第2話
(*'ω'*)
朝起きると、まるで深夜動き回っていたのではないかと思うほど体が疲れていた。夢のように、本当に働いてた気分だ。
「しんど……」
「おはよう。テディ。昨晩は眠れたか?」
「おはようございます。先生。もう爆睡でしたよ。だけど、夢の中で働いてたんです。それが体にまで来たのでしょう」
「夢の中で働いてた? 面白いこと言うな」
テントを畳むルビィが笑い、俺に訊いてきた。
「どんな仕事を?」
「俺は奴隷です。何でもします。家事、洗濯、掃除。家のことをなんでも」
「へえ。ってことは、主がいるんだな?」
「はい。主は男です。でも主ですから、俺は彼に従わないといけません」
「相当そいつのために働いたようだな。でも、こちらの調査もしてもらうぞ。この辺に姫を見かけたって話が出てる以上、探すのが私達の仕事だからな」
「わかってますよ。ったく、こんな森の中に家を建てて、姫を連れ去って生活するなんて、どうかしてますよ。羨ましい!」
「テディ」
「だって、綺麗な女の子とこんな森の中で二人きりで生活出来るんですよね!? そんな楽園どこにあります!? 羨ましいですよ。俺だって女の子にモテたい!」
「本当に舞踏会に行ってるのか? 年頃のレディは、みんなお前に夢中だ」
「先生、わかってませんね……。彼女達は、俺が王子だから近付くんですよ。権力欲しさです」
「ひねくれすぎだろ」
「全ては父さんの力です……。俺達はみんな、父さんによって支えられてる……。手のひらで転がされているのです……。ころころ……ころころと……。それを見て……母上は笑っているのです……。なんて恐ろしい……。はぁ……。気を取り直そう。俺の運命の人が現れるまで。こんなどこがどこなのかもわからない森の中で父さんを思い出したら、気分まで萎えてくる」
キャンプの片付けをして、三人で捜査に出る。森の中でクライン姫らしき人を見かけたという通報が入って、俺達に命令が下ったが、今日一日歩いても、手がかりは見つからなかった。まるで森が隠しているようだ。
夜空の下で揺れる焚き火を見つめながら、身を温める。
「ゆらゆらと♪ 燃えている♪ ただただひたすら燃えている♪」
「お兄ちゃん、テディの精神が壊れそうだ」
「いつものことだ。テディ。腹は空いてないか?」
「あれ? 肉はさっき食べたはずでは?」
「お前大丈夫か? 晩飯はこれからだぞ」
「魚を焼こう。沢山捕れた」
レッドが魚を焼いている間、俺はルビィと会話をする。
「先生、俺は考えてるんです。父さんの強さについて。なんであんな人間が存在しているのでしょう。てか、なんで母さんは父さんと結婚したのでしょう。一番嫌いなタイプなのに」
「一番嫌いなタイプの人間に恋をしたからだよ」
「俺が母さんだったら、まず断りますね」
「へえ。それはどうして?」
「天才の側にいたら、劣等感に苛まれるからです」
「わかってるじゃないか。テディ」
ルビィがにやりとした。
「劣等感に苛まれたところを優しく包み込み、耳元でこう囁くんだ。俺のお姫様、何も不安がることない。君は俺の側にいてくれたらそれだけでいいんだ。君は自分が何もできないと思っていても、君がいてくれるだけで俺は生きる意味を見いだせる。だから側にいて。永遠に。死んで墓に入る時は、二人一緒さ。ずっと共にいよう。愛してるよ。テリー」
「母さんはなぜ断らなかったんですか!?」
「断ったよ。それはもう断わりまくってた。だがその後にその天才からこう言われた。近づくな。撃つぞ。クソガキのチビが。アイスティーをぶちまけるぞ」
「……」
「ゴールイン」
「いやいやいやいや、ないないないない」
「でも、それで結婚して、お前を産んだからな」
「母さんの性癖はどうなってるんですか……。俺はもっと優しくて可愛い子がいい……。メニーおば様みたいな……」
「はは。趣味が良くて安心したよ」
「趣味で言えば、……クライン姫は年上好きなのでしょうか」
ルビィがきょとんとした。
「見てませんか? クライン姫を捜しに来た婚約者の大臣。少々年上です。おそらく、父さんと同じくらい」
「ま、貴族ではよくある話だ」
「誘拐って言われてますが、逃げ出したと考えることは出来ませんか? だとしたら、見つけたところでこの森に留まるとか言い出しそう」
「その時はその時だ」
レッドが焼き魚を俺に差し出した。
