第3話
翌日のさわやかな朝。
制服をきちっと着たエリオットが立ち、体調が悪そうな寝ぐせのついたクリストファーが立った。そして、その脇にはやはり気持ちが悪そうなダリとジェイミーが立っていて、僕はせめてもの情けで、彼らに水を与えた。
「顔色……悪いからさ、あの、水を……どうぞ……」
「ああ……」
「ありがとう……」
「とんでもない! 困った時は、お互い様さ!」
「いや……実を言うと……うぷ……。俺達、別に……お前のことは何とも思ってないよ……」
「うん。クリストファー様がやれっていうから……してるだけであって……」
「大丈夫。わかってるから。……お互い大変だよね!」
「大変だよな……」
「頭いてぇ……」
「覚悟はいいか! エリオット!」
今にも吐きそうな顔の青いクリストファーが、腕を組んで、強気に出た。
「さあ、謎だ! 俺は悪魔だ。これからお前たちを地獄に連れて行く。そこでお前たちに食事を出す。どんな焼き肉を食べなくちゃいけないか当てることができれば、お前たちは自由だ。さあ、答えを聞こうか!」
「大きな北海に死んだツノザメがいる。それを焼き肉にするんだ」
ダリとジェイミーが目を点にした。エリオットは今日も笑顔が眩しい。しかし、クリストファーは負けない。改めて聞いた。
「だけど、使うスプーンは何だろうな?」
「クジラのあばら骨。それが銀のスプーンとなる」
ダリとジェイミーが涙目で僕を見てきた。だから僕は小さく、ごめんと囁いた。エリオットの笑みはどんどん輝いていく。しかし、クリストファーは――これは絶対に解けないだろうと思い、聞いてしまった。
「それで、何がワイングラスになるかもわかるのか?」
「年をとった馬のひづめが、ワイングラスになる」
クリストファーが唖然とした。そんなバカな!!
「こんな謎如き、俺が解けないと思ったか?」
「お……お前……なぜその答えを……!」
「はは……謎を解いたら……やってほしいことを……一回、してくれるんだよな……?」
「う、うぐ……!」
「あるんだよ。やってほしいこと。ははは……お前達に……くくく……くくっ……ふふふ……ははは……はははははははは……!!」
エリオットが悪魔の笑い声をあげた。
「はーっはっはっはっはっはっはぁー!!」
ピラニアのプールで泣きながら泳ぐ三人をオレンジジュース片手に見下ろし、笑い続ける。
「はーっはっはっはっはっはっはぁー!!」
「エリオット、人間にはアセトアルデヒドというものがあって、それは普通、酢酸という物質になって、水と塩に分解されてるんだけど、二日酔いになると、酢酸に分解されなかったアセトアルデヒドが全身にまわって神経細胞に影響を与えて……つまり、体が超だるくなって、超辛くなるらしい。だから、この辺にしてあげたら? 僕のお弁当も無事だったわけだし、君に逆らったらいけないということも改めて思い知らせた。既に1分54秒は過ぎている。ね? 十分さ。もう許してあげようよ」
「この程度でいいのか? 見てみろ。我が友。あいつら、小魚のようだ!」
「皇帝様が小魚如きを虐めるの? 楽しい?」
「……。ふむ」
エリオットが輝く純粋な笑顔で僕を見た。
「とっても楽しい!」
「君は悪魔だ」
「だけど1分54秒および、5分過ぎてしまった。何事も時間をかけてはいけない。どんなショーも飽きてしまう。ルイス。もういい。助けてやれ」
「親友の君がそう言うなら、仕方ないね」
僕がスイッチを押すと、鉄の手が三人をプールから救い出し、無事に無傷で陸へと上げた。三人は目を回し、とうとうその場で気を失った。
「これでしばらく大人しくなるよ」
「イベントが無くなってしまうのはつまらない。奴らにはもっと意地汚くなってもらわないと」
「懲りないね。エリオット」
「奴らだけじゃない。俺に嫉妬してる輩は沢山いる。嫉妬してるなら、かかってくるがいい。だけど、誰も俺には勝てはしない」
エリオットが僕に笑みを浮かべた。
「俺には、運の良い事に、天才的な協力者がいるからな」
「僕が君に襲い掛かったらどうする?」
「もちろん抵抗するさ。だが、その前に負けを認めて、和解するだろう。俺は自分よりも強い相手に喧嘩は売らないし、戦争も起こさない。平和条約を結ぶ」
「あはは。それを言うなら、僕が敵わないよ。君と喧嘩したって、絶対君が勝つ」
「いいや?」
エリオットがはっきり言った。
「お前が勝つよ。我が友」
「……お互い、喧嘩するのはミックスマックスのフィールドだけにしておこう。僕は平和主義者なんだ」
「平和主義者ほど恐ろしい破壊者はいない。ルイス。俺はお前だけは敵に回したくないんだ。これからも仲良くしておくれ」
「こちらこそだよ。エリオット」
「さて!」
エリオットが立ち上がった。
「邪魔者はゴミとなった。ドロシーに会いに行こう!」
エリオットが僕の肩に腕を乗せた。
「ドロシーが来るということは?」
「……何?」
「フランチェスカがいる! あのレズメイド、いつもいやらしい目でドロシーを見ては鼻息を荒くさせているのが気に入らない。今日こそ射止めろ。お前の魅力に気付いたら、彼女もいちころだ」
「イケメンは簡単に言ってくれるよね」
「眼鏡を外して髪型を変えろ。お前、どことなく俺に似ている部分があるじゃないか。遠目で見れば……兄弟のようだ」
「実は血の繋がりがあったとか?」
「だとしたら……ふむ……俺は喜んで受け入れよう!」
「嫌だよ! 王族と血が繋がってるなんて! 考えただけでも恐ろしい。僕は平民が良い。平和で、まともで、安全だ」
「さて、ドロシーはどこにいるかな。GPSで連絡したら一番はや……」
エリオットのGPSが鳴った。テディからだ。
「おっと、これは」
エリオットが応対ボタンを押した。
「やあ、テディ兄さん! ごきげんよう! 彼女出来た?」
(ん?)
僕のGPSが鳴った。アナスタシアからだ。応対ボタンを押す。
「もしもし?」
『1分54秒いる?』
「せめて名前で呼んであげて。隣にいるよ。でも……テディからの連絡を受けてる」
『あー、いいわ。スピーカーモードにして』
「喧嘩しないでよ?」
僕がGPSをスピーカーモードにすると、エリオットもスピーカーモードにした。テディとアナスタシアの声が交わる。
『ナーシャ、聞こえるか?』
『ええ。ばっちりと』
「なんだ? オンラインで兄弟パーティーでもするのか? 悪いけど、俺は今から大切な用があるんだ。パーティー目的なら切らせてもらおう」
『お前何言ってるの?』
「お前って言うな」
『姉のあたしがお前をお前って言って何が悪いの?』
「双子だ」
『1分54秒負けた男は、黙って、話を、聞きなさい!』
エリオットが笑みを浮かべたまま――オレンジジュースのグラスを壁にぶん投げた。これ以上機嫌を損なわないよう、即座に僕が間に入る。
「それで、アナスタシア……その……何があったの?」
『俺から説明するよ。ルイス』
「ああ、やあ、テディ。希望通りの騎士団生活はどう?」
『これが希望通りなもんか。絶対父さんに言って第1騎士団に入ってやる。で、今、父さんからの命令で、遠い国の姫を捜している。この国の誰かに誘拐されてるそうだ』
「誘拐」
「面白そうな話だ!」
エリオットの目に輝きが戻った。
「詳しく聞こう。兄さん。どういう経緯で?」
『姫の婚約者の男が、手掛かりを追ってこの国へやってきて、父さんに助けを求めてきた。クラインと名乗る、銀色の髪の姫だ。全員、見てないか?』
『見てない』
「見てない」
「探知装置で捜せるかも」
『流石はルイス』
「流石は自慢の我が友だ!」
「銀色の髪の毛、それが特徴?」
『ああ。銀の髪に、銀の瞳。それと……魔法の国の姫だ』
『魔法の国の姫!?』
「え!?」
僕は目を丸くし、訊き返した。
「ドロシー以外に、魔法を使える人間が、いたっていうこと!?」
『それを利用されたのかもしれない。彼女の婚約者は、とても心配している』
「騎士は?」
『動いてるよ。でも見つからないんだ』
「見つからないから俺達に連絡を?」
エリオットが笑みを浮かべながら首を傾げた。
「いいや。違う。くくっ。兄さん。目的は何かな?」
「ん、……どういうこと?」
『ルイス、今GPSで通話してるのは誰と誰?』
「え、アナスタシアと、エリオットと僕、それと、テディ」
『一人、いないだろ』
「……えっと」
「魔力のある者同士は惹かれ合う。いつぞやでメニーおばさんから聞いた話だ。素晴らしいおとぎ話だと思ってた。当時は。だけど、まさか、くくっ。それが本当だとすれば?」
『誰か、ドロシーに連絡できる奴はいるか?』
テディの声が暗くなる。
『さっきから連絡してるが、電源を落としてて、居場所がわからない』
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