第18話 不自由な体
目を覚ますと私はまず瞼が開いたことに安堵した。次は腕を動かしてゆっくりと上半身を起こす。
布団をまくりその場に立ち上がると自分の部屋から出た。
大丈夫だとは思うけど、壁をつたってリビングへ歩いて行く。
リビングには母が朝食を机の上に並べていた。
「 、 」
『おはよう、母さん』と口を動かしたのに、声が全く出てこない。喉を押さえて声を出そうとするけど、口から言葉が出なかった。
私に気づいた母親が様子のおかしい私を見てすぐに駆け寄った。
「どうしたの? どこか調子が悪いの?」
心配する母に私は喉を摩りながら、口を開閉して必死に声が出ない事を訴える。
「……今日は声が出ないのね?」
母の言葉に何度も頷く。
「とりあえず食事をしましょう。食べ終わったらお父さんの所へ行きましょうね」
母に背中を摩られながら、私は自分の席に座らせられる。
私は用意された朝食を食べ始め、母は一冊のノートを取り出して今日の日付と私の状況を記録する。
***
3月10日 両足が動かない
3月11日 目蓋が開かない
3月12日 文字が書けない
3月13日 物の認識が出来ない
3月14日 食べられない
3月15日 喋られない
***
ある日を境に私の体に不調が訪れた。体がダルいとか頭が痛いなどの原因なら分かるが、日毎に原因が違う。
医者の父に診てもらうが原因不明。その日に起こる不調以外は体に異常はない。
今日も母に連れられて父が院長を務める病院へ行き、父に症状を診てもらった。
「……特に異常はないな。他に何か不調はないか?」
父の言葉に私は首を横に振る。
「そうか、家で大人しくしていなさい。何かあったらすぐに知らせるんだぞ」
父は私の不調の連絡が来ると他の患者の診察や大事な仕事を後回しにして私を診てくれる。
私のせいで父の仕事の邪魔をしているのに罪悪感を感じた。
『いつもごめんなさい。父さん』
私はメモとペンを使って父に謝罪した。そんな私を父は目を細めて、優しく頭を撫でた。
「子供の心配をするのは親として当然だろう?」
「そうよ。あなたが健康になることが一番なんだから」
そう言って母が私を抱きしめた。不自由な体の私に両親は不満や文句を言ったことは一度もない。2人の子供に生まれて本当に良かったと思いながら静かに涙を流した。
再び母に連れられて家に戻った私は、昼食を食べた後、自室で勉強に励んだ。
両親の為にこの体でも働けるように通信制の学校に通い、良い職場に行けるように勉強している。
出来れば父の跡を継ぎたいと思っているけど、この体が完治しないとそれは出来ない。
自分でも知識をつけて体の不調を解明する理由も込めてシャーペンをノートに走らせる。
数時間勉強した後、母の作った夕食を食べてお風呂に入って自室で寛いだ。
いつもだったら母と談笑しているのだが、今日は喋れないので大人しく自室で過ごすことにした。
スマホでネットサーフィンをしてゴロゴロしていると、眠気が襲って来ていつの間にか眠ってしまった。
「起きなさい、ここで寝たら風邪をひくぞ」
父の声に私は体を起こすと帰ってきた父を見上げて、『おかえりなさい』と口を動かした。
「ただいま、ほら布団に入って寝なさい」
私の口の動きを見て父が私を寝るように促すのを見て、私は頷いて布団に入った。
父は毎日私の様子を見に来て、私が眠りに着くまで側にいてくれる。
「おやすみなさい」
父が優しい笑みを見ながら私は眠りについた。
……腕に微かな痛みを感じたが、それを無視して。
終わり
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