第2話

 暇な授業中に頭をフル回転させて考えたが、結局謎の答えはわからなかった。クリストファー達はにやにやしてこちらを見ていた。放課後、パパのいるミックスマックス南裏口店に着いてから、最新カードを眺めるエリオットに伝えた。


「やっぱり駄目だ。エリオット」

「最強カードが出なかったか。運がないな。大丈夫。次があるさ。元気を出して。どんまい!」

「違うよ! デッキじゃなくて、けったいな謎の話だ! それも問題文じゃない、答えの話。とても難しい。皆目見当もつかない」

「ふむ。地獄の食事の焼肉。地獄の……焼き肉……」


 エリオットがパパのいるカウンターに顔を覗かせた。


「俺は悪魔だ。これからお前たちを地獄に連れて行く。そこでお前たちに食事を出す。どんな焼き肉を食べなくちゃいけないか当てることができれば、お前たちは自由だ」

「なんだよ。突然。びっくりした」

「レオさんはどう思う?」

「僕よりもお前の姉さんの方が答えられそうな質問じゃないか?」

「そいつはいい! だとしたら、俺は答えられる。あのいけ好かないプリンセスならば、こう言うでしょう! あたしの胃の中にご飯を入れていいのは、愛しのソフィーの食事だけよ! そして銃を乱射。あっという間に地獄は壊滅。ハッピーエンド」


 エリオットがカウンターから離れた。


「チッ。あのレズ女は選択肢に入れない。絶対だ」

「確かにアナスタシアなら答えられそう。こういう謎にはとても強いから」

「我が友よ。俺はお前のことが好きだよ。心からの親友だ。だが、あの女の名前を口から出すお前は好きじゃない。アナスタシア? はっ! たかが1分54秒、先に生まれただけの女だ」

「皇帝になるならアナスタシアに勝てるようにならないとね」

「俺が弱いと?」

「まさか。君はとんでもなく強いよ。足も速いし、銃の腕は城の兵士と大差ない。ただ……それでもアナスタシアが優秀すぎる。彼女と結婚する男は、どうやってアナスタシアを打ち負かすことやら」

「男ではなくて女の可能性が高い。ま、その相手がソフィアさんとは限らないけどな。同性だし、年も離れすぎ。親子同然」

「これにしようかな。良いカードが入ってますように」

「なぁ、いつもならばこのままここで楽しいミックスマックスカードでお前と戦争に明け暮れ、月が顔を覗かせたら家に帰ってシェフの美味しいご飯を食べて、温かい風呂に入り、よく眠れるベッドで睡眠を取るだろうさ。だけど今日はそうはいかない。明日の朝までに謎の答えを見つけないといけない」

「手段は選ばない?」

「もちろん。……焼肉屋に行けばわかるかもしれない」

「無駄だよ。だって、地獄の焼肉屋だよ? 答えは地獄にある。流石の皇帝様も、地獄には行けないだろ?」

「うーん」

「つまりさ、答えがあるもないも、全てはクリストファーが握ってるわけだ」

「クリストファー達から上手く聞き出すことが出来れば、調べなくても答えがわかる」


 自分で言った後に、エリオットがきょとんとした。僕は肩をすくませた。エリオットが吹き出した。


「はっ……ははぁっ! 本気か! 我が友!」

「手段を選ばないのならね」

「なぜ手段を選ぶ必要がある? 数あるものの中から勝ち目のあるものを優先的にやっていけばいい! つまるところ、俺が出来る事は」

「材料を用意してくれ。屋台を作る。あと、君の演技力も必要だ」

「ああ、ルイス! やっぱりお前は天才だ!」


 エリオットが僕を抱きしめて、レディにするように優しく頭を撫で、ロケットの速さで商店街中を回り始めた。デッキの入った袋をカウンターに持っていく。パパが優しい笑みを浮かべ、僕を見る。


「1パック150ワドル」

「はい」

「はい、丁度。どうぞ」

「ここ掘れわんわん当たってくれ……。頼む……。……、え? 悪魔とその老婆? なんてこった! パパ! すごいよ! 神カードだ! これがあれば負け知らず!」

「なんだって!? 流石は我が息子だ! そのカードを当てるなんて! パパも持ってないのに!」

「帰ったら一緒にバトルして! ぜひこれを使ってみたい!」

「宿題が終わったらな」

「あー、そうだ。今日はちょっと帰るのが遅くなるんだ。大丈夫、門限は一時間くらい過ぎると思うけど、ママには心配しないでって伝えて。エリオットもいるし」

「トラブルか?」

「工具箱借りてもいい?」

「またなんか作るのか? お前は何でも一から作り出すな。アリスみたいだ。ははっ」

「発想力はママだけど、行動力はパパ似さ」


 エリオットが大量の木の板や、釘を持って戻って来た。さて、だとすれば、次は僕の出番だ。工具箱を持ち、エリオットに声をかけながら一緒に屋台を作っていく。屋台の中心に鉄板を置き、その下に鉄の機械を設置する。この中には木の板が入っていて、マッチをポイとすれば火が灯され、鉄板を温める。そこへ若者が大好きな肉を置けば、ステーキを提供する屋台の完成というわけだ。


「エリオット、ステーキを焼いたことは?」

「我が愛しのプリンセスのために、料理は熟知してる」

「ならば安心だ。こっちはサラダ用の野菜にドレッシング。こっちはステーキ用の生肉。……良い肉を選んできたね」

「俺を誰だと思ってる?」

「未来の皇帝様」

「その通り。だがしかし、このままでは俺が屋台のアルバイトをしているように見えてしまう。ふむ。変装が必要だ」

「僕を誰だと思ってる?」

「大親友の天才発明家」

「これを飲んでみて。一時的に君の細胞が変わる」

「何?」

「大丈夫。一時的だから。色んな実験を物知り博士と試してるんだ」

「信じよう」


 エリオットが薬を飲み込んだ。すると、エリオットの顔が青くなり、トイレに駆け込んだ。僕は腕時計を見て、数えた。さん、に、いち。


「なんてこった!」


 トイレから大声を出したエリオットが、笑顔で扉を開けて出てきた。途端に、店内にいた少年たちは、エリオットに夢中になった。


「我が友よ! これはどうしたことか! 俺の胸が、女のように膨らみ、喉仏が引っ込んで、輪郭がふっくらし、これはまるで」

「プリンセス」

「一体どんな魔法をかけたんだ!」

「言っただろ? 一時的に細胞の形が変わり、全くの別人になる。うん。成功だ。アナスタシアでもない。エリオットでもない。これは……うーん……ドロシー寄りかな?」

「こら、ルイス、エリオット、何を騒いで……」


 パパが外に出てくると、エリオットの顔を見て、ぎょっと顔を青ざめた。


「うわっ!!」

「あ、パパ! 大丈夫だよ! 薬の効果で、エリオットが女の子になってるだけだ!」

「は!? エリオット!?」

「レオさん! 貴方の息子は素晴らしい! この俺を、このような美女に変えてくれるなんて!」


 エリオットが僕の持った手鏡を見て、指を鳴らした。


「ふむ。確かにアナスタシアでもエリオットでもない。だが、テディ兄さん、確かにドロシー寄りだ。つまりこの顔は……見たことがある……かなり近くで……なるほど。思い出した。つまり、これは、クレア」

「クレア?」

「そう。クレア」


 エリオットが満面の笑みを浮かべた。


「この顔はクレアだ。クレアちゃんと呼ぶがいい」


 エリオットの言葉に、パパが静かに頷き、僕は首を傾げた。日が暮れる頃に屋台を引きずり、町外れに置いた。


「じゃあエリオット、頼んだよ」

「クレア」

「はいはい。クレア。頼んだよ」

「ないとは思うが……しくじるな? 相棒」


 頷き、僕も薬を飲み込んだ。すると細胞の形が変わり、僕のお腹が膨らみ、鼻が丸く大きくなり、髪の毛が黒色に染まった。僕は森の中に入り、僕の作った手作りの巨大ロボットの中に入った。


