side➡テディ

第1話


 昔は、エメラルドの都と呼ばれていた祖国。

 発展が進み、今では誰もが羨む国となった。


 国王が代わってから、根本的な貴族の特権はなくなった。貴族は貴族だが、平民とさほど変わらない。沢山の苦情が来たそうだが、王はこれを拒否。よって、地位は本当に、選ばれた者のみのものとなったのである。貴族と平民との差はなくなり、差別は圧倒的に薄れていった。差別が多い国としては、これほど羨ましい環境はないだろう。税は高いが、必要なものは無料。住みやすい国ランキングがあるとすれば、上位となるはずだ。


 環境のおかげか、平和で安全な国と有名だが、もちろん裏では相当激しい戦争に巻き込まれたことも何度もある。だが、一切の敗北はない。なぜならば、兵力が圧倒的に強いから。自ら攻め込もうとはしない。だが、攻められた時には、国王自身が謝罪をし、もうしませんと言うまでとことん追い詰め、心の根を折る。


 しかし、友好的な国は大歓迎だし、助けを求める国も大歓迎だ。


 このように――直接――相談に来る――何処かの国の大臣も、大歓迎だ。


「わたくしはウィキッド。お会いできて光栄でございます。キッド陛下」

「文をありがとう。どうやら、我が国でトラブルが起きているとか」

「ええ。わたくしは遠い西にある、地図にない国から来た者でございます」

「地図にない?」


 王がきょとんとして、瞬きをした。


「そんな国が存在すると?」

「存在するのです。しかし、地図にはありません。だけど、国なのです。民もいる。わたくしは、地図にない国のプリンセス、クライン姫様の婚約者に当たります」

「ほう」

「実は、この国には婚約旅行として、訪問していたのです。世界で一番平和で安全と聞きましたから。しかし、なんということでしょう。なんとクライン姫が、行方不明となってしまったのです!」

「見張りは?」

「もちろんつけてましたとも! ですが、あろうことか、無邪気な姫様は街の人混みの中に紛れ、我々の目の届かない所へと行ってしまいました。正に悲劇!」


 ウィキッドはハンカチを鼻につけた。


「これを嘆かない人がどこにいるでしょう! ああ! わたくしのクライン! 一体どこへやら!」

「わかりました。そういうことなら、我が国も協力致しましょう」


 王が杖で地面を叩いた。


「テディ」


 王に呼ばれ――俺は玉座の間へ入り、跪く。


「大切な客人がお困りだ。騎士として、クライン姫の行方を追え」

「御意」

「ウィキッド、紹介します。我が息子のテディです」

「テディ殿下! 噂はかねがね!」


 俺は立ち上がり、ウィキッドと握手をした。


「剣の腕の天才児。デビュタント以来、ダンスに申し込む行列が途切れないだとか!」

「噂はただの噂。ですが、腕は本物です。必ずやクライン姫を見つけてみせましょう」


 喜ぶウィキッドと笑みを浮かべるキッド陛下――父さんの顔を思い出しながら――俺は薪火に両手のひらを向け、温まる。


「何の手がかりもないのに無理だって……」

「テディ、腹は空いてるか?」

「師匠、なんで父さんはあんなに無理難題をこちらに向けると思います?」


 師匠――レッド・ピープルが魚を火に炙った。俺は唇を舐めた。


「美味しそう」

「まだ待て」

「こんな仕事、第一騎士団に言えば良い! 優秀なのだから! 俺達はなんというか……」

「異質?」

「騎士団員になるため、俺は剣の腕を磨きました。強さとは、人を傷つけ、人を守る。俺は国を守る一番の騎士となるため、貴方と、貴方の妹様からの過酷な指導を耐え抜きました。入団試験は、それこそ例のないほどの優秀な成績だった! しかし、その結果が……」


 キッド陛下により作られた組織。国家機密特別捜査王宮騎士団。


「略して機密騎士団」

「違う! 騎士団に入りたかったけど! 俺は! 第一騎士団に入りたかったの! なんだよ! 機密騎士団って! 全然違うじゃんかよ! 三人しかいないし! 機密だから正式に騎士団に入ってるとも公言できないし! 自慢すら出来ない!!」

「騎士団は自慢のためにあるものじゃないぞ?」

「こんな無理難題な捜査! 第二騎士団の仕事です!」

「そう言うな。俺との捜査は嫌いか?」

「師匠との捜査は嫌いじゃありません! むしろ、師匠といれば未熟な自分がもっと成長できる気がして、安心します。とても心強い。なんでも出来そうな気がする。100人の敵が来たって避けられそう。ふふっ。ですが、俺はまだ、ほら、未熟です。こんな手がかりもない何も無い捜査、一体どうしろと!?」

