第6話


 メニーおば様を迎えに来た馬車に乗って、四人で移動する。ボクはクラインが暇をしないよう、メニーおば様の紹介をしてあげた。


「メニーおば様はママの義妹なんだ。小さい時からママの側にいるのに、今も側にいて、気難しいママの面倒を嫌な顔せず笑顔で見てくれるんだ。そんなメニーおば様は船会社の社長でもあるから、時々こうやって船会社の様子を見に世界中に旅に出るんだ。会社は海外にも沢山あるからね! 今回はどうだった? メニーおば様」

「やっぱり調査はするものだと思ったよ。ルールを守ってないところがあったから、ダメって言っておいた」

「ルールを守らないのは良くないね! ママにも言ってやってよ! この間テストでいい点数取れなかったからって、ご褒美に食べていいよって言ってくれてた金平糖を没収されたんだ! そりゃあ、ボクだって授業中に外に飛び出すのは悪いと思ってるよ。でもあくまでこのクラインの悲鳴を止めるためだった。魔法の国が助かれば、ボクはお役目御免。良い子に授業を受けられる。もうクラスの子達から、冷たい目で見られない! まさに一石二鳥だ! クライン、パパに会っちゃえばこっちのもんさ。どんな強敵が現れたって、どうってことない!」


 馬車が揺れた。


「パパとお兄ちゃんが、全部解決してくれ……」


 その時、地面が大きく揺れた。悲鳴をあげたクラインをすぐに抱き寄せ、辺りを見回す。フランチェスカがクラインに殺気を飛ばし、メニーおば様が窓から外を眺めた。


「あ、大変」


 ボクも窓を覗いた。すると、馬車の後ろに、巨大なモグラのロボットが追いかけてきてた。


「モグラだーーーー!!」

「そこの馬車、今すぐに中にいる小娘をこちらに差し出すのだ! さすれば全ての無礼を許してやろう!」

「ドロシー!」

「くそ! しつこい奴らめ!」


 フランチェスカが窓から抜け出し、御者席に移動した。突然の出来事に驚いていた御者に変わり、フランチェスカが紐を引いた。


「やっ!」


 馬が走り出すと、馬車が大きく揺れ始める。しかしモグラのロボットもまた追いかけてくる。クラインがボクを見た。


「ドロシー! もういいわ! 私を差し出せば、全て終わる!」

「パパは守ると決めたものは最後まで守り抜く。だからボクも、守る抜くまでさ!」


 窓の外に上半身を出し、杖を構える。


「フランチェスカ! 全速力!」

「御意!」


 紐を弾くと、馬達が走り出す。追いかけてきたモグラのロボットが地面を潜った。小刻みに地面が揺れ、馬車が通ったところから抜け出てきた。これはもっと早く走らないと巻き込まれてしまいかねない。ボクは杖を構えた。


「助け出すのは花の精、そしてツバメ。風よ吹け。モグラを叩け」


 デクの木から花の妖精の軍隊とツバメの軍隊が現れ、モグラのロボットを囲んだ。しかしモグラのロボットが軍隊に砂をかけてくるものだから、彼らはやられてしまった。モグラのロボットが馬車に砂をかけてきた。ボクが悲鳴をあげると、クラインがボクを中へ引っ張り、大量に降ってきた砂を回避した。


「ドロシー、大丈夫!?」

「なんて野郎だ! ロボットを使ってくるなんて、卑怯な奴め!」

「もしもし」


 ボクとクラインがメニーおば様を見た。メニーおば様は、GPSを握っていた。


「リトルルビィ。丁度良かった。今、馬車がモグラ型のロボットに襲われてて……」

「うわあ!」

「きゃあ!」

「うん。ドロシーなら目の前にいるよ。でも、代われる状況じゃないかも」

「花の精霊現れよ! 行け! モグラを倒せ!」

「きゃあ!」

「今? 城下町に入る手前くらいかな。来てもらっていい? 事情はそれから。でないと……」


 メニーおば様が冷静に言った。


「もう馬車が壊れる」


 メニーおば様が言った直後、モグラの手によって、馬車が破壊された。馬と御者が吹っ飛ばされ、フランチェスカが転がりながら地面に着地した。メニーおば様とクラインを引っ張り、窓からボクも抜け出した。


 モグラのロボットが立ち塞がる。頭が外れ、中にいた追手がメガホンを向けてきた。


「子ども達に告ぐ! 今すぐにその小娘を渡すのだ! さすれば全てを水に流そう!」

「断る!」

「くっ! 子どもを傷つけるのは良心が良しとしないが、致し方ない!」


 モグラのロボットが再び被られ、腕からドリルを出してきた。


「フランチェスカ! 戦闘準備!」

「御意!」


 フランチェスカがボクの横に来たと同時に、ドリルが地面を掘り出した。大量の砂が空へ舞い、ボクらへ降ってくる。だからボクは魔力で結界を張った。クラインとメニーおば様だけはどうにか守らないと!


