side➡エリオット

第1話


 青空の下、今日のランチはどうしようかと悩んでいたら、急いでやって来た笑顔のママが現れて、お弁当を渡してきた。


「ほんとにごめんね! ルイス! 今日という今日は本当に反省したわ!」

「大丈夫だよ。ママ。僕はママの体質を理解してるし、ママが家族のために頑張ってくれてることもわかってる」

「ああ、ルイス! 貴方って本当に良い子!」


 ママが僕を抱きしめて、頬にキスをした。


「会社に戻るわ! あ! ルイスの作ってくれたやつで来たのよ! あれ、最高!」


 ママが停めていたキックボードを掴み、僕にウインクした。


「愛してるわ! ルイス!」


 去っていくママに手を振り、僕はお弁当を抱えて振り返ると――突き飛ばされた。


「おわっ!」


 驚いた声を上げ、尻餅をつく。


(お弁当が!)

「おい、見たかよ」

「お弁当ありがとう~ママ~」


 顔を上げると、伯爵の息子のジェイミー、同じく伯爵の息子のダリが立って、僕を見下ろしていた。ダリの手には、僕の弁当がある。

 僕はうなりながら立ち上がり、眼鏡の位置を直した。


「ちょっと、やめてよ。返してよ」

「ちょっとやめてよ。返してよ」


 ジェイミーが裏声を使って、僕の真似をし、ダリが僕の胸を再び押した。


「この臆病者の腰抜け。一人じゃ何にもできやしない」

「ママのお弁当が恋ちいかい? ルイスちゃん」

「お腹空いてるんだ。返してよ」

「返してよ、じゃないだろ?」


 奥から、公爵家のドラ息子、クリストファーが歩いてきた。


「返してください、だろ? 平民」

「やめてよ。クリストファー。エリオットに見つかったらどうするの? タダじゃ済まないよ」

「おお! 聞いたか? エリオットだとさ!」


 クリストファーがケラケラ笑い、それを見て笑うジェイミーとダリを見て、また僕を馬鹿にするように見てくる。


「こいつ、本当に自分じゃ何もできないんだ。エリオットの糞だから、主がいないとただの弱虫」

「臆病者」

「腰抜け」

「いいさ。その通り。人間には色んな人がいる。だから僕は他人の意見を否定しない。君たちの言う通り、確かに僕は臆病者の腰抜けの弱虫だ。だから忠告しておくよ。今のうちに弁当を僕に返した方がいい。あと五秒だ」


 手を伸ばすと、クリストファーが避けた。


「おっと! こいつが欲しいか?」

「クリストファー、四秒」

「ほらよ!」

「やーい! ははっ! ここまでおいでー!」

「ダリ、三秒」

「パス!」

「ははは!」

「ジェイミー、頼むよ。あと二秒、いや、一秒」

「そーらよ!」

「あーあ」


 ゲームオーバー。立ち止まった。


「僕は言ったよ」


 ジェイミーが手に掴む弁当を見た――が、そこには何もなかった。


「あ?」


 足がジェイミーの顔に入り込み、そのまま彼は壁に飛ばされた。


「こ、こいつ! よ」


 その次の言葉を言う前に、ダリの頭に足が振り落とされ、そのまま地面に埋められた。


「おまっ」


 クリストファーが次の言葉を言う前に――目玉の前に、鉛筆が向けられた。思わずクリストファーが黙った。彼は、天使のような笑みを浮かべた。


「目玉って綺麗だよな。俺、目玉が好きなんだ。取り出して、鍋に入れて、ぐつぐつ煮込めば、どんな味がするんだといつも考えるんだ」

「僕、ランチ前なんだけど」

「そいつはいい。デザートに目玉はいかが?」

「いらない」

「ほう。それは残念だ。……運が良かったな。クリストファー」


 エリオットがクリストファーの胸を押すと、クリストファーが青い顔で腰を抜かした。エリオットは、相変わらずの笑みを浮かべている。


「今度、人の弁当を取ってみろ?」


 笑みを浮かべたまま、重たい圧をかけてくる。


「これだけじゃぁ……済まないかもしれない」

「エリオット」

「あー! 我が友、ルイスよ!」


 エリオットが僕の肩に腕を回した。


「心配したよ。戻りが遅かったから。お前の魅力に気付いた大勢のレディたちにでも囲まれていると思って、慌てて追いかけた。まだお前を失うわけにはいかないからな。でも、ははっ! 残念ながら囲まれてたのはレディじゃなくて、野郎だった。しかもその正体はメンヘラ坊ちゃん」

