【書籍試し読み増量版】人間不信の冒険者たちが世界を救うようです １ ～最強パーティー結成編～／富士伸太

魔術師／婚約破棄された元貴族令嬢／ギャンブラーのティアーナ (３)

　その後は、まさに悲惨なものだった。

　競竜場は、目を血走らせた男たちばかりを客層にしているわけではないため、明るく楽しく、安全であるという雰囲気を演出していた。基本的に昼間だけの営業なので、夜中にいかがわしい商売をする人間たちは入れない。騒がしいが、スラム街や夜盗の出そうな峠道のような危険な場所ではなさそうだった。

　だから、つい安心して竜券……つまり賭けに参加するための券をティアーナは買ってしまった。

　買ったからには、レースをこの目で見ようと思った。

　ひどく混雑した会場の中で、観客たちが大声を上げてレースに夢中になっている。

（王都とは全然違うようね……ちょっと騒がしすぎるし）

　溜め息をつきつつも、ティアーナは目の前の光景に圧倒されていた。

　そして他の観客と一緒に、夢中になって走るドラゴンを眺めていた。

『ただいまのレース、一着、インフィニットブルー。二着、メテオアローとなりました。払い戻し金は窓口にて手続きをお願いします』

　拡声の魔道具によってひび割れ気味のアナウンスが場内に流れる。

　一斉にブーイングの声が上がった。一着確実と思われた竜が、突然降り出した雨によってできたぬかるみに足を取られて転倒していた。他の竜も状況に対応しきれず荒れに荒れたレース内容となったため、ほとんどの人間が外してしまったようだった。

「あ……勝った……？」

　だが、これといって何も考えずに券を買ったティアーナは、当たってしまった。

　銀貨一枚が、金貨十枚……つまり、千ディナが十万ディナとなって返ってくる万竜券だったのだ。

「おめでとうございます！」

「あっ、あ、ありがとう」

　おめでとうなんて声に出さないでよね、とティアーナは内心で競竜場の職員に毒づいた。

　スリでも現れたら……とティアーナは警戒し、大事に金貨を財布にしまう。そして、注目を浴びないようにそそくさとその場を去った。

　それ以来、ティアーナは競竜に夢中になった。

　就職活動の傍（かたわ）ら、レースのある日はすぐに競竜場に向かった。競竜場で仕事を探すという目的は消え去った。関係者になってしまうと券を買えなくなってしまうからだ。

　やがて就職活動をしても無駄だと諦め、レースのない日は競竜の研究にあてるようになった。

　出走する竜のデータを洗い出し、どんな竜がどんな状況で速く走るのか、入念に調べ始めた。

　ティアーナは幸福であり、そして不幸だった。

　幸福とはまず、ティアーナに知識があったことだ。ゲンかつぎや占いなどに頼らず、データを集めて推理し結論を弾き出す理性と才能があった。それゆえ、ほどほどに勝てた。

　借金をしてまで無（む）茶（ちゃ）な賭けをした挙げ句に娼（しょう）館（かん）に売られる……という結末を辿ることもなかった。

　そして不幸とは、ティアーナの博（ばく）打（ち）の強さが中途半端だったことだ。どんなに正しいと思われる結論を導き出したとしても、外れるときは外れるのがギャンブルだ。

　もうこりごりだ、ギャンブルなんてやるもんじゃない……という絶望が得られるほどには負けることがなく、かといって万竜券を掴（つか）んで億万長者になるということもなかった。

　むしろ少しずつ貯蓄が削られていった。

　そして、ようやく冷静になったときに「これはまずい」と気付いた。

「……家賃が払えない」

　ティアーナが選んだアパートは貴族が暮らすにしては質素だったが、決して最底辺の怪しい場所ではなかった。しっかり家賃を納めなければ追い出される。そして家賃の支払い予定日は、一週間後に迫っている。

　借金をすればなんとかなるが、手元にまとまった金があったときの自分の理性を信じられない。

　どんなことをしてでも稼ぐしかない、とティアーナは思った。

「こうなったら……冒険者にでもなるしか……」

　暗（あん）澹（たん）たる気分でティアーナは冒険者ギルドへと足を運んだ。これならば実力次第で稼げるし、学歴や生まれなど関係ない。

　だが問題があった。駆け出しの冒険者はパーティーを組まねばならないことだ。

　新人が一人だけで迷宮探索を行うのは禁止されていると冒険者ギルドの受付で言われてしまった。

「あなたと同じように冒険者志望の人はいますから、お探しになられてはいかがでしょう」

　受付の女性にそう言われて、ギルド内を見回す。確かにこのギルドの壁にはパーティー募集の張り紙が何枚も貼られていた。なるほど、と思いつつティアーナは張り紙の内容を吟味しようと思ったところで、すぐに冒険者の美形の男から声を掛けられた。

「なあ、あんた魔術師だろ？　俺たちと組まないか？」

　だがその瞬間ティアーナの目つきは険しくなり、人を殺さんばかりの威圧感を放ってしまった。

「……と思ったけど、悪い、そういえばウチのパーティーはいっぱいだったな。ごめんな！」

「えっ、あの、私もパーティーメンバーを……」

　募集しています、と言い切る前に男はそそくさと立ち去ってしまった。

　ティアーナは何も、不愉快になって睨んだわけではなかった。ただ明るい雰囲気の美形の男を見ると否（いや）応（おう）なく自分を陥れた人間を思い出してしまい、その警戒心が表情や佇（たたず）まいに現れていた。

　それさえなければパーティーメンバーを募集するなどなんの問題もなかったはずだ。

　それどころか新人同士で組む必要さえもなく、中堅どころのパーティーからのスカウトを待つ立場になっていたかもしれない。ティアーナの魔術の腕は本物だからだ。学校で学んだものとはいえ、師匠は実践を重んじる人だったために獣や下級の魔物を魔術で倒す訓練も積んでいた。戦闘能力に限ればそこらの新人冒険者などより遥（はる）かに腕が立つ。

　だがそんな強者の気配が漂う人間が警戒心をむき出しにして新人冒険者の仲間を募集したところで、逆に恐れられるだけだった。

　結果として、ティアーナは誰からも声を掛けられることがなかった。

　当然、パーティーを組むことさえできずに、冒険者ギルドの営業時間が終了して締め出された。

　冒険者ギルドから出ていく冒険者たちは、みんな、隣の酒場に向かった。

　なんとなくティアーナもその人の流れに逆らえずに酒場に入ってしまう。腹も空いていたことだし、ついでに飯を済ませようと考えた。

　ティアーナは店員に「一人だけです」と告げたことで、すでに他の客が座っているテーブル席に押し込められた。どうやらカウンターが一杯のようで、他の客と相席せざるをえないようだ。

　そこにいたのは、若い男だった。

　黒髪の身軽そうな男だ。皮（かわ）鎧（よろい）を着ているところを見ると軽戦士か斥候あたりだろう。

　この酒場にいるということは新人冒険者のはずだが、妙に凄（すご）みがある。何度となく使い込まれたであろう深緑色の皮鎧からは歴戦の戦士の風格が漂っていて、酒場のテーブル席に座る姿も妙に堂に入（い）っている。

　見た目からするとティアーナと同じくらいの年齢だろうが、恐らく何度も修羅場をくぐっている。

　彼の目の険しさがそれを物語っていた。

（怖い顔ね……まあ、私も人のことは言えないけど）

　気付けばティアーナが座るテーブル席には、追加で二人の冒険者が押し込められていた。

　一人は聖職者風の長身の男で、もう一人は珍しいことに竜人族の女だった。

　ティアーナは、きっと彼らも訳ありなのだろうと思った。

　だが、今の自分の方が訳ありだ。彼らに関わったところで助けられるわけでもないし、むしろ助けて欲しいのはこちらだ──そう思い、無視を決め込んだ。

　他のテーブルは新人冒険者たちが和（わ）気（き）藹（あい）々（あい）としている。

　ティアーナたちの座るテーブル席だけに、重苦しい沈黙があった。

　そんなテーブルに、ようやく店員が酒と料理を持ってきた。

　店員の「どうぞごゆっくり」という嘘くさい声に、誰も返事をしない。

　ティアーナは、ぬるいエールを一息に飲み干した。

　そして、今まで溜まりに溜まった苛（いら）々（いら）した気分が思わず声に出てしまった。

「「「「人間なんて信用できるか！」」」」