竜戦士/詐欺被害者/孤独の美食家カラン (5)

 その後のカランは、フィフスの背中を追いかけていった。

 フィフスと同じ店に入り、同じように注文した。

 羊肉の串焼き。やや臭みのある肉だが、とびきり辛い香辛料が振りかけられていて口に入れれば火を噴きそうになる。だが野趣とエネルギーに満ちた味はカランを満足させた。

 エビとキノコのオイル煮。これは串焼きとはまた違った意味で暴力的な味だった。海の旨味と山の旨味が溶け合った油は濃厚で、たった一杯でびっくりするほどの食べ応えがあった。気付けばスープと一緒に出されたバゲットを幾つもおかわりしていた。

 牛肉とビーツの煮込みスープ。赤々とした見た目をしているが、とても優しい味わいだった。もし自分が人族であったなら、このスープを口にする度に母のことを思い出したであろうとカランは思った。

 サバの唐揚げサンド、ビネガーソースかけ。カランは青魚は苦手だった。川エビや沢ガニなどを食べたことはあっても、海の魚は迷宮都市に来て初めて見かけた。サバの唐揚げサンドは、そんなカランの苦手意識を吹き飛ばす味だった。からりと揚げられた表面、その内側の柔らかなみ応えとほうじゅんな味わいはカランを虜にした。

 どの料理もカランにとって驚きのさだった。

 しかも、汚い身なりのカランを邪険に扱う者もいなかった。

 それもそのはず、フィフスが選んでいたのは冒険者やものでも歓迎してくれる店ばかりだった。

 フィフスは、カランがフィフスの後をつけて注文をていることなど先刻承知だった。

 本来ならば冒険者の後をつけるなど、叱責されても仕方がないことだ。

 だが、カランは美味そうに料理をほおっていた。

 それを見ただけでフィフスは叱る気などせており、むしろカランが邪険にされないような店選びをした。注文するときも、カランに聞こえるようにハッキリとした声で頼んだ。

 かといって、手取り足取り街の歩き方を教える気にもならなかった。

 冒険者パーティーを組んでいるわけでもないのに、無償で助けることなどありえない。

 同業者はライバルであり敵だ。敵から施しをもらえるかもしれない……と思わせてしまうことは、必ずしも良いことではないとフィフスは思っていた。

 だが、勝手に真似る分にはなんの問題もない。

 カランはそんなフィフスの温情には気付かず、料理を楽しんだ。

 フィフスが突然古着店に入ったときも、何かあるのだろうかと思って後に続いた。

「そろそろコートを新調するか! 綺麗な料理屋に汚い身なりで入るわけにもいかんしなぁ!」

 彼がすさまじいわざとらしさで声を張り上げても、自分が気付かれたなどとは思いもよらなかった。

 だがフィフスの思惑に乗せられて、なるほど! 自分の服装にも気をつけないと! と思ってジャケットを買うこともした。古着で少し傷ついてはいるが、汚くはない。

 むしろその傷が良い意味での風格を醸し出しているカラン好みの服で、今装備している武具と合わせればみすぼらしさは消える。

 直接言葉を交わすことなく、フィフスはカランに一人飯を楽しむコツを教えた。

 今まさに、カランはフィフスの弟子であった。

 だが、そんな生活も長くは続かない。

 フィフスが食べ歩きしていたのは休暇中だからであり、それが終わればまた迷宮探索を始める。

 そしてカランもまた、財布の金が尽きようとしていた。


 冒険者ギルド『ニュービーズ』に行くことは、カランがかろうじて覚えていた冒険者としてのノウハウだった。

 だが、「新人が一からパーティーを結成するにはここが良い」という話がなんとなく頭に残っていただけで、そこで何をどうするべきかはよくわかっていなかった。

 カランは冒険者ギルドで仕事をもらったり、あるいは他の冒険者を誘ったり、という経験はゼロだ。すべて元仲間たちに任せていた……というより、手伝おうとしても「そういう雑用は任せてどっしり構えていてくれ」と言われて手を出せなかった。

 思い返せば、それは優しさではなかった。ノウハウを覚えてパーティーから抜けられることがないように立ち回っていたのだと今のカランにはわかる。

 だから、カランにはさいしんが渦巻いていた。

 明るく優しそうな顔をして近付いてくる人間は、きっと自分を騙そうとしているのだ。

 そういう強い思い込みがあり、フィフスのような孤高の人間でなければ信じるに値しなかった。

「竜人のお嬢さん、俺と組まな……ヒッ!?」

 甘ったるそうな男に声を掛けられた瞬間、凄まじい目で睨んでしまった。

 竜人族はただでさえ威圧感がある。

 歴戦の竜戦士であれば、その目と威圧感だけで下級の魔物は尻尾を巻いて逃げていく。

 それはもはや威力をともなった攻撃に等しく、世間には悪人がいることを知ったカランの威圧感も、新人冒険者が耐えられるようなものではなかった。

 だがここでカランがやるべきことは、仲間を募って再び冒険者として活動することだ。

 それができなければ金が尽きる。戦うこと以外に能のないカランは他の仕事などできない。

 選択の余地はない。だがそれでも、自分に近付いてくる人間は、自分を食い物にしようとしているのだと警戒せずにはいられなかった。

 結局カランは誰かの誘いを受けることも、自分から誰かに声を掛けることもできなかった。

 冒険者ギルド『ニュービーズ』の営業時間は終わりを迎え、締め出された冒険者たちは、皆、隣の酒場に向かっていった。

 カランもこの酒場で一度だけ飲み食いしたことがある。

 はっきり言って料理は美味くない。

 ただ、『ニュービーズ』で新人冒険者がパーティーを組んだときは、ここで飲み食いするのが伝統なのだそうだ。

 カランも結局、そこで夕飯を取ることにした。

 ここはとにかく安い。

 今は美食趣味は抑えなければいけないと思い、頼んだ。

 メシは案の定、かった。

 ただ不味いだけだったなら我慢できただろう。とにかく自分自身が恥ずかしくて恨めしいという気持ちが飯を楽しむ余裕を奪っていた。

 それを一層際立たせているのが周囲の浮かれている新人冒険者たちだ。

 隣のテーブルでは、お互いに初顔合わせの冒険者同士が楽しそうに飲み食いしていた。杯を交わし、新たな仲間、新たな冒険に期待を寄せている。

「よろしくな」とか「信じてるぜ」などと希望に満ちた言葉が交わされており、彼らの飲み食いする酒や麦がゆはさぞしいことだろう。

 どんなに不味くとも心に希望があれば飯は美味いものだ。思えばフィフスの真似をして一人飯をしていたときも、フィフスへのあこがれが飯の美味さを際立たせていたのだ。

 こんな惨めな状況では何を食ったところでちっとも美味くない。

 だいたい、何が「信じてるぜ」だ。そんな言葉を使う人間を信じられるはずもない。

 あのカリオスのように。

 カランの脳裏に金髪の美丈夫の顔が横切り、煮えたぎるほどの怒りが、カランの心の中に渦巻く。

 どうして。信じていたのに。

 カランは自分の中に渦巻いていたどうこくを、思わず言葉に出してしまっていた。

「「「「人間なんて信用できるか!」」」」


   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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【書籍試し読み増量版】人間不信の冒険者たちが世界を救うようです 1 ~最強パーティー結成編~/富士伸太 富士伸太/MFブックス @mfbooks

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