軽戦士/追放冒険者/詩人偏愛家《ドルオタ》のニック (4)

 次の日、ニックは言われた通りに公会堂にやってきてしまった。

 チケットなど捨ててしまえば良かったのに、ニックはどうしてもそれができなかった。

 久しぶりになんの思惑も悪意もなく接してくれる人と会話したという実感があり、チケットを捨てて約束を破ればその実感さえも捨ててしまうという気がした。

 だが、目の前に広がる光景に思わず面食らった。

「なんだよこの人混み……?」

 公会堂は都市から許可が与えられた商人たちが使用できる場所で、普段は閑静で清潔な場所だ。

 そのはずが、今はむさくるしい男たちが押し合いへし合いしている状態だった。祭りやのみの市でさえもここまでは混雑しない。

「何が始まるってんだよ……帰ろうかな」

 はぁ、とニックは疲れをにじませて溜め息をついた。こんな場所に居続けられる元気はない。

 ニックがもう帰ろうかと思ったとき、隣の男が目を丸くした様子で尋ねてきた。

「なんだぁお前、何も知らないで来たのか?」

「わ、悪いかよ」

「そりゃ悪いだろ。良いかお前、これから始まるのはな……」

 男がそう言いかけた瞬間、唐突に公会堂の照明が消えた。

「な、なんだ?」

 ニックは戸惑うが、男が「しっ、始まるぞ」と言ってニックを黙らせた。他の観客たちも声を漏らさないように静かにしている。かすかなざわめきさえもみ、完全な沈黙が降りたその瞬間。

「みんなー! 今日は集まってくれてありがとー!」

 突然、少女の大きな声が響き渡り、同時に熱を感じるほどの照明が公会堂の壇上を照らす。

 照らされた先に浮かび上がったのは、五人の少女の姿だった。

「うおおおおー!」

 それを目の当たりにした男たちが、戦場のどきのごとき蛮声を上げた。

 少女たちは全員、きらびやかな衣装を纏って大きく手を振っている。

「今日はジュエリープロの迷宮都市感謝祭だよ!」

「応援してくれる迷宮都市の人たちのために、みんな精一杯歌います!」

「新曲も用意しましたわ! おに立ち会えることを幸運に思うことね!」

「今日は全力で楽しんでいってくださいね!」

 五人の少女が、代わる代わる観客たちに言葉を投げかける。

 そして、ニックは気付いた。

「あっ、あの娘……」

 五人のうちの一人は、ニックにチケットを渡した深い紺色の髪の少女だった。

「アゲートちゃーん!」

 男共の声援に、紺色の髪の少女……アゲートと呼ばれた吟遊詩人アイドルが手を振り返す。

「それじゃあ一曲目、五人全員で歌います! みんなも当然知ってるよね? それはぁ……?」

 吟遊詩人アイドルが観客たちにわざとらしく問いかける。

 観客たちは仕込みもなく練習もしていないはずなのに、一斉に同じ答えを返した。

「『聖女の応援歌』!」

「はーい、その通り! それじゃあいっくよー!」

 ごうおんのごとき歓声が会場を揺さぶった。

 そしてそれを上回るかのように、拡声の魔道具によって増幅された歌声や楽器の音がニックの耳を襲う。

「す、すげえ……!」

 ニックはすさまじい音響、観客の激しい興奮、そして吟遊詩人アイドルたちの情熱に飲み込まれ、圧倒されていた。子供のようなきらきらとした目で、舞台で踊る少女たちの姿を見つめている。

「ああー♪ 旗をきらめかせー♪ 聖女は闇を振り払いー♪」

「オオー!」

 これが、吟遊詩人アイドルのライブだった。

 アゲートたちが必死に、一心不乱に歌い、踊っている。

 一曲目は明るく前向きな、まさに始まりに相応ふさわしい爽やかなメロディーの曲だった。五人全員がそれぞれのパートを歌い上げる、チームワークの良さが如実に表れている。

 そして二曲目から六曲目は、それぞれの少女がセンターに陣取って一曲ずつ歌い上げた。恐らく少女たちそれぞれにイメージカラーがあるのだろう。照明の色や観客の魔色灯サイリウムの色が曲ごとに変わっていく。

 曲の内容もそれぞれであった。農村で暮らすぼくとつとした人々の喜びを、郷愁を誘うメロディーと共に歌う曲もあれば、情熱的に燃えさかる刹那的な恋の曲もあった。アゲートの曲は意外なことに、失恋の曲であった。心変わりした恋人に別れを告げ、悲しみから立ち上がって旅立つという大人の切なさに満ちた曲だ。歌うアゲートの姿にニックと会話したときの純朴さはなく、あでやかさと切なさが同居する、大人の女の魅力が確かにそこにあった。このときニックは、心をつかまれるような衝撃を覚えた。

 最後の曲は、希望がテーマだった。一曲目は旅立ちを応援する歌であったが、今回の曲は夢破れて現実の冷たさにくじけそうになった人間に手を差し伸べるという歌詞の、優しさにあふれた曲だ。一曲目と同様、少女たち全員によるコーラスであり、それは魅力的でありながらも神々しくニックには感じられた。特に、高らかに歌い上げるアゲートはひどく美しかった。

 ニックの頭の中で、昨日の言葉が繰り返される。

吟遊詩人アイドルは人を元気にしたり、勇気付けるのが仕事なんです!』

 聞き流していた綺麗事は、まぎれもない事実だった。

 今こうして、多くの人間が吟遊詩人アイドルに感動をもらっている。

 ニックに話しかけてきた隣の男も、リズムに合わせて魔色灯サイリウムを振ったり合いの手を入れたり、思うがままに楽しんでいる。誰もが、今を生きる希望をもらっている。

 そしてニックもまたその熱狂の渦に、喜々として飛び込んだ。

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