-日曜日、否定するところの神と、巻き戻る「世界」砕けた骰子(2)-

 タケシの部屋は、この平屋の母屋の突き当りで母が下げ忘れたと思える朝食が入口にあった。

なんで引きこもってんだタケシの奴……思わずマコトはアキヒコと顔を見合わせた。


「ノックしますよ?」


 そう言ったのはアキヒコだった。

 卜部うらべ夫人は頷く。

 廊下ろうかに響く、硬い音。

 だが無音のまま雨音だけが廊下を満たしている。

 こりゃちょっと荒療治あらりょうじが必要かな? マコトは考えるより先に言葉に出していた。


「タケシ! ユウナに対して自責の念があるなら開けてぼくとアキヒコの話を聞くんだ! お前はだまされただけだ!」


 扉の向こうで、ゆらりと影が揺れた気がした。だが沈黙が保たれた。

 アキヒコはもう一度扉を叩いた。硬い音が廊下に響いた。


「タケシ、話をしようぼくと武井ならきっと相談に乗ってやれるはずだ!」


 すると扉の向こう側から初めて返答があった。


「お前たちと話すことは何もない! こんな田舎までやって来て停学中の男を嘲笑あざわらいに来たのか? さっさと帰れ畜生!」


「お前にも事情があるのは知っている、少しでいいから鳥の王のことを話してくれないか?」


 アキヒコは辛抱しんぼう強くタケシに語り掛けた。


「鳥の王って……」


 卜部夫人は面食らって尋ねてきた。


「最近ご子息が捕らわれてる妙な考えです」


 そう、マコトは答えておいた。


「うるさい! 鳥の王の素晴らしさの何が分かるってぇんだ! お前たちと話しても無駄だ! お節介の吉村と武井は帰れ!」


「その鳥の王について話しに来たんじゃないか、タケシ。お前の知ってることを話してはくれないのか? そうだ如何に鳥の王が素晴らしいかを!」


 うまい! アキヒコ。鳥の王をめるとは。これでタケシの態度も多少は軟化なんかするはずだ。


「鳥の王の……素晴らしさ……」


「そうだ、頭の弱いオレや武井にも解るように説明してはくれまいか?」


「ぼく達の断片的な情報では鳥の王の素晴らしさを理解するに至っていない! ぜひとも君の協力が必要だ」


 ぼくはアキヒコの弁にダメ押しする形でタケシをおだて上げた。もう必死だ。


「そう……鳥の王は、シムルグは全能……」


 カチャリと鍵の開く音がした。


 扉の隙間からタケシが顔を見せた。

 そのとき卜部夫人が泣きそうになったのをぼくは忘れられない。



 タケシのほほはげっそりとこけ、無精髭ぶしょうひげがざらざらと生えていた。

 目は落ちくぼみ、しかしながら妙な光を映し出していた。

 着ているものは恐らく寝間着ねまきにしてるじゃージだろう。


「入れよ、吉村と武井。おふくろはまだ許可出してねえからな」


 そう言ってタケシはぼくとアキヒコを自室に招き入れた。ひどく酒臭い息。


 さて、タケシの自室に入るとそこは荒れ放題だった。

 至る所にビールの空き缶。

 一体いつ調達しているのだろう? そして僕の口からはとても言えない悪臭を放つテッシュペーパー。

 これにはアキヒコも辟易へきえきしている。

 同時に隠しもしないグラビア誌の数々。

 そのテの漫画も散らばっている。

 テレビはPS4が刺してあり、スパロボが付けっぱなしだ。

 つまりは荒れるだけ荒れ放題。



「――なあ、タケシこれと鳥の王が見たら何て言うかな?」


 アキヒコは語りかけた。


「………………」


「まるで今のタケシの心象風景だよ」


「しんしょう、ふううけい……」


「タケシの心の中そのものってことだよ!」


 ついにぼくは叫んだ。


「タケシの心が荒んでるから、この部屋も同様に荒んでるんじゃないのかな!?」


「とりあえずだ。このテッシュだけは片してくれないか?」


 と、アキヒコは言った。

 ぼくとアキヒコが喋ってる間呆けたように立っていたタケシの、ぼんやりと落ちくぼんだ眼に光が差し込んだ。

 そしてタケシは急に赤面すると、落ちているテッシュをごみ箱に突っ込み始めた。

 もっとほかの処理方法がある気もするのだが……そして落ちていたグラビア誌や漫画も片付けて納戸なんどに突っ込んだ。

 これで一応は部屋がタケシの欲望から解放され、見られる状況になった。

 そして部屋の隅に置いてあった段ボールのケースから、ロング缶のビールを一本取りだしてそのまま喇叭らっぱで飲み干した。

 アル中にしてヤク中……そんなフレーズがマコトの頭を掠めたが黙っておいた。

 アキヒコも同様だった。

 これがタケシの通常運転なのだ。


「鳥の王は」


 ヒック、とタケシはしゃっくりをした。


「素晴らしい教えをくれる。武井、前にお前は俺が免疫がないとか、鳥の王が教えてくれる素晴らしい考えは既存きぞんのものであるかのように、ユウナに語っていたな?」


「その通りだからだ」


「鳥の王の考えは新しい! 今まであったものなんかじゃない」


 タケシはフラフラとベッドに腰かけた。

 アキヒコは慌ててタケシが倒れないように支えようとするが、タケシはそれを跳ねのけた。


「お前たちは鳥の王の正体を知らない」


「ほう、卜部さまは鳥の王が何者たるかをご存知か」


「マコト! あんまり刺激しないで……」


「いや、タケシ自身から鳥の王の正体を話すというのなら話して貰おうじゃないか」

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