【書籍試し読み増量版】人間不信の冒険者たちが世界を救うようです 1 ~最強パーティー結成編~/富士伸太

富士伸太/MFブックス

軽戦士/追放冒険者/詩人偏愛家《ドルオタ》のニック (1)

「ニック……お前はもう、俺たちのパーティーには要らん」

 冒険者パーティーは家族だ。

 先輩冒険者は新人に対して厳しく接するかわりに、冒険のを教える。

 新人はそれを横暴に感じるときがあっても、先輩の言葉に忠実に応える。

 そしてリーダーは父のごとく常に全員を見守りながら導き、メンバーは子のように忠義を尽くす。

 これが冒険者たちの理想の姿であり、伝統だとされてきた。

「……ちっ、そうかよ」

 クソだな、と心中で毒づく──ニックは、その伝統の負の面に直面していた。

 ここはディネーズ聖王国に属する都市、テラネ。都市周辺に様々な迷宮が存在する魔境であると同時に、数十万人の人間が集う交易都市だ。

 いっかくせんきんを狙う冒険者や目端が利く商人、強欲な貴族や神官などがばっするテラネはこんとんとしており、都市そのものがまるで迷宮であるかのように危険とチャンスが転がっている。それゆえに人々は、テラネを迷宮都市と呼んでいた。

 その迷宮都市のとある宿に、冒険者パーティー【武芸百般】は滞在していた。

【武芸百般】に所属する軽戦士ニックはパーティー全員でのばんさんを終えた後、リーダーのアルガスに呼び止められてテーブルに残されていた。そして他のパーティーメンバーが去って二人だけになったとき、ニックは実の親のように育ててくれたアルガスから別れを告げられた。

「ああ、もう出ていって欲しい。……なんでか聞きたいか」

 赤い髪を角刈りにし、長年の厳しい冒険者生活から鬼のような風貌となったアルガスの言葉は重かった。

 だがニックは、そんな彼をちっとも怖いなどと思わなかった。アルガスが誰よりも優しく、そして甘い男であることを知っていたから。ニックは彼からの宣告に怖さではなく、ただ寂しさと落胆を感じていた。

「当たり前だ、ちゃんと説明するもんだろ」

 そうニックが言うと、アルガスが舌打ちしつつ口を開いた。

「……じゃあ言うがよ。お前はいちいち細けえんだ。冒険者ってのはそういうもんじゃねえだろう。言葉にしなくても、気持ちが伝わるってのが仲間だ」

「そうかもしれねえな」

「仲間と冒険するにしても、物を売り買いするにしても、お前は気持ちよりも言葉を優先する。相手の気分が悪くなっちまってるのにもかかわらずだ」

「そりゃ、ぼったくられそうなら文句くらい言うだろ! 冒険者が迷宮で剣や魔術で戦うように、商人ってのは商談で口先を武器に戦う連中だぞ。こっちが商談で相手の気持ちだのご機嫌だのを伺ってたら幾らでも付け込まれて搾り取られちまうじゃねえか。こっちが言うべきこたぁハッキリ言わなきゃ駄目なんだよ!」

 ニックの熱弁に、アルガスは首を横に振った。

「俺たちが戦う相手は迷宮にむ魔物だ。人間は、味方だ」

「アルガス、あんたは商人を信用しすぎてるんだ。この間だって……」

「その話を聞くつもりはねえ。それに他の連中だってお前の言い方にはへきえきしてるんだ」

「ガロッソのことか」

 それはニックたちと同じ【武芸百般】に所属する仲間の名前だった。

「そうだ」

「仕方ないだろ! あいつ、女のために勝手にパーティーの財布から金を持ち出して、その女にだまされて……一度ならともかく、もう何度目だよ! こっちがガロッソを盗みで訴えたって勝てるんだぞ!」

「あいつは俺に頭を下げたし、迷宮探索じゃきっちり自分の仕事をやってのける。だったら俺から言うことは何もねえ」

「そりゃあいつは頼りになる! カタナの使い手としちゃ天下一品だ! でもそれを許してたら何も残らねえじゃねえか! わざわざ危険な冒険する旨味がねえよ!」

「旨味ってのは金のことか」

「当たり前だろ」

「金はむためにあるんじゃねえ、使うためにあるんだ。お前だって入れあげた女くらいいるだろう!」

「いるけど、だからって金を勝手に持ち出さねえよ! 別問題だ!」

「だからお前は冒険者らしくねえんだ! なんでそこで頭を下げた仲間を許してやれねえ!」

「限度ってもんがあるだろうが! そうやってなんでもかんでも許してかばっちまうからガロッソも他の仲間も、悪い癖が直らねえんだ! オレはガロッソにも怒ってるが、アルガス、あんたに一番怒ってんだ!」

「うるせえ!」

 だん! とアルガスがテーブルをたたいた。

 木のコップに注がれた酒がこぼれそうになる。ニックはとっに支えるようにコップに手を伸ばした。

 そういう性分の男が、ニックだった。

 ニックはアルガスの文句に対し、自分が悪いとはまったく思っていない。なぜならニックには言い分があったからだ。

 冒険者パーティー【武芸百般】は全員ズボラだ。

 パーティーの金を勝手に使うのはガロッソだけではない。賭博に夢中になってパーティーの財布の金を使う仲間もいるし、酒場のツケを払うために報酬を前借りする仲間もいる。

 そしてリーダーのアルガスは、冒険者らしさを見せつけるためだと、冒険に成功した日は考えなしに人におごりまくる。さらに酒場や宿の店員、いろんな商人にチップを弾む。いつ死ぬともわからない商売だ、他人に恩を売って損はしないと言って。

 だがニックは、それをやるなら利益の範囲内でやるべきだとアルガスに何度も言っていた。

 たとえば迷宮で宝物を手に入れたり、名付きの魔物を倒したりして大金を手にしても、それでめでたしめでたし、ではない。

 消費した薬草を補充し、武具を手入れしなければ次の冒険に出ることができない。それにパーティーメンバーに報酬を分配する必要もある。

 そうして必要な経費を払い終えて、最後に残った金……純粋な利益を見定めねばならない。

 だがアルガスたちは、金勘定そっちのけで手に入れた金を大盤振る舞いする。

 これ以上はダメだ、もうけが出ないとニックが言っても、アルガスはやめなかった。それどころか、「冒険者がそんなケチじゃダメだ」と言うばかりだ。

 それで結局、商人から金を借りる羽目になる。

「お前、俺のことも仲間のことも許せねえなら、もう冒険者なんて辞めろ。だいたい、お前は人のことが言える立場なのか?」

「はあ? なんだよその言い草。まるでオレがあいつらと同じことやってるみてえじゃねえか」

「やってるみてえ、じゃねえ。やったんだろ? 全部認めるなら見逃して許してやっても良い。それができねえなら出ていけ」

「見逃す……? 待てよアルガス、さっきから話が見えねえ。なんのことだ?」

 ニックは困惑して問い返す。だがアルガスは、いき交じりに告げた。

「ハッキリ言ってやる。お前も、サイフから金を持ち出してたんじゃねえのか?」

「はあっ!? だからそれはオレじゃなくてガロッソだろ!?」

「ああ。ガロッソは認めた。その上でガロッソも他の連中も、お前も財布から金を盗んだって言っている」

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