(さーて、昼間にエリオットがつけてくれた発信機は……)


 画面にクリストファー達が現れた。ゲームセンターで金を使って遊んでいる。


(そんなことに使うお金があるなら、ミックスマックスに使えばいいのに。ミックスマックスをすれば、みんな平和主義者になれる。ミックスマックスボーイは、争いを好まないんだ)


 キーボードを叩くと、巨大ロボットが動き始めた。形を変え、鉄の馬車に変形した。鉄の馬が鳴き声を出し、道を走り始めた。僕は御者として鉄の馬を叩くふりをして、ロボットを操作する。町の中を進んでいくと、歩道を歩くクリストファー達を見かけて、声をかける。


「おや、これはクリストファー様!」

「ん?」


 クリストファー達が顔を上げ、僕を見上げた。


「まあまあ! この間のパーティー以来ですね! ケインズです! お父様と長話をしていた! 覚えていらっしゃるでしょう!」

「ん……ああ……えっと……」


 見たことのない鉄の馬車に乗るデブ男。それを羨ましそうな目で見ているジェイミーとダリがいる手前、彼は覚えているふりをしたようだ。


「ミスター・ケインズ。ご無沙汰してます」

「お会いできてよかった! 新しい馬車を新調しましてね! あっ、よろしければ! 乗っていきますか!?」

「へえ、新しい馬車。いいのかい?」

「もちろんですとも! いえ、実はね、城下町に来る手前、お父様に頼まれてますの。息子とその友達に、美味しいものを提供する店に案内してやってくれと! 今夜、いかがですか!? ああ、無理にとは言いません。いつものお食事でいいのであれば、寮までお送りしますとも」

「寮の食事は飽きた。ぜひ連れて行ってもらおう」

「ああ、クリストファー様のお役に立てるなんて! このケインズ! とても嬉しいです! さあ、お坊ちゃん方もどうぞ!」


 珍しい鉄の馬車に乗れて、三人はとても嬉しそうだった。しかし、ああ、僕はなんて悪い奴なんだ。この姿をフランチェスカに見られたらと思うと、ひやひやしてたまらない。だけど、エリオットと関わるのは楽しいし、毎日が飽きない。彼から出てくる言葉はとても面白いのだ。だけど……ああ……良心が痛む。今度ドロシーに懺悔の時間を作ってもらおう。彼女に話を聞いてもらうだけでも違うんだ。

 そんなことを思いながら、町はずれの屋台へ三人を連れて行く。扉を開けて、まるで家来のように三人にへこへこして、屋台を手で差した。


「あそこです。坊ちゃん方」

「なんだ、あんなちんけな場所」

「庶民臭い屋台だ」


 ダリが胡散臭そうに屋台の幕を開くと、そこには料理を提供しているであろう、美しいクレアがいて、あまりの美しさにダリの目玉がハートになって飛び出た。


「初めまして。ダリ様」

「どぅんく!!」

「おい、ダリ、一体立ったまま何して」

「お待ちしてました。ジェイミー様」

「どっきーん!!」

「二人とも、そんなところで何を……」


 クリストファーが幕を上げた瞬間、彼の恋が幕を開けた。


「ようこそ。クリストファー様」


 三人はクレアにでれんでれんになった。


「うちでは肉料理を提供しているの。鉄板で焼いて、焼き立てのお肉をお届けしてますのよ」

「なんて素敵なんだ……♡」

「素晴らしい店だ……♡」

「君、な、名前はなんて言うんだい……?」

「あたくしは……」


 特上の笑みを、三人に向ける。


「クレアと、申します……」

「「クレア……♡」」

(まさかエリオットだなんて思わないよな)


