第7話
目の前が大きな光と音に包まれた。
大爆発だ。
クライン姫が僕の首根っこを引っ張った。
地面に投げられる。
急いで体を起こした。
そして、視界に入ったものを見て、絶句した。
(……あれはなんだ……?)
地面から巨大なチューリップが咲き、その中に少女が潜っている。しかし、肌は紫色になり、血管は青く見え、風に乗ってゆらゆら揺れている。少女がチューリップの花びらをつまみ、ふっと吹いてみせた。すると、ボクの方向に向かって、とんでもない速さで花びらが飛んできた。それを横から投げられた鎌によって守られる。地面に落ちた花びらを見ると、ナイフのように鋭くなっていた。
「ドロシー様!」
フランチェスカがボクの前に着地した。ボクは唖然とし、クライン姫を見た。
「な……何が……どうなってるのさ……?」
「ウィキッドだわ。あのペテン師、とうとうやってくれたわね……!」
「酷い……姿だ……。ボクは……あんな……もの……見たことがない……」
少女がボクらを見下ろす。彼女から見たら、ボクらは親指サイズだろう。
「クライン姫、訊きたいんだ。君は……魔法使いだ。女神の姿が……見えるはずだ」
「アメリアヌ様は、私達に姿を見せはしない。彼女は精霊で、私達は人間だもの」
「ママが……昔会ってるんだ……」
「え?」
「ママは人間だ。魔力を持ってない。だけど、過去に、13人の使徒と会った話をしてくれたことがある」
「っ」
「本当はどうかは……わからないよ。だけど……ママは、そういうところで……嘘をつく人じゃないんだ……それで……ママは言ってた」
――アメリアヌ様は女神っていうより、シスター気質なおばさんね。老けてることに気づきたくなくて、綺麗な格好してるけど、結構あれはいってたと思うわ。でね、なんでシスター気質かっていうと、あの人は人間の行く末を見守る。絶望も、希望も、良い事も悪いことも、人間には起こりうる。立ち直るか、そのままふさぎ込むか、それも全て彼女は見守る。なぜならば、それが彼女の仕事だから。
どうして何もしてくれないか? それも、彼女の仕事だから。
なぜ救済してくれないのか? ドロシー、お母様はいつも言ってるでしょ?
「自分を救えるのは結局自分だけよ。人を信じてはいけない。頼ってはいけない。頼るんじゃない。利用するの。手のひらで転がし、優位になるの。そうすれば……」
ママは、笑みを浮かべてこう言った。
「お前も勝ち組よ。……ああ、こんなこと言ったら、お仕置きに金のリンゴをまた探せって言われそう。あのおばさん、何もしないくせに良くない行為に関してはうるさいのよね」
「ボク、頼られる人にならないといけないんだ。だから、パパから貰った強い勘を信じることにしてる」
体内に渦巻く魔力が、ボクに言っている。
「あの子は強い偏見に縛られてる。一度、冷静になるべきだ」
「そのためには?」
「今までの無礼を謝罪するよ。クライン姫。一方の話だけを鵜呑みにしてしまってごめんなさい。ボクと一緒に、彼女を止めてくれないかい?」
「私は一度謝罪を受け取ったら、それ以上は咎めないようにしてるの。謝罪出来る人は誠実な人だもの。誠実な人の頼みを聞かないのは、一国のプリンセスとして、恥だわ」
クライン姫がどこからか美しい杖を出し、構えた。
「応援が向かってる。それさえ来ればこっちのもの」
「ボクらが押さえるのは無理かい?」
「死ぬわよ」
クライン姫が忠告した。
「あの呪いをなめてはいけない」
「……わかった。君に従おう」
大きく息を吸い、怒鳴る。
「防御!」
フランチェスカがメニーおば様の前に移動した。
騎士がモグラのロボットの中へ再び入っていった。
チューリップの中にいる少女が――笑い声をあげた。
「来るわよ!」
クライン姫の叫びと同時に、チューリップの花びらが飛ばされた。しかしただの花びらではない。地面を切り裂き、鋭い刃のようになって飛んできたのだ。ボクとクライン姫が避けると、モグラのロボットが全速力で前へ進んだ。しかし少女がふっと花びらを吹けば、モグラのロボットはあっという間に穴だらけになってしまった。