「いつもより口数が多い。テディ、お前は疲れてる。沢山食べて、早めに休め」
(そうだな……。いつも以上に疲れてる。……早めに寝るか)
俺はその日、非常食のエンドウ豆をつまみ食いしようといくつかポケットに入れてから、早めにテントに入った。
( ˘ω˘ )
また昨日の夢を見ているようだ。まどろむ世界の中で、俺は奴隷になっている。
「すぐに仕事にかかれ。箒を取って、くまなく部屋の掃除をしろ」
俺は家の掃除を始めた。くまなく掃除をしたが、掃除をしていない部屋がある。しかし、この部屋には近づいてはいけない気がして、俺は掃除が終わらせた。それを見ていた主の男は足を伸ばした。
「長靴を脱がせろ」
俺は言われた通り靴を脱がそうとすると、その前に顔に投げられた。しかし、俺は奴隷だから逆らえない。主の男の靴を綺麗に磨いた。
「もっとしっかり磨けよ! 坊ちゃん!」
小人に言われて、俺はしっかり靴を磨いた。
「次は俺が食べる美味しいご飯を作るんだ」
「俺様の口にも合うやつだ!」
言われた通り、俺は奴隷となって料理を作った。これはメイドのフランチェスカと作ったやつで、弟の友人のルイスが気に入っていたからきっと美味しいはずだ。主は側に居る小人とそれを食べると、頷いた。
「悪くねえな!」
「もう良い。用はない」
(*'ω'*)
突然肩を揺らされた。
「テディ!」
「ひゃわ! ごめんなさい! 筋トレします!」
「お前いつ戻った!?」
汗を流すルビィを見て、俺はぽかんとした。
「は、はい? 先生、俺はずっと寝てましたが……」
ルビィが寝袋をめくると、俺の靴が泥にまみれていた。そんなところ、歩いた覚えなどないのに!
「きゃあ! 何これ! 怖い!」
「それはこっちのセリフだ。……お兄ちゃん!」
「足跡が途絶えてる」
森の中からレッドが戻ってきて、テントを覗いた。
「テディ、覚えてることはないか?」
「覚えてること……」
考えてみて――俺ははっとした。
「ま、まさか……」
「正直に言うんだ。テディ」
「ご、ごめんなさい! エンドウ豆をつまみ食いしようと、ポケットに入れたのは俺です!」
「なんだと!?」
「反省してます! ごめんなさい!」
レッドが再びテントの外へ歩き出し、森の中を見た。そして、また戻ってくる。
「確かにエンドウ豆の跡があった。だが、途中でなくなってる」
ルビィが呆れた目で俺を見てきた。
「お前、胃の大きさまでテリー譲りかよ」
「お腹空くと思って……」
「だから夜飯ちゃんと食べろって言って……」
「ルビィ、そこじゃない。エンドウ豆の跡があるということは、誰かが証拠隠滅の為、エンドウ豆を拾って道しるべをなくしたことになる」
「あるいは森の動物に食われた?」
レッドが腕を組んだ。
「テディ、他に覚えてることはないか?」
「無理言わないでください。師匠。エンドウ豆泥棒の俺は夢を見ていただけなので、現実世界のことは何も覚えてません」
「夢を見てた? 夢だと?」
「ええ。昨日と同じ夢を……ほら、先生に朝、話した夢ですよ」
レッドがルビィを見た。
「どういった夢だ?」
「男の奴隷にされるらしい」
「男の奴隷だと?」
「はい。俺は奴隷で、主の男の家のことを全てやらないといけないんです。でも、ただの夢です」
「男の顔は覚えてるか?」
「ぼんやりと……なんとなく……?」
「家の中は?」
「それは……覚えてます」
焚き火の側に寄り、木の棒で絵を描く。それを三人で眺める。
「ここに寝室で、ここにリビング。あと、ここに入れない部屋があって……」
レッドが俺の言葉に反応した。
「入れない部屋というのは?」
「入ってはいけないんです。それしかわかりません。主はいつもこの辺の椅子に座って、俺の横に変な小人がついています」
「変な小人?」
「えっと……こんな形の……」
その小人のシルエットを描くと――レッドとルビィがはっとし、声を揃えた。
「「あいつか!」」
「え、手がかりですか!?」
「テディ、今日の予定が決まった。一日ここで待機。そして、夜に作戦決行だ」
「作戦とは?」
「寝るな」
絶望する俺に、レッドがもう一度言った。
「今夜は寝るな」
はい。師匠。昼に寝ます。俺はゆっくり頷いた。
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