竜戦士/詐欺被害者/孤独の美食家カラン (3)

「シャアアアアアアー!」

 そのとき、顎が割れんばかりに蛇が大口を開けた。

 そこから毒々しい緑色の霧がどんどん吹き出してくる。

「な、なんだ、これハ……!? カリオス……たすけっ……」

 ポットスネークは怒りと危機感が頂点に達したとき、周囲に猛毒をらす。

 これはポットスネークが体内に蓄えた毒と、迷宮内の毒虫や毒花を壺の中で混合させた非常に強力な毒で、常人ならばすぐに死に至るほどだ。ポットスネークはこれを霧状にして周囲に吐き出すことができる。

 ただし弱点もあった。壺に蓄えているという性質上、一度使い切ってしまえばしばらく使えない。

 また毒そのものがポットスネークのエネルギーになっているらしく、使用直後は弱体化する。

 だから対処方法としてはいくつかある。

 例えば毒霧を出す前に、必殺の一撃で仕留めてしまうとか。

 あるいは強力な対毒防御を張るとか。

「……よーし、毒霧が晴れてきたな。これくらいなら問題ねえ」

「上手くいったな」

 あるいは、前衛を犠牲にするとか。

「悪いなぁ、カラン。お前のおかげで強敵ポットスネークもご覧の通りだ。……と言うより、ポットスネークにかかればお前もご覧の通り、って言うべきか?」

「どっ、どう、し、て……?」

 カランは今や、指一本動かす力さえも残っていなかった。

 カリオスの嘲笑に聞き返すのがやっとだった。

「こいつ、まだしゃべれるのか……あんまり毒がまってなかったのか?」

「竜人族だから毒の効き目が遅いんだろう。致死量だから問題ねえさ」

 カリオスと魔術師はカランの様子に驚きつつも、まずはやるべきことをやった。

 カランと同じようにぐったりと倒れているポットスネークにとどめを刺した。

 そして、金になる部位を器用に剥がしていく。

 そこでカランは思った。

 きっとこれもポットスネークを倒すための作戦なんだ。

 ワタシが毒に怯えないように秘密にしていたのだ。

 だから、これが終わったら、ワタシにも治療を……と。

「じゃ、素材回収したら出発するか」

 だが、カリオスたちは無慈悲にもカランを放置した。

「ったく、ヴァイパーも手慣れてきたよなぁ」

「やめろ、今はまだカリオスだぜ?」

「名前を使い分けるのも面倒なもんだな……それにしても、もったいなかったなぁ。こいつお前にホレてたぜ。遊んでやっても良かったんじゃないか?」

「へっ、田舎臭え……いや、毒臭えガキなんぞ趣味じゃねえよ」

「それもそうだな。今手を出したら病気をもらっちまう」

 下卑た談笑がカランの耳に届く。

 その声もやがて聞こえなくなり、カランは真の孤独へと陥った。

 魔物の死体が横たわるだけで、他には何もなく、何も聞こえない。

(まって……だれ、か……、たす……け……)

 カランの嘆きは、誰の耳にも届かなかった。


 そして、一昼夜が過ぎた。

(ん、ん……?)

 カランは唐突に目を覚ました。

 野ざらしにされたために体がきしみ、節々が痛む。だが神経を引きちぎられるような毒特有の痛みや熱は体から消え去っていた。いつまでも寝てはいられない。

「ここは……?」

 カランが周囲を見回すと、ポットスネークの死体が転がっているだけだ。

 いや、死体ですらない。皮や牙などの素材が剥ぎ取られた後の、哀れな残骸だ。

「そっか……夢じゃ、なかったのか……」

 カランは、落胆していた。自分が生き残った喜びよりも、冒険者仲間に裏切られたことの悲しみの方が遥かに大きかった。気を失い、何がうそで何が本当かわからないまま死んだ方が楽だったかもしれない、とさえカランは思った。

 だが今は、こうして命だけは助かっている。

「……あれ、もしかして」

 カランは、自分の胸元をまさぐり、っていたものを取り出す。

「やっぱり、護符が破けてル……」

 カランには竜人族の集落を出る際、族長である親から渡された秘宝というべきものがあった。

 まずひとつは、竜骨剣。ただの大剣ではない。竜鉄という竜の爪や骨に含まれる鉱物と鉄との合金を鍛造した剣で、ひたすらに頑丈であると同時に、竜の加護を上乗せすることができる。

 カランの必殺技である《火竜斬》も、この竜骨剣があって初めて放つことができるものだ。

 ふたつめは、めんどくという護符だった。

 これを肌身離さず持っていれば、命の危機に瀕したときに強力な解毒と回復の魔術が発動する使い切りの魔道具だ。免毒符を打ち破る強力な毒も存在するが、自然界にある毒であるならばほぼなんとかなる。治癒が完了するまでに時間はかかるという欠点もあるが、強力無比な魔道具には違いなかった。カランの命を救ったのは、この免毒符のおかげで間違いない。

「まさか、旅立って一年もたないうちに使うなんテ……」

 両親に申し訳ない。

 そう思った瞬間、カランは一番大事な秘宝のことを思い出して血の気が引いた。

 その名は、りゅうおうほうじゅ

 宝石であると同時に、竜人族にとって重要な魔道具である。

 勇者に仕えた竜人族が自身の主に宝珠を贈ったという伝承があり、その伝承になぞらえて、この人こそはと認めた人物に魔力を込めた宝石を贈る伝統があるのだ。

 そして宝石を贈られた人物は、贈った竜人族と同様の加護を得られる。他の種族であっても竜の力を振るうことができるという強力な魔道具だ。

 同時に、竜人族の女が結婚するときの持参金代わりでもある。

 竜人族が認めるほどの勇者など数百年確認されていないため、「勇者に仕える」というのはすでに形骸化した伝統と言って良いだろう。今となっては結婚相手を見つける方が遥かに重要だった。

 ちなみに、宝石はなんでも良い。ダイヤモンドでも磨いた石ころでも問題ない。

 ただ、カランは竜人族の族長の娘だ。安物を結婚相手に渡しては竜人族全体が侮られてしまう。

 そこで族長は、竜人族の持つ宝石の中で最も大きく、そしてきらびやかなルビーに自身の手で一年がかりで魔力を込めた。まさに現存する中で最高品質の竜王宝珠であった。

 そして今それは、パーティーで使っている宿の金庫の中に仕舞ってある。

「マっ、マズい……!?」

 カランは自分の荷物を、仲間たち……いや、元仲間たちを信じて預けていた。

 竜王宝珠のことはまだ誰にも話していなかったが、竜人族の女が竜王宝珠を持たされていることを知られていてもおかしくはない。竜人族は数が少ないとはいえ、戦争で活躍した英傑も多い種族だ。冒険者ならば竜王宝珠の話を耳にすることもあるだろう。

「い、急がないと……!」

 くじけそうになる心をしっして、カランは立ち上がった。

 一人でダンジョンを歩くことの寂しさに耐えながら、カランは歩き続けた。


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