side➡ドロシー

第1話

 かつて、エメラルドの都と呼ばれていた城下町は今日も平和だ。人々が賑わい、商売をし、働き、汗を流し、皆それぞれの役目を果たしている。


 しかし、その中でも時々、事件が起きてしまうのだ。


「我々はGRM! 世界の平和のため、隣国へ渡るセイレーン・オブ・ザ・シーズ号及び、全ての船の出航を止めるよう要求する! さもなくば……」


 テロ組織の連中が銃を構えた。


「人質の命はないぞ!」

「現在、テロ組織が銀行に立てこもり、人質を取っている模様! どうぞ!」

『今、兵が向かってる! 時間を稼げ!』

「了解!」


 無線機をしまい、警察達が銃を構え続ける。もちろんテロ組織の連中も容赦はない。建物内で撃たれたスタッフは、腹部を押さえ、唸っている。


「ぶ、部長……!」

「おい! 喋るな!」

「せめて、この人だけでも解放を……!」

「うるせえ! クソ女!」


 テロ組織の一人が女性スタッフに近づき、制服のボタンを千切るように破ってきた。下着が丸見えになった女性が胸元を隠し、うずくまった。


「きゃあっ!」

「暇潰しにちょっと相手してもらおうぜ」

「おっ、いいじゃねぇか……」

「ひっ……ひぃっ……!」


 女性が逃げようとするが、男達に取り押さえられ、その場に押し倒される。


「いやぁ!! やめてー!!」

「こいつ! 暴れやがる!!」

「クソアマが!!」


 テロ組織の一人が女性を殴ると、女性が白目を剥き、それから動かなくなる。共に働いていた同僚達は、申し訳ないと思いつつ、縛られて何も出来ない腕を少しだけ動かし、うなだれた。


「へへへ! 楽しませてもらうぜ!」


 男達がベルトを掴んだ――瞬間、突然テロ組織の連中だけ、宙に浮かび始めた。

 最初はみんな何が起きたかわからずポカンとしていたが、どんどん地面から離れていく自分達の体に気付き、慌てだした。


「お、おい! どうなってやがんだ!?」

「わかりません!」

「なんで俺達だけが浮いてるんだ!?」


 かかとを1回鳴らせば、組織の連中は宙でぐるぐる回り始めた。


「ぎゃーーー!!」

「何なんだーー!!」

「助けてくれーー!!」


 かかとを2回鳴らせば、組織の連中達は回りすぎて酔ってきた。


「おろろろ……」

「おぼぉ……」

「止めてくれ……止めてくれ……」


 かかとを3回鳴らせば、回転していた体は止まり、建物の天井近くから――一気に地面に落ちていく。組織の連中は悲鳴を上げる。地面に叩き落とされた。足の骨が折れた。腕の骨が折れた。何かに刺さって抜け出せない。これを隙に、人質にされた人達は一斉に建物から出てきた。


「人質が出てきたぞ!」

「行け! 突入ー!」


 隊員達が動き出すのを見て、ふと――ヘンゼルが建物の屋根を見た。そこには、やはり、覗き込んでる子供がいた。


「ドロシー様!」


 笑顔で手を振ると、子供が気づいた。


「貴女がやって頂いたことについてお礼を言いたいのです! ぜひ! 下りてください!」


 そう言えば、子供はふふんっ! と笑って、杖を使って空を飛び始めた。人々がそれを見て驚いた。魔法使いはこの国に一人しかいない。地面に足をつけ、杖をしまい――ボクは誇らしくなって胸を張り、ヘンゼルに近づいた。