頭が吹っ飛び、彼は緊急脱出に成功する。
「行け!」
クライン姫が叫ぶと、地面から、横から、背後から、からくり人形が降ってきて、ヒキガエルの顔をした男や、コガネムシの鎧を着た騎士や、別の鎧を着た騎士達が一斉に少女に襲いかかった。しかし、少女はまるで平気な顔をして、巨大なチューリップを一度閉じ、その硬い実を上から振り下ろしてきた。からくり人形が破壊されていく。騎士達が魔法を使った。硬いチューリップが振り回される。騎士達が潰された。魔法を使っているはずなのに、更に上回る魔力でやられていく。ボクの目にはあのチューリップから放たれる禍々しいオーラが見える。あれをボクは知っている。ママならこう呼ぶだろう。
呪い。
「ぐぁっ!!」
騎士が潰された。大量の血が流れる。大量の破壊されたからくり人形が地面に残される。チューリップは無傷である。花びらが開き、中から可愛らしい親指サイズの少女が現れた。
「あら、終わった? おはよう」
「まだだ!」
ボクが魔力の弾を飛ばした。それが少女の腕に命中した。少女が笑い声をあげた。
「腕が火傷した! 最悪だわ! 私の、崇高なる腕が!」
花びらが彼女を隠し、チューリップが丸い蕾の形となった。そして、壊れたからくり人形を生贄に、結界を貼って来た。花びらから現れた少女が舌を出して笑い、チューリップの花びらを取り、ふう、と息を吹いて、ナイフのような花びらをボクらに向けて飛ばして来た。
「っ」
「うわ!」
クライン姫とボクが反対方向に転がって避ける。体を起こすが、まだ結界は貼られている。近づこうにも近づけない。
「クライン姫!」
「結界を壊すわよ!」
「どうやって!?」
「この女は魔法が使えないの! だから黒魔術を使ってきた! 黒魔術は生贄を必要とする!」
少女の呪いに触れた、破壊されてるはずのからくり人形が起き上がる。ゆらゆらと、歩いてきた。
「私のからくり人形、全部粉々にして!」
「わかった!」
壊されてるからくり人形が動き出す。ボクは杖に乗り、高めに飛んだ。おおよその範囲を眺める。魔力に訊いてみる。いけるかい? 魔力は答えない。当然だ。だって、答えはボクが持ってる。魔力を利用して、目的を達成させるんだ。
「モグラの嫁入り、まっぴらごめん。ならば逃げて、逃げて、野ネズミなんて放ってさ、逃げて逃げて、ツバメの背中に乗って、遠くへ逃げよう」
頭に浮かんだ文字を読みあげると、体内に蠢いていた魔力が杖へ移動し、ボクは杖から下り、空中で構え、からくり人形に向けて、魔力を放った。紫の光がからくり人形を囲み――大爆発した。からくり人形が光に包まれ、粉々に砕け散った。
結界が解除された。怒ったように、膨らんだチューリップの花びらが開いた。ボクが叫んだ。
「戦闘開始!」
「――御意」
メニーおば様を守っていたフランチェスカが動いた。鎌と鎖を使い、ロケットのように飛んでいく。地面を蹴り、鎖をなびかせ、鎌を握り、花びらの中心にいる少女に――狙いを定め――殺気をこめ――鎌を飛ばした。少女が瞬きする間であった。
鎌が少女の胸に突き刺さった。少女が笑い声をあげ、チューリップの花びらを飛ばした。フランチェスカがすぐに鎖を引っ張り、鎌を抜き、刃となった花びらに足を向け、鉄でできた靴底とぶつけ合わせた。弾き、飛ばされたフランチェスカがメニーおば様の前に戻って来た。
「メニー様、お怪我は?」
「大丈夫だよ。ありがとう。フランチェスカ」
粉々になったからくり人形を見て、少女は笑い声をあげた。しかし、次に緑に手を付けた。地面に生えていた緑を生贄に、結界を貼った。周囲の草木が枯れた。
ボクはクライン姫に叫んだ。
「まさか次は草木を燃やせっていうんじゃないだろうね!?」
「それ以外ある!?」
「あるよ」
ボクとクライン姫が――メニーおば様に振り向いた。
