第3話
それから三ヶ月間、あたしのドレス制作の日々は始まった。もちろん、他の授業も手を抜くことなく、三ヶ月、時間のある限りドレスを作り続け、時には悩み、時には絶望し、時にはドロシーに助けを求め、ようやく――完成した。
「出来た……! 出来たわ! 完璧!」
あたしはドレスを上から下まで眺める。
「いいんじゃない!?」
「着てみますか?」
「ええ! 手伝って! フランチェスカ!」
先にパニエを重ねて身につけ、フランチェスカに手伝ってもらいながらドレスを着る。うむ! うむうむうむうむ!
「完璧!」
「素晴らしいですわ。アナスタシア様。間に合ってよかった」
「ええ! もう絶対無理だと思った!」
あたしは全身鏡を見つめては、笑みを浮かべる。そんなあたしがおかしかったのか、フランチェスカがクスッと笑い、あたしの横に立った。
「ありがとう。フランチェスカ。手伝ってくれて」
「貴女の努力の結果です。アナスタシア様です」
「友人として訊くわ。どう思う?」
「言ってるでしょ? ……最高よ! ナーシャ!」
「きゃー!」
フランチェスカとはしゃぎながら、完成したドレスを楽しむ。来週はファッションショー。このドレスでランウェイを歩き、輝くのよ!
(それで)
ソフィアに、あたしの写真を撮ってもらうんだから。
「来週が楽しみね! フランチェスカ!」
「負けないんだから! ナーシャ!」
「あたしだって!」
「「ふふふ!」」
――その頃、フィッシィが何かをしていた。それを見て、フィッシィがにやりとする。
「これなら、みんな驚くぞ。見てろ、アナスタシアめ。私こそ……魔法使いだ!」
(*'ω'*)
髪型よし!
ネイルよし!
アクセサリーよし!
「ドロシー! お願い!」
ドロシーがあたしの尻に足をつけ……思い切りコルセットの紐を引っ張った。
「ふぬー!」
「きゃー!」
「ナーシャ! フランがやりますから!」
「フランチェスカもドレスを着なきゃいけないから、だめ! ドロシー! これも人助けよ! 思い切り細くし……いだだだだ! あー! くるしー!」
コルセットを巻いてもらい、あたしはお腹を押さえる。
「ダイエットのお陰で、痛手は少ないわ。努力が報われた……!」
「よくもまあ、嫌な顔せずコルセットをきつく出来るよね。そんなものでぎゅっとされるくらいなら、ボクはデザイン学科を選考するのはやめておこう」
「あんたもコルセットしてるじゃない」
「ねーねはわかってないな。ボクのは人一倍緩い」
「ドロシー様、フランのドレスはどうですか?」
「え? それはもう……見違えるように美しいよ。フランチェスカ」
「はぅあ!」
「うわあ! フランチェスカが鼻血を出した! 具合悪いの!? 大丈夫!?」
「ガッデム……!」
(準備は整った……! ここからは、女の戦いよ!)
黄色のドレスを身につけ、あたしは廊下に出る。
「行ってくるわ! ドロシー!」
「ドロシー様! 終わり次第迎えに行きます! これでも私、メイドですから!」
「大丈夫だよ。フランチェスカ。今日はニクス先生による追試があるんだ。ボクだってね、街で事件が起きなきゃ、きちんと授業を受けるんだ。今日は何も起きてないし、平和そのものだ。今日こそはきちんと授業を受けられ……」
ドロシーがデクの杖を出し、頭を押さえた。
「ああ、クソ。何とかならないかな。この症状」
窓から飛び出すのを見送り、あたし達はファッションショー会場に向かった。そこには沢山のカメラマン、デザイナーが立っていた。あら。
「フランチェスカ、アリスさんがいる」
「まあ、本当ですわ」
向こうが気づき、あたし達に手を振ってきた。あたし達は笑顔で手を振り返し、ステージ裏の楽屋へ入る。
(ソフィアも、どこかにいるのよね。ああ、駄目だわ。ステージ裏からだと何も見えない)
でも、来てくれるって言ってた。
(……綺麗って、言ってくれるといいなぁ……)
「ナーシャ、始まりますわよ!」
フランチェスカに声をかけられ、背筋を伸ばす。ステージから、デザイン学科の先生が司会をする声が聞こえてくる。
「皆様、本日はようこそ。我が生徒達が3ヶ月間、時間と情熱を注いで作ったドレスの披露会を始めます。どうぞ、温かい拍手でお迎えください」
オーケストラによる演奏が始まると、本物のファッションショーのように女子生徒達が順番に歩き始める。ああ! 始まったわ! スポットライトに当てられ、自分達が作ったドレスを、デザイナーや、カメラマンに見てもらうの! このためにみんな頑張ってきた。あたしだけじゃない。だけど、あたしも負けてない。この日のためにドレスを作り、ダイエットをし、美容に磨きをかけた。全ては、プリンセス・ドレスの座を与えられるため――ではなく――ソフィアに、綺麗って言ってもらうため。
(もう少しだわ)
順番が近づいてくる。
(もう少しで……あたしの番……!)
