第8話 【リクエスト企画】不法投棄物を拾ってみた

 俺はパソコンを開き、ある実況者の動画を探した。

 毎日決められた時間に投稿されているので、そろそろ視聴出来るかと思ったが、新しい動画は見つからなかった。

 俺は最新動画が上がるまでの間に、この実況者を追うようになったきっかけの動画を見ることにした。動画はすぐに見つかり、『【リクエスト企画】不法投棄物を拾ってみた』と表示された動画をクリックする。


「はーい、どうも〜。〇✖︎男です! 今日はリクエスト企画により、不法投棄現場で生配信してまーす」


 スマホで撮っているらしいツナギを着ている実況者は軍手をはめた手でピースをしながら話している。彼の背景には不法投棄の山がいくつも出来ており、はたから見れば清掃活動を記録しているように見える。


「今回の趣旨は不法投棄された物をいくつか持って帰って、どんな物か調べたり再利用出来ないか挑戦する動画になります。今日は材料集めとして、生配信で皆さんにお届けしまーす」


 そう言うと、彼は足元に落ちていた火バサミとゴミ袋を拾って不法投棄現場を漁り始めた。

 火バサミでゴミを掻き分けていき、興味のある物を見つけると拾ってコメントをしていた。


「お、これ懐かしい〜。私が子供の頃に流行っていたオモチャですよ。スイッチを入れるとバタバタと動き回るんですけど、電池がボロボロになって動きませんね」


 彼はスマホにオモチャを見せながら言うと、これは直せるかもとゴミ袋へ放り投げた。

 そんな作業を何度も繰り返しているうちに、彼は驚いた声を上げた。


「うわ、これヤバくないですか? 見てくださいよ!」


 彼は手でゴミの中を漁ったかと思うと、一つの缶詰を取り出した。雨風に当たったせいかラベルはほとんど剥がれ落ち、微かに残っている部分も色褪せしている。


「缶詰ですね、しかも未開封! ん〜、見たところ缶が破れている形跡はないですね」


 彼は缶詰を手の中で転がしながら、破損がないことを確認する。


「えーっと『〰〰のミ』って書いているのかな? 商品名がかろうじて読めるだけで、何なのか分かりませんね!」


 全く中身が分からない缶詰に彼は実況者として面白いネタが降ってきたと思ったのだろう。すぐに笑顔を作って宣言した。


「決めました! これを持って帰って開封します! そして、可能であれば食レポをします!」


 カチリ、と俺は動画を停止させて缶詰を持って笑う彼を止める。その動画から次の動画を見つけて再生を始めた。


「はーい、どうも〜。〇✖︎男です! 今日は前回生配信で入手した不法投棄物を調べて見ようと思──」


 彼がそう言い終わる前に俺はシークバーを動かす。何度も観て覚えている時間まで動かすと、彼の前にあの缶詰が置かれていた。


「はい。では最後は謎の缶詰! 私も中身が気になって仕方がなかったんですよね〜。パンパンに膨れてないから、普通に開けても大丈夫でしょう」


 彼は缶切りを取り出して缶詰に突き立てた。キコキコと音を立てて缶のほとんどを切っていき、ゆっくりと蓋を持ち上げた。


「中身は茶色い液に入ってますね。これはお肉でしょうか?」


 彼は缶切りを置いて箸に持ち変えると中身を摘んで肉らしい物体を持ち上げる。一口大に切られた肉らしきものは、箸で押すと肉汁がボタボタと落ちていく。


「臭いはくさくないですね。ちょっと和風だしのような匂いがします。煮物でしょうか? ちょっと食べてみますね。いただきま〜す」


 彼は鼻を近付けて腐っていないことを確認すると、摘んでいたお肉を口の中に放り込んだ。

 何度も咀嚼して呑み込むが、彼は何のリアクションも起こさない。

 いつもの彼ならば口に入れてすぐに感想を言うのだが、無言のままでいた。

 しかし、次に彼は缶詰を掴んだかと思うと、流し込むように中身を貪り始めた。

 まるで何日も食べていなかったかのように食べ続け、肉を浸していた汁までも飲み干した。

 勢いよく机に置いた缶詰は、乾いた音をたてて中身がない事を知らせてくれた。


「なんだよ、これ。今まで食べてきた中で1番美味いじゃん。もう無いの?」


 彼はジッと空になった缶詰を見つめた。


「すっごく美味しかった。また食べたい……。

皆さん、コレが何の缶詰か教えてくれませんか?」


 彼は缶詰を目の前に掲げると、視聴者によく見えるようにした。ボロボロになったラベルでは何が印刷されているのか検討もつかない。


「皆さん、どうかお願いします‼︎」


 彼は机に頭を付けてお願いした。そこで動画は終わり、次の動画のサムネイルが表示される。そこには彼が例の缶詰を探す動画が並んでいた。

 缶詰が欲しいと終始懇願する動画。視聴者の情報で缶詰を手に入れたと喜ぶが、例の缶詰ではなかったらしく中身をぶち撒けて情報提供者を罵る動画。

 缶詰を食べた後の動画は全て缶詰に関する動画になっていた。

 ピコン。

 パソコンに通知が届き、彼の動画が投稿されたと知らせてくれた。

 俺はその通知をクリックすると、『【求む】例の缶詰探してます。Part49』の動画に移動した。

 動画には彼が映っていたが、頬は痩けて覇気のない顔をしていた。


「皆さん、缶詰を知りませんか? 些細な事でもいいんです、情報をください」


 彼は挨拶も無しにボソボソと話して頭を下げる。しかし、ゆっくりと顔を上げたかと思うと、カメラを掴んで至近距離で怒りを露わにする。


「情報を寄越せって言ってんだよ‼︎ いや、情報じゃなくていい、缶詰だ。あの缶詰を寄越せ‼︎ もう何を食べても不味く感じるんだ‼︎ お前ら、本当は知っているんだろ? アレが美味しいのを知っているから、俺に教えないんだろう? 頼むから、俺にも食べさせてくれよぅ……」


 彼は唾を吐きながら怒鳴っていたが段々と威勢がなくなり、やがて子供のように泣き出した。

 俺は動画を切って、パソコンを閉じた。

 彼──、俺の友達はまだ生きていた。それを喜ぶべきかは分からない。

 生配信をした日、撮影係として呼ばれた俺はあの時缶詰を拾わせた事を後悔している。

 何度も彼の元へ行き、缶詰を諦めるよう説得したが、邪魔者扱いをされて会うことが出来なくなってしまった。

 だから俺は、こうして毎日彼の動画が投稿しているか確認している。

 投稿されなかったその時は、俺が出来る最善策を実行するつもりだ。


終わり

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