第12話 向日葵
これは私が実家に帰省した時の話だ。
生憎の雨で視界が悪く、通い慣れた道だけど事故を起こさないように運転していた。
降り続ける雨で景色は溶けたようにぼんやりしていて、違う場所に向かっているかのように思えた。
田舎にある実家は一軒一軒離れている為、ぽつんと建つ黒い瓦屋根の家に駐車した。
駐車場所から少し歩いた所に実家があるので、私は荷物を抱えて傘を差して歩き出した。
重い荷物と傘を持っているせいで、周囲が見えていなかった。数歩歩いたところで私を上から覗き込む影が見えた。
「うわっ! ……なんだ、ビックリした」
驚いた私は声を上げて影へ視線を向ける。多少顔に雨が掛かったが、影の正体を知ると大きく息を吐いて力を抜いた。
私を見下ろしていたのは一本の向日葵だった。花は散り種だけとなった頭をこちらに向けていた。
よく見るとその向日葵の隣にも向日葵がいくつも並んでいた。おそらく母が植えたのだろう。
並ぶ向日葵は背は高いが、茎が細く花もそんなに大きくない。しかし、私を見下ろす向日葵だけが茎も倍以上太く、ぎっしりと種の詰まっている花の部分も私の顔を覆うほどだった。
「いやー、これだけ立派なのは久しぶりに見たな」
子供の頃に育てた向日葵を思い出して、私はそう呟いた。
くしゅん、と一つくしゃみが出た。雨に当たって体が冷えたらしい。
私は荷物を抱え直すと、向日葵が並ぶ道を歩いて実家へ向かった。
向日葵列の最後の一本が私を見下ろすように影を作る。
ああ、まだ大きいのがあったんだ。
私はそう考えるだけですぐに実家へ入って行った。
音を立てて玄関の扉を開けると、音に反応して母が出迎えてくれた。
「お帰りなさい。あら、服が濡れているじゃない」
「ただいま。今、雨風が酷くってね。荷物を濡れないようにしていたら自分が濡れちゃった」
私は靴を脱いで荷物を置くと、母に笑って答える。
「お風呂が沸いているから、入って来なさい。そのままだと風邪をひくわ」
「うん。そうする」
母に言われるまま私は荷物から着替えを取り出して、風呂で冷えた体を温めた。
体を綺麗にしてさっぱりした私はタオルで頭を拭きながらリビングへ向かう。リビングでは母が座ってテレビを見ていた。
「あ〜、さっぱりした」
「じゃあ、次は私が入ろうかしら」
「うん。そう言えば、向日葵の列凄いね」
「ああ、父さんが大きい向日葵が見たいって言うから植えたのよ」
「そうなんだ。全体的に大きかったけど、家の側と真ん中に咲いているのが特に大きかったね」
「え? 何を言っているの?」
私が先程の向日葵の列を思い出していると、母は首を傾げた。
「群を抜いて大きかったのは真ん中の向日葵だけよ。あれだけ先に植えたから大きくなって、他は同じくらいよ」
「え、でも玄関前の向日葵も大きかったよ?」
「そう言うなら、確認すればいいわ」
母はカーテンを閉めている窓を指差した。この窓から玄関から通り道が見えるので向日葵の列を確認出来る。
私はカーテンを開いて外を見た。
……母の言う通り、背の高い向日葵は真ん中にある向日葵だけだった。
じゃあ、玄関前で私を見下ろした影は何だったんだ?
そう考えて恐ろしくなった私は、カーテンを閉めてそれ以降向日葵の話をしなかった。
終わり
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