「枯れたなら、咲かせればいいの。そうして生命は繰り返されるのだから」
「流石メニーおば様だ! そういうことなら、ボク賛成!」
杖に乗って飛んでいき、クライン姫の目の前に下りる。
「種を撒いて水を降らせる必要がある。ボクが箒になろう。種と水は、任せていいかな?」
「魔法の国の植物は、すごく綺麗なのよ。理由を教えてあげる」
クライン姫がボクの背後に乗り、ボクはしっかりと杖を握り、――空高く飛んだ。
結界の中から、鋭利な花びらが飛んできた。巨大でとんでもない速度で飛んでくるものだから、ボクは集中して杖を操り、花びらを避けた。クライン姫が杖を構え、大量の種を撒いた。そして、――唱えた。
「小さな姫が誕生した。どこから生まれた? それは花。百合ではない。椿じゃない。あれはそう。チューリップ。彼女の名前は小さな姫。親指サイズのお姫様」
ゲリラ豪雨がやってきた。大量の雨が降った。ボクは驚いて悲鳴をあげた。滝のような雨がボクらを濡らす。フランチェスカが傘を出し、メニーおば様を雨から守った。しかし、太陽が見えると、光合成で成長した葉っぱが伸びて、とても素敵な花を咲かせた。
美しい花畑に囲まれたチューリップから結界が解除された。クライン姫が杖を構え、フランチェスカが準備した。ボクが叫ぶ。
「戦闘開始!」
クライン姫が銀色の魔力を飛ばした。フランチェスカが走り出した。少女は黙って待つことはしない。チューリップの花びらが風に散って飛んできた。ボクが花びらを避けると、Uターンしてブーメランのように戻って来た。思わずぎょっとして再び避けると、今度は二枚目が飛んできた。クライン姫が魔力の弾を放ち、二枚目を弾き返した。花びらが飛んできたのはボクらだけではない。フランチェスカにも飛んできた。一枚、二枚、三枚、とんでもない速さで一気に飛んできた花びらに、フランチェスカが地面を蹴り上げた。高くジャンプする。花びらが追いかけてきた。フランチェスカが鎌を飛ばした。花びらを弾く。
「さん」
花びらが飛んでくる。長い鎖が動く衝撃を利用して、弾き飛ばす。
「に」
花びらが飛んでくる。地面に着地し、花びらに向かって走り、花びらが飛んできて、――一気に蹴飛ばした。
「いち」
全て弾いた花びらが三枚、上から二枚、少女の元へ帰っていった。モグラのロボットに乗っていた騎士が驚いた顔をした。無事に着地したフランチェスカが呟いた。
「ドロシー様を傷つけるものは処します。これでも私、メイドですから」
巨大な花びら五枚が少女を傷付けた。少女が笑い声をあげる。いや、悲鳴か? 笑い声か? もはやわからない。少女の声は、壊れている。血が噴き出した。少女が前に脱力すると、新しい花びらが生えた。少女が血だらけの腕を上下に振り、何か叫んだ。怒鳴っているようだが、何を言っているかはわからない。彼女の言葉は、壊れている。チューリップが蕾に戻った。中から赤い血が漏れている。
少女は次の生贄を探す。どこだ。どこだ。どこだ。
チューリップの中から手のような花びらが現れた。クライン姫が眉をひそめた。その手が大きく伸びた。ボクは息を呑み、杖を上へ上がらせた。だが――ボクの足が捕まれた。
「ひぇっ!」
「ドロシー!」
杖から引きずり降ろされた。引っ張られる。
「おのれ貴様!」
フランチェスカが殺意を込めて鎌を飛ばした。
「処す!!!」
飛んできた花びらが鎌を弾き飛ばした。
「っ」
クライン姫が飛び込んだ。しかし、花びらが飛んできた。光の弾で弾く頃には――ボクはチューリップに飲み込まれた。
「や……嫌だ!」
手を伸ばす。
「テディお兄ちゃ……」
花びらが視界を閉ざした。
ボクを生贄に、結界が現れた。
おとぎ話の魔法使いはヒーローごっこに忙しい 石狩なべ @yukidarumatukurou
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