‐金曜日、悪魔の真の姿、UFO公園での出来事、骰子の目は五(3)‐

 ユウナはそこまで捲し立てると、風邪をひいているマコト以上にぜいぜいと息をらした。


『世界の崩壊? 世界の救済? それを同時に成し遂げるのは神様でも無理だし、七日ってのが既に本歌取ほんかどりだね。いい加減にしろって感じ』


『それにリリスって何よ! アニメでしか知らないけど』


『神様がアダムに最初に与えた妻だ、創世記そうせいきにこうある、神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女にかたどって創造された人間じゃないって部分は聖書ではイザヤ書だったかな、山羊の魔神はその友を呼びリリスは、そこに休息を求め休む所を見つける』


『マコトは何でも知っているのね』


『それについてはユダヤの文献のほうがもっと詳しく書いてるよ。アダムの最初の妻となるはずであったリリスは、アダムと対等に扱われることを要求して、同じ土から造られたのだから平等だと主張しアダムと口論した』


『ん? リリスはやはり人間じゃないの? だって土から作られたのでしょう?』


『うーん、人間でない証拠はここかな、やはりユダヤの文献だけど、アダムが神様にリリスを取り戻すように頼むと三人の天使がつかわされた、そしてリリスを紅海こうかいで見つけるんだけど「逃げたままだと毎日子供たちを百人を殺す」と天使たちは脅迫きょうはくしたが、リリスはアダムのところに戻ることを拒絶した。なのでリリスを海に沈めようとすると、リリスは天使たちに答え、「わたしは生まれてくる子どもを苦しめる者だ」、でも「三人の天使たちの名の記された護符ごふを目にした時には、子どもに危害を加えないでやろう」と約束した。ほらね、人間にこんな事ができるわけがない』


『こうやってみるとリリスってまるっきりの悪魔ね! こんなのと私を比較ひかくしてそう呼んだの? シムルグって本当に失礼な奴、それにわたしに送ってきたメールとほとんど同じじゃない!』


『そういえば鳥の王からメールが来てたんじゃ?』


 これ以上、平時ならともかく体調不良でユウナの愚痴ぐちに付き合うのは肉体的にきついものがあったので、マコトは話を切り上げることにした。


『それが訳の分からない詩なのよ、さっきの話とそっくりな。一旦LINE通話切ってメール転送するね、じゃお休み』


『お休みユウナ』


 直ぐにユウナから「fw:リリスへ」の題で着信があった、早速リリス呼ばわりか。余程よほどユウナに恨みがあると見える。メールの内容はこうだった。


乳香にゅうこう没薬もつやくきんが贈られ

世界はあがなわれたかに思われた

だが太古から子供を殺す鬼女きじょ

子を食らう鬼女が

救い主をも狙っていた

賢しくも聖母は三人の天使

セノイ

サンセノイ

セマンゲロフ

各々の名の記された

護符を用意していた

生き延びた救い主は

磔刑たっけいに処されるが

復活し世界を救う

だが鬼女リリスは

虎視眈々こしたんたんとその時を狙い

今も爪をいでいる

リリスよ

お前の恨みはアダムにのみ

向けられたものではないはずだ

神と一たる救い主を

滅することで

神に対する復讐を

成し遂げることが

出来るとでも思っているのか?

お前には何一つ

出来やしない

何一つだ、出来はしない

お前は力を失った

神から与えられた力を失った

傲慢ごうまん故に

慢心まんしん故に

享楽きょうらく故に

怠惰たいだ故に

諸々もろもろの罪故に失った

それはもう取り返せないだろう

お前は地上で身を売り

いつか神と一つになることを望むだろう

なぜならお前は土くれではなく

神の一部なのだから


 終盤からグノーシスに入れ替わっているな、これ。

 シムルグは救いの山の話をしていた。武井マコト以上にグノーシスに興味、関心のある人物? いったい誰だろう。

 時刻は零時を過ぎ曜日は土曜日に変っていた。



 相模原の山中に分校などない。


「世界は美しいかい? マコト君」


 美丈夫のメフィストフェレスがケタケタと嗤いながら、ベッドに横たわることしかできないぼくを覗き込んでいた。


「今のところは美しくないね、お前が決めるわけでもないと先ほど言ったはずだ」


「残念、少しは君の考えが変わってないか確かめるために確認に来たのだが」


「て、ことは此処ここは夢の中だ。ぼくはもう眠っている」


「明日は登校日だろう? 学校に行けるように願っているよ、テストは月曜からだしな」


「うちの学校のスケジュールまでよく御存知ごぞんじだな」


「悪魔は何でも知っている」


「鳥の王シムルグの正体も?」


「それはトップシークレット、お休みマコト」


 メフィストはがっしりとした指を揃えて、マコトの閉じた目の上を撫でるとあの黒っぽい物質が閉じた瞼の上にアイシャドウのように着いた。

 またそれがぺりぺりと自動的に剥がれて消えていき、今度こそマコトの意識も完全に漆黒に沈んでいった。




「マコト、体温計。計りなさい」


 朝、マコトがまだ眠い目を擦ってるうちに母親が腋下式の電子体温計を突き付けてきた。

 だらだらとわきに挟むと直ぐに音がして熱が判明した。

 37.2℃。なんとか学校には行けそうだ。


「ここまで下がって良かったじゃない。母さん街に用があるからその時送ってあげる、二時間目からだけど出席しなさいよ」


 折角の梅雨の晴れ間なのに、問答無用でカブには乗せてくれそうになかった。


「ふぁ~い」


 マコトは気の抜けた声で返事をして、寝間着のまま台所に下りてきた。


「おはようマコト」


 営林所へ出かける前の父に出会うのも珍しい、まだ七時前ということだ。朝食はパン粥に卵だった。


「きちんと薬を飲むのよ」


 母は釘を刺した。


「解かってるよ、ぼくだって早く風邪治したいし」


 そんなことより風呂に入りたい、まだ熱が完全に下がりきる前に入浴するなと医師に言われていたのだ。

 一応電子レンジで蒸しタオルを作って拭ける範囲を拭いたが、洗いたかったのは髪だった。

 朝食を済ますとカラフルな抗生物質こうせいぶっしつ解熱剤げねつざいを水で嚥下えんげし、さっさと制服に着替えるとスマホを確認した、ユウナだ。

 またタケシからもメールが入っているではないか! 

 ユウナからのメールはこうだった。


『おはようマコト、私はこれから寝るところなんだけど、さっきからしつこくタケシから着信があるの、まだ一度も出てないけれどね。出るべきじゃないよね、土曜日学校来られそう? ともかくマコトに逢って話したい』


 なんだかユウナに依存いぞんされちゃってるなあ、でもかの女が頼れるのは武井マコトだけなのだ。続いてタケシからのメールを読んだ。


『これ以上ユウナに関わるな、友人以上の関係になったらお前でも容赦ようしゃしない』


 !? 何様のつもりだ? ぼくがユウナと友達以上の関係になるわけないじゃないか、いったいタケシは何を考えているんだ。


 マコトは自室に戻ると、これも鳥の王の命令なのかと。何故タケシはシムルグにここまで影響された? 免疫めんえきがない。そうだタケシは神秘主義にまったくといっていいほど免疫がなかったのだった。こうなったら相談すべき相手は――アキヒコ!



武井メモ

乳香、没薬、金:キリスト生誕時の東方の博士からの供物。

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