軽戦士/追放冒険者/詩人偏愛家《ドルオタ》のニック (2)

 それは、さすがにニックにとってもショックだった。

 仲間がぎぬを着せようとしてきたからではない。その言葉をアルガスが信じたか、あるいは信じたふりをしているからだ。ニックをパーティーから追い出すために。

 確かに最近、ニックはアルガスと衝突することも多かったが、決してアルガスを嫌ってはいなかった。特技も何もない無力な子供だったニックを、いっぱしの冒険者に育てたのはアルガスだ。

 ニックにとってアルガスは誰よりも強いリーダーであり、師匠だ。

 なんだかんだ言って恩もある。尊敬もしている。

 だからこそニックは、あえて厳しい言葉でも言ったつもりだ。パーティー除名の勧告など一時的に頭に血が上っているだけのことで、きっと話を聞き入れてくれると信じていた。

 そんなニックの思いが、砕けようとしていた。

「ま、待てよ! それを信じるのかよ!? 俺はばくにも酒にも女にも溺れちゃいねえぞ!? だいたいパーティーの財布は俺が管理してたんだ! どういう風に金が出入りしたか全部きっちり説明できる!」

 パーティー全員の金遣いが荒い分だけ、ニックは金の扱いについてひどく慎重になったし、自分の金の使い道もパーティーの資金の出し入れもすべてを説明できるようにしている。

 だからニックは、自分への疑いを自信満々に否定した。

「……そうじゃねえ、そうじゃねえよニック」

 しかしニックの言葉を聞いたアルガスは、悲しそうに首を横に振った。

「お前が俺のパーティーに入ったときはただのガキだったな。懐かしいぜ。風が吹けばどっかいっちまうくらいのチビだったくせに、強くなったじゃねえか」

「はあ? そりゃ成長はしたさ。けど戦闘じゃまだ他の仲間ほどは……」

「強さってのは腕っ節だけの話じゃねえ。面と向かってリーダーとも言い合える。自分の無実を証明できる。海千山千の商人とも対等に交渉や取引ができる。それはな、間違いなく強さなんだよ」

「な、なんだよ……なんだってんだよ」

 ニックは困惑した。アルガスの意図が読めなかった。

「なあニック。俺が聞きたかった言葉はな、『俺を信じてくれ』か『俺が悪かった』の二つに一つだったんだ」

「……そりゃ何も言ってないのと同じだろ」

 ニックはあきれて、怒鳴り声すら出せなかった。

「いいや、違う。冒険者ってのは腕っ節しか自慢できないようなヤクザ者ばっかりだ。勇敢で格好良く見えても、頭の良いやつや身分の高い奴にはかなわねえ駄目な連中なんだよ。弁が立つ、計算ができる、文章も書ける。そういう奴は……冒険者じゃなくてカタギの仕事をするもんだ。頭が良くて腕も立つなら、どこぞの貴族に仕えて騎士様にでもなって、立身出世すりゃあ良い」

「ふざけんな! 冒険者でそれくらいできる奴なんざ幾らでもいるじゃねえか! それとも頭が良くっちゃ冒険者やっちゃいけねえのかよ!」

「さあな。だが少なくとも、俺のパーティーには要らん。はっきり言って邪魔だ」

「邪魔だと……!」

 アルガスはこのときのニックの顔を、ニックの目を、見ようとしなかった。

 目をつぶり、耳を閉ざし、ただ言うべきことだけを言った。

「もうわかるだろうが。俺とお前じゃ流儀が違うんだ。これまでのお前は一人でやってくこともできねえ半人前だった。だからうちで世話をしてやった。だが今のお前は、お前なりの流儀を持った一端の冒険者で、俺は他の冒険者の流儀に合わせるつもりはねえ。お前もこのパーティーにいる理由はねえはずだ。違うか?」

 ニックはもはや、何も言えなかった。

 これまで、アルガスに恩を返すために頑張ってきたというのに。

【武芸百般】が一流のパーティーになるため、毎日努力してきたってのに。

 ニックは、あまり冒険者向きの体格ではない。

 背丈は普通だが肉がつきにくい。

 魔力も乏しく、実戦に耐えうる魔術は使えない。

 そのへんの生ぬるい冒険者より劣っているつもりはないとニックは自負しているが、同じ【武芸百般】に属する熟練の戦士たちに比べればどうしても見劣りする。

 それでも手先の器用さと記憶力だけは自信があった。

 だからそれをかそうと、いろんな能力を磨いたつもりだった。

 丸太のような太い腕がなくても身につけられる武器術や格闘術。自分より体の大きい奴にケンカで勝つ方法。わなの解除方法。魔物に対抗するための知識。迷宮で迷ったときの対処法。武器防具の手入れ。宝物の目利き。文字の読み書きと計算。帳簿の付け方。商人との交渉術。

 一つ一つは細かいことだ。

 でも、メンバーの役に立っていたはずだ。

 そのニックの努力ときょうが与えてくれたのは、尊敬する人物からの別れの言葉だった。

「アルガス、あんたはこんなところでくすぶってるような人間じゃねえはずだろ! 上を目指そうと思えば目指せる! それこそA級パーティーの冒険者だってあんたに勝てる奴はそうはいねえ!」

