第2話
廊下を歩くアナスタシアに、学校中の生徒が振り返った。
――プリンセスだ。
――今日も美しい……!
アナスタシアが食堂に到着し、本日のオススメメニューを眺め、溜息を吐き、注文カウンターを覗いた。
「ごめんくださいな。ハンバーガーとサンドウィッチとパンサンドとオススメランチ定食。全て山盛り。あと食後に甘いパンケーキと巨大パフェアイスの特性てんこ盛りセット。飲み物はホットコーヒー。ミルクと砂糖たっぷりで……お願いします」
「承知しました……!」
「あら、言い忘れた。ごめんなさい。追加で、焼き魚定食。ライス大盛り。パンも追加して。サカバンバスピス」
「なんですって……!?」
「みんな! 来たぞ! アナスタシア姫だ!」
「今日という今日は食べ残した状態でのご馳走様でしたを聞こうじゃねえか!」
「俺、わくわくすっぞ!」
「「今日こそ、俺達の勝利だ!」」
意気揚々と宣言していた厨房スタッフ達。しかし、アナスタシアは綺麗に食べ終え、口をナプキンで拭いた。
「ご馳走様でした」
「「どっぴんしゃん!」」
「ああ……お腹は満たされたけど……胸が苦しい。なんであの時キスしてきたんだろう……。気になって食欲が溢れるばかり……」
「また小説の話?」
アナスタシアが顔を上げ、正面に座ったボクを見て、にっこり笑った。
「あら、問題児。ごきげんよう」
「問題児じゃなくて、良い子だ」
「聞いたわよ? 今日も授業抜け出したって」
「悲鳴が聞こえたから」
「ずっと聞こえてるの?」
「今は聞こえない」
「困ったわね。一年くらい続いてるんじゃない?」
「うん」
「ドロシー、そんなしけた顔しないの。その焼き魚定食、美味しかったわよ。あんたも食べてごらんなさい。サカバンバスピス」
「ルイスがロボットのプログラムを更新したらしい。放課後、会いに行ってくるよ。音を調節して、声に出来るかもしれないって言ってた」
焼き魚を頬張る。やっぱり魚は美味しい。
「ルイスも力になろうとしてくれてる。にーにも。ボクの耳を塞いで、一緒に寝てくれた。なのに解決の兆しが見えない。袋の中のネズミになった気分」
「悲鳴の出どころよね。声の持ち主を見つけないと、根本から解決したことにはならない」
「犯罪事件を解決したら、どうして一時的に聞こえなくなるんだろう。そこも謎だ。ねーね、この謎解けたりしない?」
「タネがない謎を、どう解決しろと?」
「ねーねは推理力が優れてるから」
「サリアさんに聞いたら?」
「もう聞いた」
「なんて?」
「ルイスを信じましょう」
「その通り」
「あーん♡! いたぁーん♡!」
全力疾走してくる足音を聞いて、アナスタシアとボクが振り返る前に――ボクの顔が胸に埋められた。
「ほぉっぱい!!」
「ドロシー様! ランチはフランと食べてくれるかと思って、教室に迎えに行ったらいないんですもの! 危うく! ドロシー様のお魅力に気付いた薄汚いクソ野郎どもがドロシー様の手足の自由を奪い、あんなことやこんなことをしてるのではないかと思い、学校中の獣どもをこの手で!」
「フランチェスカ、ドロシーが」
フランチェスカがアナスタシアを見て、アナスタシアがボクに指を差す。体を痙攣させるボクを見て、フランチェスカがはっとした。
「あら、嫌だ! フランったら! フランのおっぱいったら! よっこいせっと。……ドロシー様、大丈夫ですか?」
「すーはーすーはーすーはー!!」
「お隣失礼! んふっ♡! ドロシー様、窓を見てみてくださいな! ほら、窓に映る私達……」
フランチェスカがボクの腕に腕を絡ませ、ぴったり胸を押しつけてきた。
「恋人同士……みたいじゃありませんか……♡?」
「フランチェスカって……いつ会ってもユニークだよね……。はぁ……。ボクのクラスにも、フランチェスカみたいな変人がいればよかったのに」
「ドロシー様なら飛び級だって出来ますよ! 私、ドロシー様が教室に来ること、お待ちしてますわ! あ! そうそう! お父様とお母様からヴォーイスメッセージが!」
フランチェスカがGPSを取り出し、再生ボタンを押した。
『ドロシー姫様ぁああああ!! 犯人どもは無事に牢屋にぶちこみました!! ありがとうございますっっっっ!!!! 今度お礼のお菓子を届けます!!!!!』
『やあ、そこの可愛いお嬢さん達。このダンディ! な!? おじさん! と!? 良い事して遊ばない?』
『あ! 兄さん! レディ達が嫌がってるじゃないかぁああああああ!!!』
音声が終わった。フランチェスカがもう一つの音声を再生した。
『ごきげんよう。ドロシー姫様。この音声を聞いた上でお帰りください。貴女様は明日から一週間外出禁止だそうです。……門限まで放課後をお楽しみください』
音声が終わり、フランチェスカがGPSを懐にしまった。
「以上です」
「最低、最悪、酷すぎる……。引きこもる用の金平糖買ってこないと……」
「心配いらないわ。一週間外出しなければいいんでしょ? 図書室で本を借りて、GPSでやり取りすれば良い」
「そんなことせずとも、フランがいますわ。これでも私、メイドですから。ドロシー様、フランがどんな相手もしますからね。ええ。それはそれは話し相手でも夜のお供でも……」
「学校は行かなきゃいけないのに出かけたら駄目なんて、そんな最低最悪なことある? あり得ない」
「決まったことは仕方ないわ」
「子供の一週間は貴重なんだよ?」
「今日の放課後は遊びまくることね」
「外出禁止ってことは、パパに連絡が行ったに違いない。ママなら外出禁止にしないで、愚痴を聞く係になるだけだもん。最低、最悪、酷すぎる」
「ドロシー様、フランとお出かけしましょうか! フランが、ドロシー様の気分を変えてみせますわ!」
「遊びに出かけたいのは山々だけど、この悲鳴問題をどうにかしないと気が触れそうだ」
フランチェスカに顔を向ける。
「今日の放課後は、ルイスを訪ねる」
「お供します。ドロシー様」
フランチェスカがアナスタシアを見た。
「ナーシャ、ソフィアさんの次の派遣日は明日よ」
「は!? な、な、なんで、ソフィアが出てくるのよ! どこにソフィア要素があったのよ! 別にどうでもいいし! ソフィアなんか!」
「あら、そうですか」
「……なんか、喉が渇いてきた! スープをおかわりしてくるわ!」
アナスタシアが席を立ち、注文カウンターに向かって歩き出した。厨房がざわつく。まさか、あれだけ食べて……おかわりだと!?
