第16話 白い部屋

 目が覚めると私は見知らぬ部屋にいた。いや、空間と言った方が正しいかもしれない。

 最初に見えたのは電灯もない白い天井。体を起こして辺りを見回しても全て白い壁や床に囲まれている。どこにも窓や扉もない。まるで白い箱の中に閉じ込められたようだった。

 私は慌てて立ち上がって1番近くの壁を触った。ツルツルとした感触で軽く叩くとコンコン、と音をたてた。

 その壁は端から私の歩幅で10歩ほど歩くと別の壁にぶつかった。その壁の触れる範囲で何か手掛かりはないか触っていくが変わった所は見当たらない。

 他の壁も同じように調べていくと、部屋の一辺だけ遠くにあるようで触れなかった。

 同じ色である為どこまでが端なのか分からず、他に手掛かりもないので部屋の端まで歩くことにした。

 そんなに広くないだろうと思ったが、とんでもなかった。

 いくら歩いても一向に部屋の端に辿り着かないのだ。

 その頃になって私は時間を確認しようとポケットを探るが、スマホも財布も見つからなかった。

 ただ、小さなカッターナイフだけが入っていた。

 カッターナイフに見覚えはない。そもそも、自分は何でこんな場所にいるんだ?

 ここで目を覚ます前の記憶で新しいのは、確か部長と飲みに行ってベロベロに酔っ払っていたことだ。

 その記憶を最後にここにいる事が理解出来ない。飲みに行った後、私はどうしてここに来たんだ? 私は何でここにいるんだ? 私は何の為にここにいるんだ?

 そんな疑問が頭で埋め尽くされて怖くなった私は走り出した。一直線しかない白い部屋をひたすら走るが突き当たりが見えない。

 このまま出られないかもしれない恐怖に叫び声を上げて走る俺に変化が訪れた。

 足元の感触が急に柔らかくなり、片足がくるぶしまで沈んだのだ。

 突然の事でバランスを崩した私は前のめりに倒れ込む。幸い、倒れた先も柔らかく出来ていた為体全体が地面に埋まるが怪我をする事はなかった。

 まるでゴム風船のような柔らかい地面に私は倒れたまま困惑する。

 少し顔を上げて先を見るが、変わらず白い部屋が続いている。

 ゆっくりと体を起こす為に掴んだ床が僅かに伸びた事に気が付いた。

 掴んでいた手を離すと床は元の形に戻ってしまった。

 私はまさかと思い、壁に触れて思いっきり引っ張る。

 すると床も同じように壁がゴムのように伸びた。

 俺が転けた先からはゴムで出来ているようだった。もしかしたらの希望を持って、私はポケットに入っていたカッターナイフを取り出して伸ばした壁に突き立てた。

 パァン‼︎

 壁に穴が開いたと思ったら、鼓膜が破れそうな破裂音と風圧で尻餅をついた。

 どうやら壁が破裂してなくなったらしい。


「や、やった。これで外に──」


 私は前に進んだ事が嬉しくて、すぐに顔を上げた。

 そこで見たのは大きな目だった。50㎝くらいの大きな目をつけた怪物がこちらを見ていた。

 体は私と同じくらいの170㎝くらいだが、その3分の2が大きな顔でその下に小さな体が付いていた。その顔に付いている大きな目がこちらを見ている。

 しかもそれが1人だけではなく、私を囲うように何人も見ていた。

 ヒュッと息が止まりそうになり、必死に息をしようと息を吐く。

 しかし、今度は息を吸う事が出来ず息を吐き出す事しか出来ない。

 私は首に手を当てて必死に引っ掻く。その場で横になり息苦しくて滲む視界にはあの化け物達がこちらを見ている。


「た、けて……。死に、た、ない……」


 無理だと分かっていてもその化け物達に手を伸ばすが、すぐに私の意識はなくなってしまった。


***


 ハッと目を覚ますと私は自室の布団で寝ていた。

 あれは嫌な夢だったのかと思い、スマホを持ち時間を確認する。


「……あれ?」


 しかしスマホは反応しない。どうやら電池切れのようだ。

 私はスマホを充電器に差し込み、時間を置いてから起動させる。


「……は?」


 そこに表示された日付は最後に覚えている日から1ヶ月経っていた。

 私は慌ててスマホを確認すると、会社や家族からいくつもの電話やLINEが届いていた。

 何がどうなっているんだ?

 私が疑問に思っていると、スマホに着信が届いた。その相手は母からだ。

 私は恐る恐る電話に出た。


「……もしもし」

「あんた、生きてたのね‼︎」


 私が出ると同時に母の悲痛な声が聞こえた。


「今、どこにいるの⁉︎」

「今はアパートにいるけど……」

「すぐにそっちに行くから待ってなさい‼︎」


 母はそう電話を切ると、数十分後に母が乱暴に扉を開けて部屋の中に入って来た。

 そして私を見つけると、大きく目を見開いて俺を力強く抱き締めた。


「か、母さん?」

「どこいってたのよ、あんた。心配したんだから……」


 嗚咽を漏らしながら泣いている母を安心させる為に、私はその背中を優しく撫でた。

 母から話を聞いた話だと私が無断欠勤したことが会社から連絡があったらしい。会社と母で私のスマホに連絡を入れたが繋がらず、1人で暮らしているアパートに訪ねても居なかったという。


「てっきり失踪か何か事件に巻き込まれたのかと思ったわ。……生きてて良かった」

「心配かけてごめん。私もどこに居たのか分からないんだ」


 私はアパートに戻る前の出来事を母に話した。全てを話した後、母の顔を見ると何とも言えない表情を浮かべ、私の手を引いた。

 そして私は今、白い部屋に閉じ込められている。

 今度は場所が分かる。ここは精神病院だ。私を狂人だと判断した母がこの病院に入れたのだ。

 最初は看護師や医者に私は正常だ、実際に体験した出来事なんだと訴えたが、戯言だと取り合ってくれなかった。

 私は今すぐにでもこの部屋から出たくてたまらない。

 ここはあの場所を思い出す要因になるし、看護師達の監視の目があの化け物に見えてしまう。

 ……ああ、私は狂ったのかもしれない。

 看護師達とは別の視線を感じる。その視線の相手は分かっている、あの化け物だ。

 もしかしたら、私は戻されるのか?

 化け物に監視されるあの白い部屋に……。


終わり

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