第14話 不審者

 まただ。また、あいつがいる。

 私はうんざりした気分で数メートル先に立つ人物を見る。

 電柱の側に1人の男が立っており、黒いコートを目深に被り、俯いている。

 私はすぐに側を通り過ぎる。男が何かをしてくるわけでもない。その場で立ち尽くしているだけだ。

 ただ、気味が悪くて私が後ろを振り向くとコートの人はこちらを向いているのだ。影で顔はよく見えないけど、ジィッと睨む視線を感じて私は足早に立ち去る。

 これが私の日課となっていた。今は何もしてこないが、いつ襲われるのではないかと気が気でない。

 学校に到着した私は、自分の机に体を預けて深い溜め息をつく。


「どうしたの? 朝から溜め息をついて」


 私の頭を撫でながら親友が声を掛けてきた。


「聞いてよ〜。また例の男がいたんだよ」

「げっ、また? 何もされなかった?」

「うん。いつものようにその場に立ってジッとこっちを見ているだけだよ」

「何なんだろうね、そいつ。でも、そんな目立つ不審者がいるのなら、学校側にも連絡があると思うけど」

「そうだよね。も〜、通学する度に嫌な気分になるのは嫌!」

「それなら、私も付いていくよ。その男がいたらガツンと言ってやる」

「え! いいの?」

「うん、私に任せなさい」


 ドンっと胸を叩いて宣言する親友がとても心強かった。


「1人で通るのは辛かったから、本当に助かる! 早速明日お願いしていいかな?」

「もちろん! 大船に乗ったつもりでいてね」


 親友の言葉が嬉しくなり、私は彼女に抱きついた。

 ……昨日の感動を返してほしい。今の私はそれしか考えていなかった。

 約束をした次の日、いくら待っても友人が来ないのだ。何度も連絡を掛けても繋がらない。このまま待っていたら、私が遅刻してしまう。

 仕方なく私は1人であの男のいる通りを進むことにした。

 今日も例の場所にあの男がいたが、変化があった。あの男の隣に親友が立っていたのだ。

 そっか、親友は先に男に注意をしていたんだ。それに夢中になって、私の連絡を聞いていなかったに違いない。

 私は親友の側に行き、肩を掴んで声を掛けようとした。

「おはよ──」


 しかし親友は私の挨拶の途中で思いっきり突き飛ばしたのだ。

 何が起こったか分からない私は盛大に転び、突き飛ばした親友を見た。

 何でこんな事をするのかと文句を言う口が硬直する。

 親友は怖い形相で首を激しく横に振り、学校へ行くよう指差していた。

 親友の尋常ではない態度に、私は体が痛いのを忘れて慌てて学校へ向かった。きっと友人は男に脅されているに違いない。

 私はすぐに学校の先生に親友が不審者に襲われていると伝えた。

 学校の先生を引き連れて、私はあの道に辿り着いた。まだ男と親友が立っている。


「先生! あそこにいます! 早く助けてください‼︎」

「……お前、何を言っている。そこには誰もいないぞ」


 私が2人を指差して必死に伝えるが、先生は首を傾げるだけだった。


「先生こそ何いってるんですか! すぐそこにいるじゃないですか⁉︎」


 私がそう叫ぶと、先生のスマホから着信音が鳴った。

 先生はスマホに出て数度言葉を交わすと、着信を切って私を哀れな顔で見ていた。


「先生……?」

「お前、アイツと仲が良かったよな。今、学校から連絡があって、一時間前に交通事故に遭って亡くなったらしい」

「……え?」


 私はバッと親友と男を見た。

 男はただこちらをジッと見ていて、親友は涙を流しながら男を指差し首を横に振っていた。

 そうか、あの男は不審者じゃないんだ。視えても声を掛けてはダメな存在だったんだ。

 それを理解したと同時に私はとんでもないことをしてしまったことに気付いて、その場で絶叫した。

 親友は私を見てただ静かに泣き、男はいまだに私を見ていた。


終わり

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