竜戦士/詐欺被害者/孤独の美食家カラン (4)

 カランは迷宮を脱出するのに丸三日、そして迷宮都市に戻るのに一週間を費やした。

 行くときに比べて五倍の日数がかかった計算となるが、一人で魔物をかわしながら慎重に動いた以上、無理もなかった。

「ああっ!? カリオスさんのお仲間!?」

 冒険者パーティー【ホワイトヘラン】が拠点にしていた宿の主人はカランの顔を見て驚いた。

「カリオスはいるか!」

「いえ、もう旅立たれました。その……カリオスさんは、カランさんが迷宮で死んだと……」

「嘘ダ」

「……そのようですね」

 カランの言葉に宿の主人が頷くと、カランはやるせない顔のままうつむいた。

 主人は昔からよくある手口だ、と語った。

 あまりにも素晴らしい宝物が手に入って分配でめたときや、高価な財宝を冒険者が持っていたとき、冒険者が強盗へと変貌してしまうことはいつの時代もあった。

 それゆえに冒険者は家族であるべしとうたわれる。そして時折、そんな理想像などとも思わない強盗気質の者が冒険者に成りすます。

「そ、それより! ワタシの荷物はどこダ!? あれは……!」

「それもカリオスさんが持っていっちゃいましたよ。故郷に返すと言って。ですが……」

 宿の主人に最後まで言われるまでもなく、カランは理解していた。

 仲間を裏切った冒険者が、そんな殊勝なことをするはずがない。

「一応、冒険者ギルドには通報しときますが……。ありゃ多分、かなり手慣れた詐欺師ですよ。簡単に捕まるかというと……。あっ、お客さん! ちょっと!」

 カランは、宿の主人の言葉を最後まで聞くことなく立ち去った。

 困っていた自分を助けてくれたことも、共に迷宮を冒険したことも。

 頼りにしていると肩に手を置かれたことも。

 すべてが。

「嘘だったのか……カリオス……」

 カランはそのとき、自分のポケットに残っているものに気付いた。

 それは白鳥のペンダントだ。

 カリオスが自分を救ってくれた象徴だった。

 自分が一人前になったときにこれとそろいのものを買って、プレゼントしようと思っていた。

 勝手に買い物をするなと怒られてもこれだけは秘密にして買おう、そう思っていた。

「こっ、こんなもの……!」

 カランは投げ捨てようとした。

 だが、できなかった。

 すべてが嘘だったことを知ってなお、思い出にすがりたくなる気持ちがあった。

 自分は、なんて弱いのだろう。

 自分への失望、そして絶望が嗚咽おえつとなった。

「……くそっ、くそっ!」

 そのとき、迷宮都市の空から雨が降り始めた。

 夏を目前にしたこの季節、迷宮都市の天候は変わりやすい。

 思わぬ大雨に降られることもある。

 今日もその突然の大雨に襲われた不運な日だった。

 宿の周辺には露店が数多く立ち並んでおり、誰も彼もが慌てて店じまいを始めて通りから人が消えていく。

 だが、それはカランにとって幸運だった。

 幼い少女のように涙を流す自分を、誰にも見られることがなかったのだから。


 カリオスが出入りしていた場所を探し歩いて、カランは再び絶望した。

 誰もカリオスの行き先、あるいは身の上の詳細を知らなかったのだ。

 協力者がいる気配はなかった。

 カランがカリオスのことについて尋ねても、誰もが「ああ、こいつはだまされたんだな」という同情の目をするか、厄介事はごめんだとばかりに追い払われるかのどちらかだった。

