイルに早変わり。
「さあ、支度はオッケーだ。出よう! クライン!」
扉を開けると――ヒキガエルみたいな男が立っていた。
「見つけたぞ、小娘……」
しかし後ろへ引っ張られ、ぶん殴られた。ヒキガエル男が気絶すると、ぶん殴った張本人――フランチェスカが玄関を覗き込んだ。
「お怪我はございませんか? ドロシー様」
「おかしいな。結界を張ってたはずなのに」
「壊されてます」
「嘘、本当に?」
フランチェスカが指を指すところを見ると……壊されてた。
「気付かなかった」
「お城へ戻りましょう。陛下に会わなければ」
「それがね、フランチェスカ、一度メニーおば様に会いに行くことになったんだ」
「まあ、メニー様に? 一体なぜ?」
「理由を話すと長くなる。とにかく、港にクラインと向かうよ」
「お待ちをドロシー様、フランも行きます」
「定員オーバーだ。杖に三人も乗れない」
「馬で行きます」
外を見ると、キラキラ光って待機する馬の姿があった。
「わざわざ連れてきたの!?」
「ええ」
「なんて用意周到なんだ! どこへでもついてくる気満々だ!!」
「これでも私、メイドですから」
「ねーねはいいの!?」
「朝から恋の病を煩わせていたので、髪の毛を可愛く結んでそっとしておきました」
「行動が早すぎる!」
「しかし、メニー様と共に城に行くという選択肢は最善だと思います。貴女の仰る通り、エメラルド城に3日前から胡散臭い客人がいらっしゃってると聞きました」
「パパったらそんな人を城に入れるなんて、何考えてるんだろう! 殺されても文句言えないよ!」
それを自分で言って……納得した。
「だからか」
「続きは移動しながら聞きます。……クライン姫」
フランチェスカがスカートをつまみ、深々とお辞儀した。
「第一王女、アナスタシア姫の侍女の、フランチェスカです。昨晩は失礼致しました」
その上で、上体を上げ、堂々とボクとクラインの間に入り込む。
「ドロシー様が貴女を手助けするならば、フランも全力で協力致します。ですが……覚えていただきたい事が一つだけ」
「何」
「ドロシー様に何かしてごらんなさい」
フランチェスカの鎌が光った。
「処します」
クラインの目が……ボクに向けられた。哀れんでいる。ボクはきょとんとした。なんでそんな目で見てくるんだ? ニクス先生が手を叩いた。
「ほらほら、全員行って。あたしも出社の時間だから」
「ニクス先生、お礼は必ず!」
「ドロシー、GPSは持った?」
「ちゃんとあるよ!」
「なくさないようにね。いざという時に、みんなに連絡出来なくなったら大変だから」
「わかったよ! ニクス先生! ボクはいい子だから、しっかり持っておくよ!」
ボクとクラインが杖に乗り、フランチェスカは馬を走らせる。目指すのは港だ。
(*'ω'*)
港に着くまでにはとにかく前に進むしか無い。森の上を飛んで港へ急ぐ。
「ねえ、クライン、聞いてもいいかい? 魔法の国のこと」
「ええ。もちろん」
「どんなところなの? そうだな、例えば……町では、箒を使って空を飛ぶ人達で溢れているの?」
「ドロシー、箒ってどんな箒を想像してる? まさか、この箒になった杖と同じだと思ってる? 箒といえば、ちりとり、デッキブラシ」
「え? まさか、デッキブラシで空を飛ぶの!?」
「魔法使いにとって、デクの木を使っているものはみんな空飛ぶ乗り物。貴女のように杖を使う人もいれば、箒と杖を使いこなす人もいる」
「みんな、同じ杖を使ってるの?」
「氷の結晶はみんな同じだと思ってる? 量産しないと、同じ形は作れない」
「この杖は、メニーおば様が持ってきたんだ。ボクがもう少し小さい時に」
「魔法に詳しい誰かが与えたのね。この杖は素晴らしいリモコンよ。貴女の魔力を上手いことコントロールしてくれてる」
