第4話
ぼーっと窓を眺める。ファッションショーも、ママの誕生日も終わったし、そろそろ秋が来そう。
(勉強、頑張らなくちゃ……)
「プリンセス・アナスタシア」
振り向くと、申し訳無さそうな顔のフィッシィが立っていた。
「ファッションショーで……あの、私は、自分の行いを後悔してます。いくら自慢の魔法を見せたくても……ファッションショーの会場で、するものではありませんでした……」
フィッシィが深く、頭を下げた。
「申し訳ありませんでした……」
「……みんなには謝ったの?」
「え? ええ、はい。それは、もう、はい。全力で……皆さんには先に……」
「それならいいわ」
「え!?」
「謝罪の言葉を述べた人には、それ以上咎めないと決めてるの。誰にだって更生のチャンスはあるものだから」
唖然とするフィッシィに、あたしは肩をすくませた。
「もうやっちゃ駄目よ?」
トゥンク!!!!
「マジックをするなら、人を喜ばせるものをしないと。身を持ってよくわかったでしょ?」
「……は……はい……♡ プリンセス・アナスタシア……♡」
「次からそうしてね」
教科書を持ち、席を立つ。フランチェスカが席にいないのを確認し、教室から出ていくと――何やら騒がしくなったような気がしたが、あたしは気にせず歩き出した。
「アナスタシアったら、罪な女」
「もう少し咎めてもいいわよ。フィッシィに関しては」
「あのオタク、よくもファッションショーを目茶苦茶にしやがって……」
「「私達は絶対許さない」」
「ああ……! プリンセス・アナスタシア……! 私の心は、いつも貴女でいっぱいなのに、素直になれない自分が憎い!!」
勉強するために、図書室に入る。
(図書室って好きなのよね。落ち着いて勉強出来るから……)
「あの、実はずっと前から貴女を見てて……良ければ、デートに行きませんか? ソフィアさん」
あたしはカウンターにミサイルを向けて、躊躇うことなく発射した。男子生徒が窓から飛ばされた。ぬわーん! 何なのもぉーん!!
「年増のくせにモテモテで良かったわね。ソフィア」
怒り奮闘のあたしを見て、ソフィアが笑みを浮かべた。
「こんにちは。アナスタシア」
「勉強しにきたの! テストが近いから!」
「そう」
「全く! 嫌になっちゃうわ! ファッションショーのすぐ後に、テストが待ってるなんて!」
「そうだね」
――ファッションショー、を強調して言ったのに、ソフィアはいつもの笑みを浮かべて、簡単な返事をするだけ。
「……。オススメの本ある!?」
「勉強するんじゃないの?」
「……。参考書どこかしら!」
「あっち」
「……、あー……、えーっと……」
チラッとソフィアを見る、が、ソフィアはいつもの笑みを浮かべるだけ。なんでそんな顔するの? なんでこの間キスしたの? ねえ、聞きたいことは山ほどあるのに、どうしてそんなに余裕なの?
「……」
「……ああ、そうだ。書庫から本を取ってこないといけないんだった」
「え?」
ソフィアがカウンターから抜け出した。
「仕事を忘れるところだった」
「……それは良くないわね! あんた、仕事はちゃんとしないと駄目なのよ! はぁー! 抜けてるんだから! そんなんじゃ、もうこの図書室に派遣させてもらえなくなるわよ!」
あたしは離れたくなくて、ついでのように、それとなく、多分バレてないと思う、ように、ソフィアについていった。
「そうそう。仕事はきちんとしないと」
「そうよ! 仕事はちゃんとしないと!」
ソフィアが書庫に入った。あたしも、中に入る。
「ここ、埃臭くて良くないわよ! あたし、掃除してあげましょうか!?」
ソフィアが扉を閉めた。
「箒をもってきなさ……」
――壁に、押し付けられた。
ソフィアが、見たことない真面目な顔で、あたしを見下ろしている。
「今日は、鍵をしてないよ」
あたしはソフィアを見つめる。
「くすす。逃げられるよ」
両手は、掴まれてない。
教科書を抱く腕に力が入る。
ソフィアが近付いた。
けれど、あたしは――動かない。
「……逃げられるよ」
ソフィアがもう一度言った。だけど、あたしは……動かず、真っ直ぐ、ソフィアを見つめるだけ。
「……ね、別に、逃げても、構わないよ。私は君のママのまま、関係が続くだけ」
あたしは動かない。
「アナスタシア」
瞼を閉じる。
「ナーシャ」
唇が重なり合う。
もう一度、重なる。
ゆっくり呼吸する。
ソフィアがあたしの頭を押さえる。