 かつての仲間たちがどこに行ったのか、まったくわからない。

 冷静に考えるならば、迷宮都市からは去ってしまっている。

 カランの持っていた竜王宝珠を金に換えられるならば、冒険者パーティーであることを捨てるくらいの価値はある。

 仮にまだ都市の中にいたとしても数十万人が暮らす迷宮都市は広大だ。

 世間知らずなカランがカリオスたちを見つけられる確率は恐ろしく低い。

 ここで、カランの心は折れた。

 自分の欲望……空腹に正直になった。

 迷宮都市は竜人族の集落と違って騒がしくて汚く、カランはどうにも好きになれないところが多かった。ただそれでも、好きになったことがある。

「メシ、食うか……」

 いろんな国、いろんな部族の料理が食べられることだ。

 今までは宿の手配も食事もカリオス頼みであり、何を食うか自分で決めたことがなかった。

 自分の財布には銀貨と銅貨が何枚か入っている。カランはあまり計算が得意ではないが、一週間くらいは困らないはずだと思い、どうせなら食べたいものを食べようと開き直った。

 だが、問題があった。

 露店や屋台で売っている物は買えるが、一人でレストランに入りにくい。

 カランは意外と格好つける性格だ。

 竜人族の女、それも冒険者丸出しの格好のままレストランに入れば物笑いの種にされるのではないかと恐れた。それに、一人で金を出して食事をしようとしたら、また騙そうとする人間が現れるかもしれない。

 それでも食べたい。

 丁度カランの目の前にある店からは、とても良い匂いが漂ってくる。

 日はまだ沈んでおらず、客足も鈍い。入るなら今のうちだろう。

 だが入ってもちゃんと注文を受けてくれるだろうか。

 これまで元仲間に生活のあれこれを任せていたツケが今、一気に来ていた。

 これからはメシを食うのも宿に泊まるのも、一人でなんとかしなければいけない。

 心細さゆえに再びカランの心が絶望にとらわれそうになったそのとき、背後から声を掛けられた。

「ちょっとごめんよ、どいてくれるかい?」

「ン? あ、ああ……」

 短い黒髪をした冒険者の男だ。

 年齢は恐らく中年といったところで、体つきはとてもがっしりとしている。

 一人だけなのだが、何も頓着することなく男は店の中に入っていった。

「ポークジンジャー定食一つ」

「はーい」

 男は、誰を気にすることもなく一人で飯を楽しんでいる。

 カランは変な男だと思いつつも、堂々としたその態度に好感を持った。

 さらに、周囲の人間が少しざわつき始めたのがわかった。

「おい、あの男、確か……」

「間違いねえ、S級冒険者、【一人飯】のフィフスだ!」

【一人飯】のフィフス。

 カタナという南方の剣を振るいつつ、魔術にもけた万能の戦士だ。

 様々な国を旅しており見識も広い。

 そして、決まりきったパーティーに参加せず、「冒険者はパーティーを組むのが当たり前」という常識を覆してソロで活動する珍しい冒険者だった。

 迷宮都市の冒険者ギルドでは、原則としてソロ活動は禁止だ。

 少しばかり腕っ節がある程度では一人での迷宮探索など無謀すぎるからだ。

 B級以上の上級パーティー経験者で、なおかつ冒険者ギルドの上層部が認めた人間でなければソロ活動は認められず、それができるということはまさしく名誉に他ならない。

 その名誉を持った有名冒険者の一人が、カランの目の前でレストランに入ったフィフスであった。

 ちなみに冒険者ギルドはパーティー単位で冒険者を管理しているため、ソロ活動の冒険者でもパーティー名を付ける必要がある。彼はそのとき自分のあだ名だった「一人飯」をそのままパーティー名にしたために、誰もが彼を【一人飯】のフィフスと呼んでいた。

「か……かっこイイ……!」

 このときカランの心に、ほんの少しだけ希望がともった。あんな風にすれば、一人でメシを食べても格好悪くないんだという希望である。それに金を払うにしても、フィフスと同じ料理を頼めばあからさまにぼったくることは難しいはずだ。

 そう考えてカランは、レストランの扉を開けた。

 窓越しに見えたフィフスのように、堂々とカウンターに座る。

「いらっしゃい」

 店員はそれだけ言って、メニューをした。もっとも、カランは難しい字は読めない。だからフィフスと同じ言葉を繰り返した。

「ポークジンジャー定食一つ」

 その料理は、疲れ果てたカランの体に染み渡っていった。

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