 フランチェスカが走り出した。降って来る砂を避け、モグラの足元までやってくる。そしてフランチェスカが鎌を振り飛ばした。しかし、それはロボットだ。鎌は刺さらず跳ね返ってきたので、フランチェスカは絡ませられるところを探した。するとロボットにへそがあることに気づいた。フランチェスカはロボットのへその穴に鎌をかけ、体にある馬鹿力で、鎖をモグラの後ろに向かって引っ張った。


「んぎゃっ!?」


 モグラのロボットが後ろに倒れた隙に、ボクは杖を構え直した。


「チューリップが咲いた! 咲いた! 大量だ! モグラも親指も埋め尽くす!」


 モグラの操縦席の中で、大量のチューリップが咲きまくった。前が見えなくなる。操縦していた追手が悲鳴をあげた。ふふんとボクが鼻を鳴らすと、凛とした声が呪文を唱えた。


「枯れろ」


 途端に、チューリップが枯れた。お陰で操縦席から外が見えるようになった。クラインが息を呑み、ボクがはっと顔を上げると、銀色の少女がモグラのロボットの側に立っていた。モグラの頭が外れ、追手がメガホンを少女に向ける。


「怪我は?」

「申し訳ございません……」

「動けるのなら立ってちょうだい」

「お任せを」


 モグラのロボットが再び立ち上がった。フランチェスカがとんでもない速さで鎌を少女に向けたが、少女が指を鳴らすと、フランチェスカが遠くに飛ばされた。


「フランチェスカ!」


 ボクは少女を睨む。


「お前、よくも!」

「こっちのセリフよ。よくも邪魔してくれたわね」

「君たちの目的はわかってるぞ! 魔法の国を我が物にしようたって、そうはいかないんだからな!」

「その女に何を吹き込まれたの?」

「ドロシー!」

「クライン、心配することないさ! ボクが君を守ってみせる!」

「クラインですって? あのね――私の名前を悪用しないでくれるかしら!!」


 ――ボクはきょとんとした。銀色の少女が、怒りの表情を浮かべている。


「私の……名前?」

「貴女が守っているその女が、何をしたと思ってる? 父親と帰国してきたと思ったら、魔力がない民を人質に取って、国を乗っ取ろうとしてきた! そうでしょ! ウィキッドの娘!」


 振り返った。

 クラインが俯いている。

 クラインと名乗った少女は無言である。

 ボクは躊躇いがちに手を伸ばそうとしたが、目に見えない速さで現れた銀色の少女に腕を掴まれ、銀色の少女は――クラインは、自分の名前を名乗っていた少女に目を向ける。


「魔法の国の民は、平和と安寧を願っている。魔法使いは追放された。迫害したのは魔力無し。けれど守ってくれたのも魔力無し。私達は魔力を持って生まれた誇り高き魔法使い。世界に漂う魔力を操りし血族。それを、お父様の弟は、その娘は、戦争の道具に使おうとした。魔法使いを奴隷とし、魔力のない民を人質に、言うことを聞かせようとしたけれど、私達は黙ってなかった。いくら戦争を起こさなくたって、いざという時の戦い方くらい学んでいる。我々は、騎士は、民は、ルールを破り、裏切った反逆者を見逃しはしない。お前は完全に包囲されている。キッド陛下に取り入ろうとしたウィキッドも同じよ。いち早くエメラルド城に入ってたうちの騎士が、今頃キッド様に告発しているはずよ」


 クラインが言った。


「終わりよ。偽物」

「わからずや」

「なんですって?」

「わからずやって言ったの」


 緑の瞳を持つ顔が、ゆっくりと上がっていく。


「お父様は、閉鎖している国を広げようとした。魔法使いの脅威を世界の奴らにわからせようとした。世界を旅して、お父様は悟ったの。差別を当然のようにし、簡単に人を傷つけ、魔法使いを馬鹿にする奴ら。今こそ復讐の時。血族が一丸となって、世界を再び我々のものにするべきだと」