「【武芸百般】はCランクが分相応だと思ってる。燻ってる奴がいるとしたら……そりゃお前だ」

「……オレよりもガロッソたちを取るってのか」

「そうだ。ガロッソたちは冒険者を続けなきゃ生きていけねえ。そしてCランクくらいじゃねえとやっていけねえ。だがニック、お前は別にそういうことはねえ。だからどっちが事実だとか、どっちが法律として正しいとか、そういう話をするつもりは俺にはねえ」

「そうかい」

 ニックは、アルガスが好きだった。

 それも、ここまでだった。

「そういうことなら、俺もこのパーティーに用はねえ」

 ニックが立ち上がって宿から出ていくとき、アルガスは「達者でな」と言葉を投げかけた。

 父のように慕っていた男に背を向けたニックは、何も答えずに宿を後にした。


 その後は、情けない有様だった。

「ってわけでさ、クロディーヌ。お前のパーティーに入れないかな?」

「……ふーん」

「なんでもやるよ、役立つぜ」

 迷宮都市の喫茶店「フロマージュ」は、ニックとその恋人クロディーヌの行きつけの場所だった。

 クロディーヌは、ニックと同い年の女の冒険者だ。ニックと同じ軽戦士で、たまたま同じ道具店で買い物をするうちに距離が近づき、恋人となった。

 ふわりとしながらもきらめくブロンドの髪と優しそうな目にんで、ニックの方から口説いた。

 ニックは、クロディーヌの願いをたくさんかなえてきた。デートでは基本的にニックがおごってきたし、金に困っているときはちゅうちょなく貸した。

 二人のきずなはパーティーよりも固い。そのはずだった。

「な、頼むよ」

「悪いんだけど無理。だってあたしの仕事なくなるじゃん?」

「ひ、一人くらいなんとかならないか? オレ、斥候役だけじゃなくて前衛で戦うのだってけっこうイケるし……」

「別れよっか」

 クロディーヌは、人形のようにうそくさい笑顔を浮かべながら言った。

「え……?」

「だって【武芸百般】にいないキミなんてただのひょろい軽戦士じゃん」

「はぁ!?」

「実力だけはA級って言われたパーティーにいるんだからすごいんだろうって思ってたけどぉ……追い出されるってことは寄生してたんじゃないの? 今まではちょっとくらい貧乏でもガマンしてあげてたけど、ほんとガッカリだわー」

「ち、違う! そんなこと絶対に……!」

 そのとき、ニックとクロディーヌの座るテーブル席に二人の男が近寄ってきた。

「ニックとか言ったっけ。わかんねーかな」

「しつこい男は嫌われるぜ?」

 一人は虎人族の戦士で、もう一人は人族の魔術師だ。

 その二人は口元に笑みは浮かべつつも、ぎらついた目でニックをにらんでいた。

「……誰だよ」

 ニックは尻込みもせずに睨み返しながら言った。

 だがその言葉に答えたのは男ではなく、クロディーヌだった。

「うちら【てったい】の仲間よ。ねー?」

 その甘ったるい声を出すクロディーヌに応じるように、戦士がニックに凄む。

「ウチの可愛かわいい斥候役が困ってんじゃねえかよ。どういう了見だテメェ?」

「困らせて……って、そうじゃねえよ。自分の彼女にちょっとお願いをしてるだけで」

「カノジョ? やめてよね、そういうの。ねえみんな助けてよ。この人しつこいの」

「はぁ!?」

 クロディーヌの言葉に、ニックは驚きと怒りの声を上げた。

「なんだぁテメェ、俺たちのお姫様に手を出したってのかぁ?」

「なんだと! クロディーヌは……!」

 だがニックはそこでようやく気付いた。クロディーヌが装備している防具の柄は、どことなく目の前の戦士のものに似通っていた。

 そしてもう一つ大事なことがあった。戦士の男の首から提げられたタリスマンが、きらりと窓から差し込む太陽の光を反射した。あれはただのアクセサリーではない。呪いや属性攻撃に対する防御力を高める、れっきとした防具だ。

「……なんで、テメエがそれを付けてやがる」

「ああ、これか? クロディーヌからのプレゼントだが?」

 戦士の男がせせら笑いながら、ペンダントを見せびらかした。

 それは、ニックがクロディーヌにプレゼントしたはずのものだった。

「テメェ……!」

「おう、ケンカするか? 良いぜ、かかってこいよ。だがわかってんだろうな、こんなところで殴り合いしてタダで済むと思うか?」

 戦士も魔術師も、すぐに攻撃を仕掛けられる構えをしていた。あからさまに殺気を放っている。

「あー、そういうことかよ……」

 すでにニックは囲まれていた。きっと最初からニックを脅すつもりだった。どこかでニックが【武芸百般】から追い出されたことを知り、別れさせるために。

 つまるところ、クロディーヌはニックから搾り取れるだけ搾るために付き合っていた。だが今ついに、捨て時がきた。ニックはそれを理解してしまった。

「ニックって、露天商とか行商から掘り出し物のアクセサリーを見つけるの得意だったもんね。このタリスマンも効果はばっちりだったし、今までありがとう。……でも、もう良いや」

 クロディーヌの嘲笑を見て、ニックは自分の全身から力が抜けるように感じた。

 オレは騙された上に、もはや騙す側からも不要になったのか、と。

「つーわけだから大人しく帰れよ。今なら見逃してやっから」

「バイバーイ」

 そのあからさまな態度に、ニックは殴ろうという気力さえ失った。こいつらに何を言っても通じはしないだろうし、自分が何かしたところで何も変わりはしないだろう。

 無力感、徒労感、絶望。

 そんな負の感情がニックを支配していた。

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