顔を上げる。
(ソフィア……)
「きゃーーーー!!!」
――誰かの悲鳴が聞こえた。
あたしとフランチェスカが顔を見合わせ――あたしが動き出した。
「ナーシャ!」
ドレスの裾を掴みながら走り、ステージを覗くと、びっくり仰天。床に水が溜まり、まるで川のようになっていた。ステージにいた女子生徒達は橋がないので、ドレスが濡れないために仕方なく裾を持ち上げて立つしかない。追いかけてきたフランチェスカがあたしの横に立ち、ステージを見て、眉をひそめた。
「ナーシャ、何かおかしいわ」
「誰よ、こんな悪戯したの」
その時、ステージの上から大量の水が落ちてきた。まるで滝のようだ。女子生徒達が悲鳴を上げ――あたしは地面を蹴り上げた。
「ナーシャ!」
水が落ちる前に、女子生徒達の地面に、銃弾を撃ち込み穴を開け、そこに全員を落とした。
「「ふぎゃん!」」
衝撃の強さで壁が落ち、その穴の蓋となった。水が落ちてきたが、誰も濡れることはなかった。また次に水が落ちてきた。あたしは即座にバズーカを取りだし、撃ち込めば、衝撃の強さから誕生した逆風によって、水が反対側に流れていった。川を踏まないよう、足元に気をつけながら、踊るように銃を撃っていく。水が落ちてくる。銃を撃って風を起こす。壁が破壊されていく。しかし、濡れたら最後。努力の形が泡となる。なのに、銃を撃って、飛んだあたしは――川に着地してしまった。
「っ」
しかし――濡れることはなかった。
(……待って、これ、水じゃない)
あたしはそっと、青い水に――触れて、確認する。これは……水じゃなくて……。
「亜麻の花」
「イリュージョン!」
ステージの下に、スポットライトが当てられた。そこには――フィッシィが立っていた。
「ステージを川にする魔法、どうでしたか? 楽しんでもらえましたかな!?」
嬉々とやってきた彼だったが……破壊された会場に気付き……壁の隅に逃げた人々に気付き……泣き崩れる女子生徒達に気付き――あたしを見て――とんでもない状況にいることに、ようやく気づいた。
「あ……えっと……私は……皆さんを……驚かせようと……」
(あれ……)
あたしは自分の姿を見た。銃を取り出そうとして……無意識に、ドレスの裾を破ってしまったようだ。
(あ……)
ズタボロに破れたドレスを着たあたしが、ステージのど真ん中に、立っていた。
「……」
「あー、そのー、プリンセス・アナスタシア……ちょっと、やりすぎたようで……」
あたしの目から、涙が溢れた。フィッシィが固まった。あたしは両手で顔を押さえ、ステージから下り、会場から逃げ出す。
「ナーシャ!」
フランチェスカが追いかけてきた。
残されたフィッシィは、青い顔で指をモゾモゾさせた。
「あの……私は……その……」
「フィッシィ」
「お前」
「何やったかわかってるの?」
女子生徒達が、フィッシィを囲んだ。
「いえ……私は……その……」
「今日はレディにとって、大切な日だったのよ!?」
「マジックやるのはいいけど! 他のところでしてくれる!?」
「だからいつまで経ってもアナスタシアに振り向いてもらえないのよ!」
「ぐさっ!」
「この根暗!」
「マジックオタク!」
「最低!」
「「叩き潰してくれるわ!!」」
女子生徒達がフィッシィを殴っている間、あたしの足は図書室へ走り――人気のない時間で良かった――物置のような書庫へ入り――そこで泣き崩れた。
(やっちゃった……! やっちゃいけないところで……やっちゃった……!!)
何度も見ても、ドレスは破かれている。
(三ヶ月間……かかったのに……!!)
沢山勉強して、時間をかけて、全て、この日のために、全て、ソフィアに、綺麗だと言ってもらうために。
(クソ、クソ……クソ、クソ、クソクソクソクソ!!)