「やあ、ヘンゼルさん。ボクにお礼が言いたいって?」

「はい。事件を収めてくださったお礼に」


 グレーテルと共に、ボクの肩を掴んだ。


「学校にお返しします」

「また抜け出してー!」


 先生が腕を組んで、ボクを叱る。


「ドロシー! 何度繰り返せば気が済むの!」

「でも! だって! だが! しかし!」

「どこかで事件が起きる度に授業を抜け出すって……」


 ニクス先生が職員室が見える窓のカーテンを開けた。


「先生達が泣いてるよ!」

「おんあんあんあん」

「にゃー」

「は?」

「黙っていればチピチピチャパチャパ!」


 ニクス先生がカーテンを閉め、ボクに振り向いた。何か言い出す前にボクから謝罪をする。


「それは謝るよ。悪気はないんだ。だけど……」


 ボクはうなだれる。


「ニクス先生、ある日を境に、頭の中で悲鳴が響き渡るって話をしたの覚えてる?」

「もちろん。それにドロシーがとても悩んでいることも覚えてるよ」

「犯罪事件を解決すれば悲鳴が聞こえなくなるってことも説明してる!」

「だから町には警察がいて、兵士がいるってことも説明してる」

「最低、最悪、酷すぎる! あーん! ニクス先生! ボク、悪いことしてない! むしろ、良いことしてる! 町にも、自分にも! 頭の中の悲鳴を消そうとしてるだけ! ただそれだけだ! 止められる方法を知ってるのに、どうしてやっちゃいけないって言うの!?」

「悲鳴が聞こえたらここに来るように言ってるはずだよ?」

「それでどうするの? 収まるまで待つの? 優しく抱きしめて、子守唄でも歌うっての? そんなことしたって無駄なんだから、ボクは自分で止めにいくさ!」

「ドロシー」

「一年間ずっとだ。お陰でクラスの人からは白い目を向けられるようになった。仲良しだった友達とはクラス別々になっちゃったから、困りものだよ! ニクス先生! ボクは非常に誠に激ヤバレベルで困ってる!」

「物知り博士も研究してくれてるんでしょ? ドロシーはまだ子供だよ? もう少し大人に頼りなさい」

「でも全く進展がないじゃないか! 一年も!」

「今も悲鳴は聞こえる?」

「もう収まった。ボクのお陰で事件は解決したからね!」

「それなら」


 指を差される。


「教室に戻りなさい」

「どうしてみんなボクを責めるのさ。サボってるわけじゃない。ボクだってね、楽しく授業を受けたいよ。でも急に頭の中に悲鳴が響くわけだからさ。全く。やってらんないよ!」


 溜息を吐くニクス先生の書斎から出ていき、ボクは廊下を歩く。穏やかな空。穏やかな風。だけど――いつか頭の中が騒ぎ出す。悲鳴が響くのだ。


(最低、最悪、酷すぎる。やってらんないよ……)


 ボクはGPSの電源をつけ、電話機能を起動した。着信音が鳴るが、相手は出ない。留守番電話機能が起動する音が聞こえ、ボクは口を開く。


「あ……、やぁ。テディお兄ちゃん。ボクだよ。……機密任務お疲れ様。忙しいって聞いてたんだけど……」


 無意識に、シャツを握りしめる。


「今日もね、悲鳴が聞こえたんだ。で、外に飛びだしたら、やっぱり犯罪事件が起きてて……解決したんだよ。ボクは良い子さ。悲鳴も収まった。でも……またニクス先生に怒られちゃった。だけどさ……自分でもどうしたらいいかわからなくて……だって、急に悲鳴が起きるんだよ? もうやめて、とか、助けてとか、今にも泣きそうな、悲鳴が、ずっと。最低、最悪。酷くて怖い。なのに自分で止めに行くのは駄目だから、大人に頼れって……」


 教室が見えてきた。ボクは肩を落とす。


「ごめん。またかけ直す。長くなりそう。……早くお兄ちゃんに会いたいよ。お兄ちゃんなら、ボクのこと、なんとかしてくれ……」


 メッセージを、録音しました。ぴー。


(……なんとか……してよ……。早く……)


 ボクは大人しく教室に戻った。授業は、終わる五分前だった。



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