「なんだと!?」


 クリストファーが耳を大きくして立ち上がった。


「大好きなパパの権力を振りかざしているだけのただの無能」

「誰が無能だと!?」

「パパの権力を自分の力だと思い込んだ哀れな僕ちゃん」

「貴様!」

「王族の俺は入学式の日に彼に友達にならないかと誘いを受けた」

「やめろ!」

「でも断ったから」

「ぬぐーーーー!!」

「あいつ拗ねてやんの! ぷぷっ!」

「この!」


 クリストファーがエリオットに掴みかかろうとしたが、簡単に後ろに回られ、クリストファーの背中をとん、と押すと、クリストファーが情けない悲鳴を上げながら地面に倒れた。エリオットが僕の手を取り、ダンスを踊る。


「友達は選ばないと。有能な、優秀な、知能を持つ、俺に出来ないことが出来る相手。側に居るとメリットがある。高め合うことが出来る相手。ライバルであり、協力者。それはどんな権力があっても、その瞬間無価値となる」


 エリオットが後ろに倒れた僕を支え、笑みを向けた。


「一人の人間として、俺は認めてる。ルイス。お前は俺よりも天才だ。天才の発明家だ。だからお前を失うわけにはいかない。俺の野望の為、お前は俺の親友として俺の側にいなければいけない。あんな……」


 無様に倒れるクリストファーを見て、エリオットが鼻で笑った。


「無能のメンヘラよりも」

「くたばりやがれ! この野郎!」

「はははっ! 聞いたか!? ルイス。あれこそ本物の、負け犬の遠吠えだ!」

(だから言ったのに。クリストファー。……流石に可哀想……)


 エリオットが僕の前に出て、にやにやしながらクリストファーを眺める。


「さて、次はどんな言葉を投げてくる? どんな言葉でも構わない。俺はどこかの誰かさんと違って親の権力は使わない主義なんだ。どこかの、目の前の、負け犬、おっと! 誰かさんとは違ってね!」

「調子に乗るのもそこまでだ! エリオット! 今日はお前のために謎をもってきてやった」

「ほう?」


 エリオットの片方の眉が上がった。


「謎?」

「そう。答えがあるミステリー。謎だ。王子様であれば簡単に解けるはず。だろ?」

「それで喧嘩を売ってるつもりか? クリストファー。ぬるい煽りだ」

「まさかこの誘いも断るつもりか? 謎を解けないから」

「行こうか。ルイス。構うだけ時間の無駄だ」

「流石は殿下! やはり、【1分54秒】遅く出てきたから、脳の成長も乏しいということか!」

(うわ!)


 クリストファーの煽り言葉に、僕はぎょっとし、エリオットが――笑みを浮かべ、振り返った。


「そこまで言われたら、どんな謎か気になるな。ルイス。お前もそうだろう?」

「もうやめよう。皆仲良くしよう。僕は平和主義者なんだ」

「俺は謎解きたい主義者なんだ。気分が変わった。よかろう。クリストファー。言ってごらん。お前の、お得意の、答えのある、不明確な、曖昧な、謎を」

「おっと、言う前に、賭けものを決めないと」

「またいつものやつだ。ルイス。賭け事なんて良くない。人生が滅茶苦茶になり、絶望の、破滅の未来が見える。そうだろ? ……これは別だけど!」


 満面の笑みのエリオットが手を差し出した。


「どうぞ!」

「もしお前が、明日の朝までに謎の答えがわからなければ、俺の手下だ! 俺が指示すること、全てに文句も言わずに答えてもらうからな!」

(今「達」って言った?)

「ああ、魂を売り出すようなこの焦燥感! たまらない! ルイスもそう思うだろ!?」

「思わない」

「友から同意を得た! 賭けよう! 謎に答えられなければ、僕ちゃんの奴隷になろう!」

「同意してないよぉ……」

「でもそれだと割に合わない。俺達が勝ったら、お前は何を賭ける?」

「そうだな。負ける事なんて絶対にありえない事だと思うが、これならどうだ。お前が面白いと思うことを一つ行動してやろう」

「ほう! そいつはいい!」


 エリオットが僕に耳打ちした。


「今度はピラニアの海に三人を投げ込んで、五分間泳がせてやろう」


 エリオットがクリストファーに頷いた。


「よかろう! それならば、割に合う! ぜひ三人にやってほしいことがあるんだ!」

(1分54秒の恨みは恐ろしい……)

「はっ! 何を考えてるか知らないが、今まで通りにはいかない。今回はかなり難しいと思うぞ。王子様でもな」

「では、謎を聞こう」


 エリオットが僕の手を引き、廊下の椅子に座った。


「どうぞ!」


 スポットライトがクリストファーに当てられた。


「俺は悪魔だ。これからお前たちを地獄に連れて行く。そこでお前たちに食事を出す。どんな焼き肉を食べなくちゃいけないか当てることができれば、お前たちは自由だ」


 クリストファーの左右に、ジェイミーとダリが戻って来た。


「どうだ。エリオット」

「ふむ。面白い。明日の朝までに答えられたらいいんだな?」

「ああ。俺は慈悲深いから時間を与えてやる」


 クリストファーがジェイミーに耳打ちした。


「流石のエリオットもおしまいだ」


 クリストファーが肩をすくませる。


「では、頑張ってくれたまえ。殿下」


 三人が笑いながら、ボロボロの体を引きずって去っていく。エリオットが顎を掴み、天井を見上げる。


「地獄で食べる焼肉。ルイス、どうだ? 思いついたか?」

「思いつくわけないだろ。僕は君と違って天才じゃない。一般人の平民だ」

「修正を求める。お前は一般人の天才だ。俺が唯一認める相手だ。お前は自分を卑下するものじゃない。ルイス。本物の凡人の平民が可哀想だ」

「とにかく、今回はパス。まるでわからないし、意味不明。勝負は受けないべきだったよ。エリオット。いくら1分54秒と煽られたからって」

「その数字を言うな」

「エリオット」


 エリオットに向き合う。


「君は1と5と4の数字以上に最高の男だ。僕なんかで悪いけど、保証する。君は僕の乏しい人生で出会ってきた人達の中でも、ダントツで素晴らしく、優秀で、有能で、天才で、最高さ。ね? 考え直してよ。王子様」

「お前は王子様と言うな」

「でん」

「殿下も駄目」

「……エリオット」

「何かな? ルイス」

「お礼がまだだった」


 弁当箱を見せる。


「ママが届けてくれたんだ。ありがとう」

「母さんが言ってた。お前の母親もとんでもない天才だと。彼女以上に素晴らしい帽子のデザイナーはいない。流石あたしの親友、アリス。その息子のルイス。俺は認めてるよ。間違いなくお前は天才だ。俺に無い発想力と技術力がある」

「そう言ってくれるのは君だけさ」

「なんだ? またフランチェスカに振られたか?」

「振られてないよ。……告白もしてない」


 クリストファー達が向かった廊下と逆の廊下を歩き出すと、エリオットも追いかけてくる。


「なぁ、ルイス。こう考えないか? この謎を解いて、あいつらを人食い魚の餌にした後、お前がフランチェスカにこの謎を使って賭け事をするんだ。賭けるのは、恋人の座」

「君、ドロシーにそんなこと出来るの?」

「くくっ! するとも! だが残念ながら、ドロシーは解いてしまう。酷いことに、俺の妹だから。頭がいいんだ。残酷なことに。だから惚れ直してしまう。どうしても! ああ! 女神は微笑まない! どうしても、この世界は血の繋がりのある愛に冷たいらしい」

「君の野望に付き合うのはいいけど、本当にする気? 新しい国を作るなんて」

「出来ないことを成し遂げてしまうのがこの俺だ。ルイス。テディ兄さんは完璧だ。この国の次期国王は兄さんしかいない。じゃあ俺は? この国は確かに特別だ。大切だし、愛してる。だが、違う。王位継承権なんて興味ない。俺がしたいのは、新しい国を築き、王ではなく、国々の頂点の国の王、皇帝になること。時には争うこともあるかもしれない。だが、新しい時代に新しい国は必要だ。皇帝は俺。妃はドロシー。その協力者が、ルイス。そうさ。お前さ。我が友よ。血縁なんて関係ない。魔法使いなんて関係ない。我が愛しのプリンセス。ドロシーが安心できる、平和な国を作り上げることこそが、未来の皇帝となる、このエリオットの野望!」

「それなら皇帝様、こんな謎、僕がいなくたって、君にとっては御茶の子さいさいだね」

「ルイスは戦争をする時、一人で立ち向かうのか? チッチッチッ! そいつはナンセンスだ。愚者の極みだ。いいか? 戦争は仲間を引き連れて、土台から崩していくんだ。ルイス。お前は俺にとっての仲間であり、大親友。天才発明家。頼むよ。何か良い案をくれ。あいつらの奴隷になんてなりたくないだろ?」

「エリオット、ランチを食べよう。僕はお腹が空いてるんだ」

「わかった。唐揚げを分けるよ。それで頼まれてくれ」

「……はあ、わかったよ」


 相手が親友というだけで助けたくなる僕の性格上、彼には今回もお手上げだ。


「本当、最高。唐揚げ大好き」

「あとフランチェスカ」


 肘で小突くと、エリオットがおかしそうに声を上げて笑った。



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