後悔しても、もう遅い。
銃を取り出す際に、無意識にドレスを破いたのはあたしだ。あたしが悪い。
あたしが、悪い。
「……」
涙が止まらない。永遠に泣き続ける。
「……」
このまま闇に溶けて消えてしまいたい。
「……」
扉が開いた。それを無視して、泣き続ける。
「っ」
相手が、あたしを呼んだ。
「ナーシャ」
――ソフィアが、一歩、近づいた。
「来ないで」
ソフィアが止まった。
「見られたくない」
ソフィアが壁に手を付けた。
「……本当はもっと綺麗だったの。でも、あたし、無意識に、いつもみたいに、銃を取り出す時に、邪魔だと思って、なんか、破いちゃったみたい……」
鼻水をすすり、声を震わせる。
「ははっ、水だと思ったら、亜麻の花だったなんて、笑える……」
「……」
「彼、腕を上げたわ。マジシャンなの。魔法使いになりたいとかほざいてて……成功。もう、大成功」
あたしはドレスを見る。
「大成功……」
何度見ても破れてる。
あたしは我慢できず、やっぱり泣いてしまう。ソフィアが扉を閉じ、――鍵を閉めた。
「ナーシャ」
「来ないで」
ソフィアが近づいた。
「聞いて。ナーシャ」
「来ないでって言ってるでしょ!」
だけど、ソフィアは近づいた。あたしの目の前で、膝をつく。
「ナーシャ」
「やめて! 追い出したいなら、わかった! 出ていくから!」
「ナーシャ」
立ち上がろうとすると、ソフィアがあたしの手を取り、それを止める。
「ナーシャ」
「やめて、見ないで……」
「大丈夫。おいで」
「やめっ……っ……、……っ……」
ソフィアが、胸の中に閉じ込めるように、あたしを抱きしめた。背中を優しく撫でてくれる。
「大丈夫。ナーシャ」
「……っ……」
「みんなを守るために走り回る君の姿は、どこかの陛下を思い出した」
「〜〜っっ……!」
「ナーシャ、聞いて。君は確かにドレスを破ってた。思い切り、銃を取り出すために、でもね」
その言葉が、耳の奥まで届いた。
「その姿が、誰よりも綺麗だった」
銃を取り、狙い、絶対に水が落ちてこないように、皆を守るため、奮闘する君の姿が、
「手が届かない高嶺の花のように」
ソフィアの指が、あたしの首筋をなでた。
「美しかった。本当に」
「……お世辞なんか、いらない……」
「お世辞?」
ソフィアの声が、少し低くなった。
「お世辞に聞こえる?」
「お前の言葉は、全て嘘に聞こえる」
「どうして?」
「どうして? ……さあ、どうしてかしら。お前が一番よく知ってるんじゃない?」
ああ、だめよ。あたし。感情がコントロール出来ない時は、落ち着いて、冷静にならないといけないの。だけど、ああ、口から、出てきてしまう。駄目よ、あたし、駄目なのに――!
「あたしの面倒を見てるのは、ママの娘だから?」
「ナーシャ?」
「あたし、テリーじゃない」
涙でメイクが落ち、汚れた顔を、ソフィアに向けた。
「あたしは、アナスタシア! テリーじゃない!!」
ソフィアが黙った。あたしはソフィアを睨んだ。ソフィアが無表情になった。あたしは体を震わせた。ソフィアがあたしを見つめた。あたしは涙を落とした。ソフィアが近付いた。あたしは目を丸くした。
ソフィアが、あたしの唇に、唇を重ねてきた。
「っ」
驚いて、ソフィアの腕を前に押した。けれど、ソフィアはびくともしない。それどころか、あたしの両手を掴み、抵抗出来ないようにしてきた。
(あっ)
壁に閉じ込められる。ソフィアとキスをする。ソフィアが、あたしの唇を甘噛みしてくる。あたしはそれを、ただ――感じるだけ。ソフィアに、キスされてるという事実だけを、頭に入れる。両手を掴まれて、抵抗できないことを、頭に入れる。だから、大人しくキスをされるしかないという、ことだけを――頭に入れる。
(ソフィア……)
舌が入ってきた。
(は……)
ソフィアの舌が、あたしの舌と絡まる。
(ソフィアの、舌、熱い……)
ソフィアだけを感じる。
(ソフィア……ソフィア……ソフィア……)
――ソフィアが、突然、はっと目を見開いた。
(ふわっ……)
あたしがその場に脱力し、とろけていた。
「ナーシャ?」
(ふぁあ……)
「……私と……したことが……」
(目がくるくるする……)
「ナーシャ? ナーシャ」
肩を揺らされても、あたしは目を回し、とろけたまま。ソフィアがそんなあたしを見て、立ち上がったと思ったら、ドアの鍵を開けた。
(え、鍵……?)
無言であたしを腕に抱えた。
「おっふ」
そのまま何も言わず、運ばれていく。
(……こっち見てくれない……)
ソフィアは黙ったまま、無表情で歩くだけ。
(……なんで……キスされたんだろ……)
保健室に運ばれてからも、ベッドに倒れてしまったあたしは、答えを聞くことは叶わなかった。
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