ボクは食べながらフランチェスカに訊いた。
「やっと付き合うの? あの二人」
「近い未来、そうなるかもしれませんね」
「爆発する火山のように発狂しそう。ママが」
穏やかな頭を堪能しつつ、美味しい魚に噛みついた。
(*’ω’*)
ルイスが分析した悲鳴を元に、音声システムを作り上げ、言葉を言わせてみせた。
『こんにちは』
「こんな感じ?」
「もっと音が高い」
「一音上げよう」
一音上げて、言葉を言わせる。
『こんにちは』
「もっと高いよ」
「もう少し上げるか。調節してみて……これでどうだ」
『こんにちは』
「高すぎる」
「難しいなぁ」
ルイスがもう少し細かく調節して、再生した。
『こんにちは』
「……これだ」
ボクは頷く。
「この声だ。この声が悲鳴をボクに聞かせてる」
「我が友よ。この声の持ち主を捜し出せるかな?」
「無茶言わないでよ。髪の色とか、目の色とかに特徴があるならまだしも、声だけでって、僕が国民全員のデータを持っているとでも思ってるの?」
「え?」
エリオットがきょとんとした。
「お前なら容易いだろ?」
「流石に無理だよ! 今の僕に出来るのはここまでが最大限度!」
「またまたそんなこと言って!」
「無理なものは無理!」
小突くエリオットをルイスが押し退け、ボクを見る。
「騎士団総出で手がかりを探してるんだろ?」
「そのはず。……パパが調査するよう、言ってくれてるから……」
「それなら遠くの町にも調査に行ってるはずだ。それでも見つけられないってことは……国内にいない可能性が高い」
「そうなったらお手上げだよ……」
未来の見えない展開に、肩を落とす。
「もう嫌だよ。こんな生活。ボクだって真面目に授業受けたいし、みんなと楽しく学校生活を送りたい」
「ああ……ドロシー……」
エリオットが両腕を広げてボクを抱きしめる前に――フランチェスカがボクを抱きしめた。
「お可哀想に! ドロシー様!」
エリオットが固まった。目を、フランチェスカに向ける。
「大丈夫です。貴女にはフランがいます。必ず……解決してみせましょう! 貴女にうずまく悲鳴の謎を!」
フランチェスカが――ちらっと――エリオットを見て――ふっ、と鼻で笑った。その瞬間、エリオットから禍々しい殺意が溢れ出た。しかしフランチェスカも負けない。その殺意を切ってやろうと鎌をつけたベルトに手をやったところで、ルイスが間に入った。
「喧嘩することがドロシーのためかい? エリオット」
「……フランチェスカ。お前はアナスタシアの侍女では?」
「残念ながら、ナーシャは本日図書室でお勉強中なんです。利口な方です。1分54秒に囚われる貴方よりも」
「ストップ! フランチェスカも煽らない! どうか頼むよ。穏便に済ませたいんだ」
ルイスがもう一度エリオットを見て、一度フランチェスカとボクから距離を離した。
「あっちで話そう。エリオット。大丈夫。君はいかした男さ」
「お前が早く射止めないからこんなことになるんだ! あの牛の乳女! さっさと射止めろ! ドロシーが甘えていいのは! 俺の胸の中だけだ!」
「わかった、わかった。君は最高さ。本当。君がどれだけ素晴らしい男かというのは僕が一番よくわかってる。落ち着いてくれよ。大丈夫。言いたいことは全部僕が受け止めるから。さあ、深呼吸して。君はかっこよくて最高で華があってすごく良い男。誰もが認める立派な未来の皇帝様さ。ドロシーも首ったけ。……多分ね」
ボクはフランチェスカの胸から離れ、ルイスが触ってたキーボードに触れる。再生ボタンを押せば、言葉が流された。
『こんにちは』
ボクは言葉を変えてみた。
『こんにちは、ドロシー』
ボクは言葉を変えてみた。
『助けて、誰か』
ボクは頭に聞こえた言葉に変えてみた。
『誰か、私を助けて』
「……」
黙り、もう一度再生する。やはり、この音だ。この音の悲鳴が、永遠と頭に流れてくるのだ。
「……ドロシー様、そろそろ門限が」
「うん、わかってる」
GPSを取り出し、ロボットに読み込んでもらう。
「この音のデータだけ貰っておこう」
ボクは自分のGPSにデータを取り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます