竜戦士/詐欺被害者/孤独の美食家カラン (2)

 暗い迷宮の中で、鮮烈な赤い光が走った。

らえ! 《りゅうざん》!」

 カランは、両手持ちの大剣をぐるりと大きく振り下ろした。超重量級の剣の振り下ろしは硬い外皮を持つ巨大クワガタ、シルバーシザースでさえも一刀両断する。

 しかも、ただの振り下ろしではなく、魔物の切断面は黒々と焼け焦げていた。

 火竜の加護を愛剣である竜骨剣にまとわせて焼き切る、カランの必殺技だった。

「さっすがカラン! すげえや!」

「S級ランクだって目じゃねえよ!」

「フフっ、そう褒めるナ」

 カランはそんなことを言いながらも、得意げに微笑んだ。

 カランを褒めそやす男二人は【ホワイトヘラン】の魔術師と神官で、カランと同じくカリオスの仲間であった。

 その二人は一刀両断されたシルバーシザースを素材にしようとナイフで解体を始めた。

 シルバーシザースの見た目は、体長一メートルほどの銀色のクワガタだ。直接攻撃であろうが魔術であろうが、半端な攻撃は一切通じない難敵である。

 だが、その分実入りは大きく、鉄のように硬く樹脂のように軽いハサミや外骨格は高価格で取引される。

 今、カランたちがいるダンジョン、ちゅうじゃせんどうはシルバーシザースなどの強敵がうろついてはいるが、十二分に稼げる場所として知られていた。

「……なぁ。素材のり、手伝わなくて良いのカ?」

「そういうのは下っ端がやるもんでさぁ。カランは休んでなって!」

「でも、ワタシばっかり休むのも……」

「なあに、カランの腕っ節があってこそだろ。カランがこれ以上活躍したら俺たちの仕事がなくなっちまうから、任せてくれよ」

【ホワイトヘラン】のメンバーがカランに言葉を返しながらも、手を止めずに解体を進めていた。

 頼りになる仲間だとカランは思った。だが、少しばかり不満もあった。

「……なあ、カリオス」

「良いじゃねえか、カラン。任せておけよ」

「デモ、少しくらいは手伝っても……」

「なあカラン。お前の気持ちはうれしいし、正しいぜ。だけどな、冒険者ってのは仲間を信用するもんだ。相手に仕事を任せるってのも大事なことなんだぜ?」

「う、ウン」

「それにお前、解体の仕方も知らないし、文字の読み書きも計算もあんまりできないだろう? そういうのはできるやつに任せときゃ良いんだよ。いつでも俺たちを頼れ。そうすりゃあんな詐欺に巻き込まれないで済む」

「それは、そうだけド……」

 カランは、懐に入れた白鳥のペンダントをぎゅっと握った。

 カリオスは、そんなカランの肩に優しく触れた。

「カラン。苦手なことは誰かに任せりゃ良い。得意なことで頑張りゃ良い。仲間を信じて、自分に任された仕事に集中するんだ。そうすりゃ、あっという間に俺たちは冒険者として有名になれる。あいつらは勇者だって、誰もが認めてくれる」

 そう言ってカリオスは、カランに雑用をまったくさせなかった。

 カランは、戦士として素晴らしい能力を持っている。

 恵まれた肉体と、そこにおごらず努力するひたむきさを持ち合わせ、駆け出し冒険者では手が出せないD級パーティー向けの迷宮を軽々と踏破した。

 だがそんな力があるからといって、まだ二十にも満たない自分が他人を顎で使うことが正しいとはカランには思えなかった。頼られることを嬉しく思いつつも、妙なもやもやがカランの中でくすぶっていた。だがその不安に襲われる度に、カリオスはカランを優しく慰めて励ましてくれた。

「下の階層は強い奴がいるんだ。頼りにしてるぜ、カラン」

「……ああ、任せロ!」

 カリオスに肩をたたかれて「頼りにしてるぜ」と言われた瞬間、カランの不安は吹き飛んだ。

 元々、難しいことを考えるよりも、一つのことに集中する性格だ。

 その方が、カランにとってはるかに楽なことだった。

「いいか、ここから下が最下層だ。ボスがいる。ポットスネークっつー強敵だ。知ってるか?」

「いや、知らなイ」

「人間よりもデカいつぼに潜んでる蛇だ。こいつ、警戒心が強くて壺の中に入って守りを固められると手が出せねえんだ」

「壺に隠れル……? 魔術とか使ってもダメなのカ?」

「ああ、壺自体が魔術をはじくのさ。けど壺を思い切りぶっ叩けば、ポットスネークは怒って出てくるんだ。叩いた奴を狙ってくるから、姿を出したタイミングで倒すぞ」

「……ってことは」

「悪いんだけどよ……ここは体を張ってくれねえか、カラン。もちろんバックアップはきっちりやるからよ。なあみんな!」

「おう、信じろ! 俺の魔術が火を噴くぜ!」

「回復は任せてもらいましょう」

【ホワイトヘラン】の魔術師と神官が威勢良く声を上げた。

 カランにとってこの二人も大事な仲間だった。

 仲間に信じろと言われたならば、難しいことを考えずに全力を尽くそうと思った。

「……よし、ワタシはやるゾ!」


 ちゅうじゃせんどうの最下層にいるボス、ポットスネーク。

 非常に厄介な敵だ。これを倒すことができる冒険者は畏敬の目で見られる。

【ホワイトヘラン】は、普段はD級冒険者向けの迷宮を狩り場にしている。彼らがC級迷宮のボス、ポットスネークに挑むのはやや無謀だ。

 硬い鱗を貫く攻撃力。素早い動きに食らいつく俊敏さ。猛毒に対する備え。そして、長丁場でも油断せず戦況を見極めるリーダーの指揮力。

 個人としてもパーティーとしても十分な能力がなければ倒せない。

「よし……カラン、打ち合わせ通りにな。《火竜斬》は最後まで温存しとけよ」

 しかし、必勝法と呼べるものがあった。

 それを知る者は少ないし、知ってなお使おうとする者はさらに少ない。

「任せロ、カリオス!」

 カランは、思い切り蛇が隠れている巨大な壺に体当たりして横倒しにした。

「シャアアアアー!」

 すると、蛇が怒りの形相で壺から飛び出てくる。

「よし、気をつけろよカラン!」

「オゥ!」

 こうするとポットスネークの狙いは壺を倒した相手、つまりカランに絞られ、真正面からカランを飲み込まんばかりに襲いかかってくる。

 カランは大剣を振り、蛇の攻撃を防ぐ。

 竜人族は人族よりも大きな腕力を持っており、成熟した竜人族の戦士ならばこの程度の蛇を倒すなど造作もない。戦士として成長過程にあるカランでも、十分にポットスネークの攻撃を弾き返せる。

「よし、援護だ!」

 カリオスの掛け声とともに、味方の魔術師が火炎魔術である《火球》を放った。

 カランだけに集中していた蛇の体に直撃する。

「シァアアア!」

 蛇はますます怒りの形相を深めて、冒険者たちをにらみつける。

 すると、不思議なことが起きた。

 蛇の体表が毒々しい緑色に輝き出したのだ。

「カリオス! なんだあれハ!?」

「威嚇してるだけだ! こっちはとどめを刺す準備をする! そのまま足止めを頼むぞ!」

「わ、わかったゾ!」

 妙な胸騒ぎを感じつつも、カランは蛇に立ち向かった。

 斬りつけても分厚いウロコに阻害され、大したダメージにはならない。

 事前の作戦では、カランがおとりとなって攻撃をらし、それを魔術師が援護する。そうして時間稼ぎをしている間に、神官がカリオスに支援魔術をかけて強化し、一気にカリオスの一撃で仕留める。

 そういう手はずだった。

「カリオス! まだカ!?」

 カランは声を掛けつつも振り返らなかった。

 信じていたのだ。

 カランが戦いに夢中になっている間、静かに後ろに下がっていく男たちのことを。

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