第6話 鍵
ピンポーン。
部屋のインターホンが鳴る音がして、私は重い体をゆっくりと起こした。体調が悪くて仕事を休んだおかげか、ようやく痛みが和らいだ頭を軽く手で押さえる。
ピンポーン。
もう一度インターホンが鳴る。
いつもなら返事をして玄関へ行くのだが、今は声を出すのが億劫でそのままゆっくりと玄関へ向かう。
宅配でも来たのだろうか? 最近はネット通販をしていないから、親からの仕送りかな?
そう考えながら玄関に辿り着いた私は、玄関のチェーンロックを外そうとした。
カチャリ。
「……え?」
私はチェーンロックを外さずに手を離すと、ドアノブの鍵が開いていた。そしてドアノブはゆっくりと回り、音を立ててドアが開いた。
鈍い音を立てたドアは僅かな隙間を作るが、チェーンロックのおかげでこれ以上開く事はない。
突然の事で固まっている私に、ドア越しから悪態をつける声が聞こえる。
「くそ、中に誰かいるのかよ」
その声に聞き覚えはない。恐くなった私は警察を呼ぼうとベッドにあるスマホを取りに行こうと後退りをした。
しかし、それより先に僅かに開いた隙間から男の顔がこちらを覗き込み、ばっちり視線が合ってしまった。
「やべっ」
男はそう呟くと、乱暴にドアを閉めて慌てて立ち去る音が聞こえた。
しばらく呆然としていた私だが、正気を取り戻すと鍵をかけ直して部屋に戻り、警察へ連絡をする。
私の通報で10分後に警官が到着し、事件の経緯と侵入しようとした男の特徴を説明した。
そしてすぐにアパートの管理人に連絡をして、鍵を変えてもらうようお願いをした。
管理人もすぐに対応してくれて、その日の内に鍵を替えてもらえた。
それから数日後、仕事をしていた私の元に警察から連絡があった。
あの時、侵入しようとしていた男を捕まえたらしい。
警官が近所のパトロールをしていると挙動不審の男を見つけ、職質をしたところ彼のポケットから鍵束を見つけたという。
その中に解錠された私の部屋の鍵番号と同じ鍵を見つけたので警官が問い詰めたところ、あの日侵入しようとしたのを認めたそうだ。
私は警察署へ行き、担当の警官から一枚の写真を渡される。
……その男は間違いなく、あの時ドアの隙間から視線が合った者だった。
「この男で間違いないですか?」
「は、はい。間違いありません。あの、この男はどうやって私の部屋の鍵を入手したのですか?」
私は警官の質問に小さく頷くと、男が鍵を持っていた理由を尋ねた。すると、警官は少し困った顔をしながら説明をする。
「それが、加害者がおかしな事を言うんですよ。我々はてっきり誰かから貴女の部屋の鍵のスペアを手に入れたか、鍵番号を入手して鍵を複製したと考えていたんです。しかし、男は鍵は扉に貼り付けてあったと言っているんです。失礼ですが、合鍵をそんな風に扱っていますか?」
警官の言葉に私は首を横に振った。合鍵は遠方に住んでいる母親に渡している物しかない。
「そうですか。男は他の鍵も同じように扉に貼り付けてあり、その鍵を使って扉を開けて窃盗を働いていたと吐いているんです」
余罪が出そうですね、と呟く警官の言葉に、私は薄寒いものを感じた。
もし、男の言葉が本当なら、勝手に他人の家の鍵を複製して扉に貼り付けている人がいる?
でも、男が苦し紛れに言った嘘かもしれない。鍵の入手方法を警察に知られたくないだけだ。
そう考え直した私は、警官と今回の事件のやり取りをしてから警察署を後にした。
今日は突然の警察の呼び出しで有給を取った為、私はいつもより早い時間にアパートへ辿り着いた。
ドアを開ける為に鍵を取り出し、自分の部屋の前まで来た時だった。
ジャラッと私は持っていた鍵を落とした。
……ドアには一つの鍵がセロテープで貼られていた。その鍵番号は私が今持っている鍵と同じ物だった。
私はこの事を警察と管理人に報告すると、すぐにアパートから引っ越してセキュリティ万全のマンションで過ごしている。
それからは部屋のドアに鍵が貼られる事は無かった。
終わり
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