「お兄ちゃん、こんなの見つけた」

「でかしたルビィ」

「先生も父さんに何とか言ってください! こんな難問を押し付けるなと! 第三騎士団の仕事です! 俺はもっと、こう、なんか、人から、わーすごーいって言われるような、英雄になって、わー! みたいな! テディ様ー! 素敵ー! みたいな! そういうことがしたいんです!」

「そういうことじゃねえか」


 ルビィ・ピープルが見つけたキノコを広げながら、首を傾げた。


「地図にない国のお姫様の捜索なんざ。へっ」

「鼻で笑った! 師匠! 先生が鼻で笑いました! これは! 先生が鼻で笑う程度の! 仕事って! ことです! あ! アリまで笑ってるじゃねぇか! ワラワラしやがって! なんだてめえら!? 大群で歩きやがって! 仲良しか!? 全員死ぬまでズッ友ってわけか!? 一人ぼっちの俺は寂しい男だから見せつけようってか!? ムカつく! 暗いからもう巣にお帰り! 踏み潰されんぞ!」

「テディ、落ち着け。心が騒ぐほど、足元をすくわれるぞ」

「……はぁ……」


 俺はため息を吐き、うなだれる。


「みんな俺を完璧だと言うんです。次期国王はテディだと。見てください。師匠。俺のどこが完璧です? 17歳の父さんはもっと強かった。17歳の父さんはもっと器量が良かった。17歳の父さんはもっと素晴らしかった。婚約者もいた。なのに、俺は……こんなところで……彼女もいず……手がかりのない事件の捜査……野宿……焚き火……!」

「テディ、心配すんな」


 ルビィが俺の横に座り、背中を撫でた。


「あいつはな、頭おかしい狂人だ。お前はまともだよ。ほんと。テリーのお陰だよ」

「テリーさんは自分を未熟だと認め、道を進んでいた。今も昔も……立派なお方だ。お前を見ていると思い出す。テディ」


 師匠が炙いた魚を俺に差し出す。


「沢山食え。満腹になれば、頭がまわり、心に余裕ができる。お前は優秀な弟子だ。保証する」

「俺は優秀じゃありません……。父さんのような天才じゃない凡人です……。だからこそ……見栄とプライドと自己肯定感が半端なく保てる第一騎士団を目指し修行していたのに……よりにもよって……変な機密組織作られて……野宿……焚き火……」


 魚に噛みつくと、目を見開いた。


「美味ーーー!」

「お腹空いてたんだな、テディ」

「もっと食べろ。魚は頭が良くなるって、テリーもよく言ってた」

「師匠、先生……! ありがとうございます……! 俺頑張ります……! ……キノコ美味すぎワロタ!!!! ははははは!!!!」

「ルビィ、これワライマクルダケじゃないか?」

「あ、やべ」


 森の夜は、より一層深くなっていく。



(*'ω'*)



「僕! 父さんのような、立派な騎士になります!」


 幼き頃から俺は剣を持っていた。母さんは最初こそ反対していたものの、俺の腕を見れば、大層俺のことを褒めた。褒めたら成長が伸びる。子供なら特に。


 だから調子に乗ったのだ。どんどん強くなる自分に、師匠の優しい心に、先生の壮大な器の広さに、甘えたのだ。


「父さん! 俺、強くなりました! お手合わせお願いします!」

「うん。いいよ」

「やったー!」


 勝てなかった。


「もう一戦お願いします」

「うん。いいよ」


 絶対勝てなかった。


「……も、もう一戦お願っ」


 しかも相手、本気を出してなかった。銃を取り出さず――利き手じゃない方で、剣を握ってた。


「修業してきます!」

「うん。良い子だ!」


 数日後、数カ月後、数年後、手合わせをしては、負け、戦っては負け、どこかの国に攻められた時には――見たことのない力で戦っていた。外堀を騎士団に任せ、じわじわ追い詰めていっては――中くらいから利き手じゃない方で――人を殺さない程度で銃を撃ちまくり――内側に入れば、逃げ出そうとした王をとっ捕まえて、その情けない姿を民に見せた。


「王よ、ごめんなさいは?」

「……ごめんなさい……」

「あとは民に任せよう。もう二度と戦争を仕掛けてくるな。わかったな」


 群がる民の中に投げられた王が、もみくちゃにされているのを見て、俺はようやく現実がわかった。


(俺、才能ない!! 天才でもない!!)