 僕は手作りヘッドフォンを耳に当て、読み途中の本を広げ、鉄の馬車の中でくつろぐことにした。


(さて、後は頼んだよ。エリオット)

「ワインを飲める方って素敵。かっこいい」

「ワインを一つ!」

「お、俺もワインを!」

「まあ、でも、皆さん、まだ17歳だと聞いてますわ! 大丈夫なの!?」

「貴族の中ではよくある話。実はもう飲み慣れているんです」

「まあ……そうだったんですね……。素敵……♡」


 クレアが猫なで声で言うと、クリストファーが男らしくワインを飲んだ。それから3時間くらいだろうか。彼らは飲み慣れていないだろうアルコールを飲みまくり、コントロール出来ない気分を上げ、ハイテンションで肉にかじりついた。可愛いクレアを目の前に、胃は広がっているようだ。彼らは良いところを見せようと、自慢話を始めた。そして、その全てが、エリオットの話だった。エリオットの功績を、自分のもののように言っていた。クレアの声がとても楽しげだったのが、印象的だった。僕があくびをすると、クレアが話題を振った。


「今日はどんな一日でしたか?」

「いつも通りの一日さ。つまらない一日だよ」


 ダリが言うと、ジェイミーが首を振った。


「そんなこともない。明日になれば、クソ王子の負け顔を見ることが出来る。ですよね。クリストファー様!」

「その通り!」


 顔を真っ赤にしたクリストファーが胸を張った。


「負けてばかりで悔しいのか、エリオットが謎を出してきたんだ。だがね、俺はもうその答えがわかっているんだよ」

「謎? まあ、どんな謎なの?」

「おっと、これはいい。クレア、君に解けるかい? 俺は悪魔だ。これから天使のような君を地獄に連れて行く。そこで君に食事を出す。どんな焼き肉を食べなくちゃいけないか当てることができれば、君は自由だ」

「えー? わかんなぁーい!」

「それなら君は永遠に俺の腕の中さ!」

「きゃー♡」


 エリオット、棒読み。棒読み。


「私はわからないけど……でも、大丈夫なの? エリオット王子って、なんだかずる賢くて、卑怯な感じがする」

「大丈夫さ。絶対に答えられるはずがない」

「どんな謎なんですか?」

「ふふっ。話すとね、大きな北海に死んだツノザメがいる。それを焼き肉にするんだ。クジラのあばら骨は銀のスプーンで、穴の開いた、年とった馬のひづめはワイングラスにするのさ」


 僕は確認するため、再生ボタンを押した。


『ふふっ。話すとね、大きな北海に死んだツノザメがいる。それを焼き肉にするんだ。クジラのあばら骨は銀のスプーンで、穴の開いた、年とった馬のひづめはワイングラスにするのさ』

(録音完了。念のため、メモもしておこう)


 ノートに答えを書き、GPSでエリオットに伝える。


「彼らが僕らをはめようとしてなければ、それが答えだ。エリオット、どうする?」

『用済みだ』

「了解」


 三人が倒れた音が聞こえて、僕は馬車から下りた。エリオットが飲み物に睡眠薬を入れたようだ。肩をゴキゴキ鳴らしながら、エリオットはたったの一人で、三人を馬車の中に詰め込んだ。


「下品な奴らめ」

「お疲れ。後は任せてよ。屋台はそのままでいい。あと5分くらいで細胞も元に戻る。それと、これ」


 答えを書いたメモをエリオットに渡す。


「一応録音も残してある」

「お前は最高で最強の協力者だ。ルイス。後は任せた」

「お休み」

「夢で会おう」

「君と夢で会うなんて、悪夢だよ」


 僕は御者席に乗り、鉄の馬をリモコンで走らせた。彼らの寮に着くころには、僕の細胞は元に戻り、寮の前に、彼らを置いて帰ったのだった。

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