おとぎ話の魔法使いはヒーローごっこに忙しい

石狩なべ

プロローグ

 昔、ママが教えてくれた。

 おとぎ話はハッピーエンドで終わる。

 どんなに苦しいことがあっても、主人公は絶対に幸せになれるよう設定されており、最後のページには必ずみんなが笑顔を浮かべていると。


 けれど現実はそうじゃない。

 努力は報われないし、人は死ぬし、夢は叶わない。お金がないと生きてはいけず、愛だけで乗り切ることは出来ない。ならばどうするか。


「頭を使いなさい」

「お前を生んだ女はとても頭が良かった。嫌になるほど頭の回転が早くて、目の前のことではなく、未来を見据えて行動する」

「お前にはその遺伝子が色濃く受け継がれてる」


 現実は童話のように簡単にはいかない。強者が弱者を搾取する世界。強者は誰だ。大人。そして金持ち。地位が高い者。知恵者。弱者は誰だ。子供。貧乏。地位が低い者。無知者。


「悪い大人っていっぱいいるの。いくらお母様が追い払ったって、幾度も幾度も這い上がってくる。あいつらはね、ゴキブリなの。しつこくて、絶滅することを知らない。だからお前はそれに立ち向かえる頭を持ちなさい。全ては知恵が解決する。知恵を持つにはどうするべきか。知識を持つのよ。知識があってこそ知恵。知恵があってこそ力。力があってこそ平和が守られる」


 ママがボクを見つめた。


「わかったわね。ドロシー」

「むずしくてよくわかんないけど、わかった!」

「ああ、聞き分けの良い子は最高だわ。お願いよ。ドロシー。お前はパパのような正義オタクにはなっちゃ駄目よ? いつまでもいつまでも、可愛い可愛いドロシーちゃんのままでいてちょうだい。あーもう、大好き」

「ボクもだいすき。ママ」

「キスしてあげるわ。いらっしゃい。スイートハニーベイビーちゃん」

「わーい」


 ボクはママに抱っこされて、キスされるのが大好き。だから、ママの言う事を守る良い子になるんだ。一番上のお兄ちゃんのように強く、二番目のお姉ちゃんのように鮮やかに、その双子のにーにのようにひょうひょうと、ボクは、とっても良い子になるんだ。


「ママ! ボク、良い子になる!」

「あんたは素晴らしく良い子よ! ほんっとう! どっかの義妹とは大違い!! 愛してるわ。我が子ちゃん。ちゅ! それじゃあ、もうおねんねしましょうね。本を閉じて、棚にしまいなさい」

「うん!」

「走らないようにね。大丈夫よ。ベッドは逃げないから。今夜もママと寝たいでしょ?」

「パパと寝る!」

「パパはお仕事なの!」


 意地を張ったママが大声を出した後、すぐに優しい声色になった。


「だから……ママと寝ましょうね」

「えー」

「パパよりもママの方が好きでしょ?」

「どっちもすきー」

「どっちも好き!? ああ! うちの子は天才だわ! 才能があるのよ! なんて良い子なの! もう大好き。ちゅ! 大丈夫よ。パパは鬼ごっこするだけだけど、ママならジャックが来たらガラスの靴でぶん殴ってやるから。それはもう……粉々にね!」


 ボクはベッドに入って、ママの隣で寝るんだ。ボクね、この時間が大好きなの!


「おやすみなさい。ママ」

「お休み。ドロシー」


 ママがボクの体を優しく撫でてくれて、そしたらどんどん眠くなってきて、ボク、寝ちゃって、気がついたら朝になってるの。


 新しい一日がまた始まるの。

 怖くないよ。だって、朝は明るいもん。夜は暗いから怖い。暗いところは怖い。暗いものは見たくない。


 だから今日も、ママに抱きしめてもらって、蝋燭の灯りに安心して、眠って、起きて、眠って―起きれば――。


「ドロシー様」


 ――13歳となったボクは、今日も新しい朝を迎える。







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