 凡人だ!!


 そこからは今までで以上に真面目にがむしゃらに修業を続けた。


「お手合わせお願いします!」


 無理。


「お手合わせ」


 いや、あんた今年で何歳だよ。


「最近手合わせを頼んでこないけど、なんかあった?」

「……、流石父さん。俺の気持ちを読み取ることが出来るなんて、お見逸れしました。ぜひこの後、お願いします」


 戦いたくねーよ! あんたとなんか! 自分がいかに弱くて自分がいかに自意識過剰者だったか、思い知らされるじゃねえか!!


「テディ殿下……かっこいい……♡」

「キリッとしてて……筋肉質……♡」

「テディ殿下……どうか私と踊って……」

「ええ。もちろん。踊りましょう」


 ダンスで足腰鍛えて修業。


「テディ殿下ったら……♡ なんてスローペースで……お優しい方……♡」

(動きがゆっくりであればあるほど体を鍛えられるダンスという修業! なんて効率がいいんだ! レディ達を誘って、踊らなくては! きりっ!)

「ぜひ、踊っていただけますか?」

「まあ♡」

「踊っていただけますか?」

「殿下ったら♡」

「踊っていただけ」


 一晩中踊り尽くし、翌日にはランニング、腕立て伏せ、腹筋、背筋、その他諸々。カカシを相手と思い木刀を振り、時には師匠と先生に相手をして頂き、おっと、学校も忘れてはいけない。テストで全ての科目で満点を取り、父さんに報告に行けば、


「セイレーン・オブ・ザ・シーズ号は元々マーメイド号って名前がついてたけど、どうして改名したでしょうか?」

「え? ですから……航海中に……お祖母様が……ひらめいたと……」

「歴史上はそうだな。でも、もう少し裏を見ないといけないよ。テリーがダサいって思って、側にいたクルーと名付けたから」

「……」

「いいか? 物事には裏がある。読み取れる力を、読解力っていうんだよ?」


 知るか!!!! テスト満点だろうが!!!


「テディ様! アナスタシア様がエリオット様をボコボコにしてます!」

「仲直りしろー!!」


 手のかかる双子の仲裁。


「テディ様! ドロシー様がいなくなりました!」

「どこかで犯罪が起きてる! 至急警察に連絡しろ! 俺も行く!」


 ヘンゼルさんとグレーテルさんに頭を下げる係。


「お兄ちゃんは完璧だわ。羨ましい」

「俺は結構。兄さんには敵わない」

「テディお兄ちゃんはいつだって完璧だ。ボクもそうなりたかった」


 うるせえ! 天才児ども!! お前らが天才だから俺は苦労しなきゃいけないんだよ!! お前らがすぐにも追いつきそうなほど強くなるから俺は寝る時間減らしてやってるんだよ! アナスタシアの頭の回転の速さは恐ろしいし、エリオットは新しい国作って皇帝になるとか恐ろしい計画練ってるし、ドロシーに限っては魔法使い!? お前ら馬鹿かよ!! 天才かよ!! ふざけんな畜生!! チート! 卑怯者! ああ! 一般人の俺は、どうしたらいいんだよーーー!!


「……レッド、リトルルビィ」


 二人が振り返る。


「どう?」

「やはり」

「流石はお前とテリーの息子だよ。あいつ……才能を磨く天才だ」


 俺は必死に剣を振り続ける。



( ˘ω˘ )



 まだ夢の中にいるようだ。まどろむ世界の中で、俺は奴隷になっている。


「すぐに仕事にかかれ。箒を取って、くまなく部屋の掃除をしろ」


 俺は家の掃除を始めた。なんて汚い家だろうか。掃除が終わると、主の男は足を伸ばした。


「長靴を脱がせろ」


 俺は言われた通り靴を脱がそうとすると、その前に顔に投げられた。しかし、俺は奴隷だから逆らえない。主の男の靴を綺麗に磨いた。なんて汚い靴だろうか。


「いいな。よし、次は俺が食べる美味しいご飯を作るんだ」


 言われた通り、俺は奴隷となって料理を作った。師匠と先生から習った料理だし、エリオットもこれを好きだと言ってくれてるから、きっと美味しいはずだ。主は側に居る小人とそれを食べると、頷いた。


「もう良い。用はない」



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