「そんなこともわかるの?」
「魔力がなくたって、出来ることはあるのよ。私は姫だもの」
「すごい! ね、クライン、魔法の国には、他にどんなものが……」
ボクが後ろを振り返ると、クラインがいなかった。
「あれ!? クライン!?」
ボクの声に気付いたフランチェスカが馬を止めた。ボクが頭を回して周囲を探すと、コガネムシみたいな鎧を着た追手が、クラインを肩に抱えて飛んでいた。
「ぎゃはははは! この小娘、やっと見つけたぞ!」
「離して!」
「お前を差し出せば褒めてもらえる! 大人しく……」
「親指サイズのお姫様、池に気をつけ、チューリップに乗っていけ」
杖を小さくし、頭に思い浮かべる呪文を唱えながら杖をくるんと回すと、コガネムシの鎧を着た追手が吹き飛ばされた。あまりの衝撃に手を離したクラインは地面へ落ちていくが、心配ない。大きく伸びた杖にボクが跨ぎ、クラインを抱き上げる。一瞬、森の中へ入り、フランチェスカに叫ぶ。
「全速力! 追手が来た!」
「御意!」
フランチェスカが蹴り、馬が反応したように全速力で走り出した。ボクも杖に掴まり、全速力で空を飛んでいく。すると、羽がつけられた大量のカラクリ人形が虫のようにやってきて、ボクらを囲んだ。ボクはクラインに伝えた。
「しっかり掴まってて!」
「ドロシー!」
「大丈夫! こういうことには慣れてる!」
にやっとして、クラインを見る。
「ま、見惚れてて。ボク、すっごく強いから」
ボクは体重を乗せ、空中で一回転した。クラインが悲鳴をあげた。だが構ってられない。今度は下へ下りていき、大量のからくり人形を引きつけたらまた上に上がった。からくり人形達が地面に落ち、体ごと壊れてしまう。残ったからくり人形達は今度は馬に乗るフランチェスカに狙いをつけた。羽を動かし、セミのように突進していく。
それに気付いたフランチェスカだが、彼女を舐めてはいけない。
フランチェスカは予想していたようにベルトから鎌を取り出しており、馬を蹴飛ばしてバク転しながらからくり人形の上に乗った。そして、持ってた鎌を投げれば繋がれた鎖がからくり人形に絡みつき、フランチェスカが引っ張り投げればからくり人形達は破壊された。さらに乗ってたからくり人形を蹴飛ばして空中へ飛び込んだ際に、太ももにつけてたベルトに仕込んでいた手榴弾を投げ――全てのからくり人形が破壊された。フランチェスカは無事に走る馬へ乗り戻り、再び馬を走らせ続ける。
からくり人形が湧いて出る。どこかに出現させている原因があるはずだ。探していると、目の前にコガネムシの鎧を着た騎士が再び立ちふさがった。
「小娘よ! 後ろにいるのを渡せば、」
彼を見た瞬間にボクは思った。この人がからくり人形を出してる原因だ!
「命だけは助けてやろう!」
ボクとクラインが騎士の上に乗った。
「え!? え!? ちょっと待って! 二人は重力オーバー!」
「仲間に見せた花嫁候補、けれど認められず侮辱的、だから捨てたよ花嫁候補、彼女は一人で旅立った」
パパが言ってた。敵は攻撃される前に攻撃しろと。だからボクは空に楕円の魔力を作り出し、その中で騎士をグーで叩いた。
「痛い痛い痛い! ちょ、やめ! やめろ!」
ボクの杖がハエ叩きになり、クラインと一緒に叩き出した。
「潰れる! 潰れちゃう! こら! 大人をなんだと思ってるんだ!」
ボクの杖が、大きな手になった。
「はえ」
コガネムシが潰された。
地面に落ちていったコガネムシ。ボクとクラインが杖に乗る。
「このまま進むよ!」
「いざ港へ!」
港は間もなく見えてくる。
――銀色の少女が地面に着地した。ボロボロになったコガネムシの騎士を見て――顔を上げた。
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