 ボクの――足が、無意識に――少女から離れようとしていた。


「迫害は過去の話。私達は未来を見なければいけない。魔力のない人間には自分たちの世界があって、私たちにも世界がある。平和と安寧。共存。それこそが我々の願い。過去に起きた出来事の復讐ではない!」

「そんなことだから、いつまで経ってもあの国は閉鎖的で広がらない。お父様はこじ開けようとしてくれている。女神だってそう望んでる」

「女神の声を聞いたことがないくせに、どうやって女神が望んでるとわかるの?」

「私には魔力がない。けれどお父様にはある。お父様は女神の声を聞いた。女神のお言葉を、私達に教えてくれた。ウィキッドこそ、世界の王。魔法の国の王。お前の、平和にぼけた父親なんかじゃなくてね」

「無礼者!!」


 モグラのロボットに乗っていた騎士が、慌てて操縦席から下り、怒り狂ったクラインを止めた。


「姫様! どうか冷静に!」

「お父様は立派よ! 生命の全てを尊重している素晴らしい方よ! 侮辱は決して許さない!」

「その強気な発言も、いつまで続くのかしらね?」


 少女がポケットから、不思議な色の飴を取り出した。それを見た途端、クラインが――メニーおば様が、はっと息を呑んだ。


「それをどこで……」

「お父様は女神の声を聞いた。女神はこう言った。今こそ立ち上がる時。魔法使い達よ、血族よ、恐れるな。我々の力を見せて、世界にわからせるのだ。我々が支配者だと」


 少女が髪の毛を結んでいたリボンを解いた。


「本当は……この国を滅ぼすのは最後の予定だった。だって強い強い国王がいて、その息子、剣の達人の王子がいて、頭の良い姫がいて、機転が利く王子がいて……お人好しの姫がいる」


 緑の目が、ボクを見た。


「だけど、予定なんて変わるもの。どちらにしろ結果は同じ。この国も、他の国も、この世界の全てが、我々の支配の元となる。女神がそう望んでいる。ドロシー」


 少女がボクに手を差し出した。


「協力してくれない? 今、私の手を取れば、貴女は歴史を変える英雄となる」

「……話が……見えない……」


 ボクは――枯れた声を出して、首を振ることしか出来ない。


「理解、できないよ……。君の……言ってること……」

「女神の願いを叶えるの」

「女神って誰……」

「女神よ。アメリアヌ様が望んでる」

「アメリアヌは……そんなこと望まない……望むはずがない……」

「お父様はね、女神の声が聞こえるの。魔法使いは迫害された。ドロシー、助けて。貴女も魔法使いでしょ? 一緒に、無力な人間から世界を取り戻すの!」

「そんなの間違ってる!」


 ボクはクライン姫の側に下がった。


「女神アメリアヌはそんなこと望まない! ボクは、そんなこと信じない! 愛し、愛する、さすれば君は救われる! 夢は眠らない。希望を眠らせてはいけない!」


 杖を握り、構える。


「君も見てきた通り、ボクは強いよ。今、降参してくれるなら、ボクは絶対に君を傷付けないし、君は……父親から酷い洗脳を受けているように感じる。解ける人を知っている。なんでも知ってる物知り博士だ。降参するなら今だ」

「洗脳を受けてるのはどちらかしらね?」


 少女がボクに差し出していた手を下ろした。


「なんだって?」

「魔法使いのくせに悲鳴の特定すらできなかった。私の声の悲鳴だったと」

「君の声だ」

「洗脳を受けてるのはどっち? ドロシー、間違ってることを言ってる人は、信用鳴らないのよ?」

「ボクは本当のことを言ってる! 一年間、君の声の悲鳴を聞いていた!」

「悲鳴? 待って、ひょっとしてそれ……」


 クライン姫がボクに言った。


「悲鳴じゃなくて――笑い声じゃなかった?」


 ――ボクは黙った。少女は笑みを浮かべた。


「ふふっ」


 ボクの血の気が下がっていく。


「くすす、ふふ、ふひひひ、」


 少女が、汚い笑みを浮かべた。


「ひゃあぁぁあああはははははははははははは、はぁああああああああああああはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」


 悲鳴が聞こえる。

 笑い声が聞こえる。

 一年間、あの少女が、人を傷つける度に、笑っていた、声が、頭に、木霊して、永遠に、ボクの頭の中に、響き続ける。





「お父様、待っててね。今、全部壊すから」






 少女が、飴を飲み込んだ。



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