でもあたしは逃げないし、動かない。好きにしてというように、ソフィアに身を委ねる。
少し乱暴なキスをした。ちょっと怖い。
次は優しいキスが来た。とろけた。
教科書が地面に落ちた。構わない。教科書を忘れ、ソフィアにしがみつく。ソフィアが唇を重ねる。唾液が垂れた。ソフィアの舌が舐めてきた。あたしの胸が高鳴った。瞼を上げると――黄金の瞳が、あたしを見つめていた。
「……ソフィー……」
ソフィアが、あたしを抱きしめる。
「あたしは、アナスタシア」
「知ってる」
「テリーじゃない」
「わかってる」
「ママじゃない」
「ナーシャ」
「身代わりは、やめて」
強くしがみつく。
「あたしは、アナスタシア」
ソフィアがあたしの頭を撫でる。だから、あたしは彼女の胸に、顔を埋めた。
「アナスタシア、なの……」
「……ごめんね。そんな思いをさせてるなんて、思ってなかった」
「……」
「ナーシャ」
ソフィアの声が、心地良い。
「私達、何歳離れてるかわかってる?」
「年の差なんて、貴族ではよくある話よ」
「私は貴族じゃない」
「どうでもいい。ソフィアの介護はあたしがするって決まってるんだから、気にしないで」
「ナーシャ、……どう考えても、私が君より先に死ぬよ。寂しくなるよ。耐えられる?」
「そんな未来のことなんか考えられない。あたしは若いの!」
「だからこそ、選択を誤っちゃいけない」
「選択を誤っちゃいけない若者に手を出したのはそっちよ」
絶対にこの手を離すものか。
「責任取って」
「……」
「取って! 最後まで!」
初めて権力を使う。
「姫として、命令するわ! お前が……その気を……失せるまで……」
「……くすす」
ソフィアの笑い声が、少し、嬉しそうだった。
「仰せのままに。お姫様」
(あ……)
――またキスされた。
「……ソフィ……」
「しー……」
「んっ……」
抱きしめられて、唇が重なる。
「……ん……」
「っ……ナーシャ」
「ソフィー……」
もう一度、唇を重ねて、離れて、――ソフィアがあたしを置いて扉の方へ行ってしまう。どうして? と思って切ない胸に悶えながら見ていると――鍵を閉めた。
(あ……)
ソフィアが戻ってきた。
(ああ……)
唇が降ってきた。
(ああ……あ……あ……♡)
頭を撫でられて、抱きしめられて、キスされて、甘やかされてしまう。
(ソフィ……ソフィー……)
ソフィアに身を委ね、大人しく抱きしめられる。こんな甘いキス、されたことがない。優しい手。まるで彼女のペットにでもなってしまったみたい。それでもいい。ソフィアを見つめれば、ソフィアの持つ素敵な黄金の瞳があたしを魅了してくる。あたしはそれに従う。素直に魅了される。そうすればソフィアがまた優しくて甘いキスをして、甘い吐息を漏らして、優しく撫でてくれて、いっぱい、いっぱい、あたしの不安を埋めるように、大人なキスをしてくるの。あたしはまだ未熟だから、そこが可愛いところだけど、良くないところでもあって、でもソフィアはそれを可愛いって言ってくれてるようにあたしをとろかしてくるものだから、あたし、もう、どうしたらいいの? このままだと原型を保てない。ドロドロに溶けて、ソフィアに粘りついてしまいそう。
「……」
慣れないことをして、荒い呼吸を繰り返し、足の力が抜けそうで、ソフィアにしがみつく。顔が熱い。きっと赤くなっていることだろう。ソフィアはそんなあたしを支えるように抱きしめ――顔を埋めてくる胸が気持ちいい――ふと、ソフィアの手が動いた。
あたしの太腿に、ソフィアが手を伸ばし――た、瞬間、GPSが鳴った。
「ひゃあ!」
「わっ!」
あたしはソフィアを思い切り突き飛ばし、GPSを見た。テディお兄ちゃんからの着信だったので、応答する。
「もしもし」
『ナーシャ、今大丈夫か?』
「ええ! 大丈夫! 全然! ノープロブレム!」
呼吸を整え、深呼吸すると――ソフィアが後ろから抱きしめてきた。
「っ」
おまけに、囁かれる。
「くすす。……人を突き飛ばさない」
「……すー……はー……」
『ナーシャ?』
「だいじょうぶ。だいじょうぶよ。あたし、へーきよ。へーき。ぜんぜんよ。もう、ばっちりよ。そんで、なによ。どったのよ、おにいちゃん」
『ああ、ならいいんだけど……実は』
お兄ちゃんから説明された言葉に――あたしとソフィアが、つい、顔を見合わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます