-木曜日、マコト怪力乱神を語る、ユウナとタケシの事件。骰子の目は四(2)-

 仕方なく武井マコトはびしょ濡れのまま生徒指導室に行って事のあらましを話した。


 恐らくマコトが家に帰りつく前にはタケシとユウナの両親は何が起こったか判ることになるだろう。

 もうこれ以上何もできなくなったマコトは母親に連絡して帰宅するしかなくなっていた。

 タケシにするなら自分にチョークスリーパーと言ったが今は鳥の王に自分がチョークスリーパーをかけてりたいところだった。


「おい、武井」


 不意に名前を呼ばれてマコトは面食らった。そこに居たのはアキヒコだった。


「これ、使えよ」


 洗濯済みのスポーツタオルを渡されて、改めて自分がねずみになっていたことに気づいた。


「おう、サンキュ」


 アキヒコはこういったとき気が利く。


「これからどうすんだ?」


「ん? これから母さんに迎えに来てもらいに来るところ、タオル、洗って返すわ。あんがと」


「別に今濡れたまま返してもいいんだぜ」


「いやいやそれは流石に良心がとがめる」


 そしてスマホを取り出した武井マコトは母に連絡を入れた、すっかり濡れてしまったのでタオルも積んでほしいということ。


「ちょっと見たけど、タケシとユウナ。何があった?」


 はて単なる痴話喧嘩ちわげんかといえばそうなので、問題ない部分だけ話してしまおうか?


「まあユウナがぼくに相談を持ちかけて、それがタケシの逆鱗げきりんに触れることだったってことなんだけど」


「だけどそれでDVってのもひどいな」


「ユウナの事はぼくがよく見張っておくよ」


「うん、ありがたい、彼女の事は俺なんかじゃ介入できない事もあるから」


 不意に車のクラクションが鳴った。マコトの母が迎えに来たのだ。


「そんじゃまた明日!」


 今度は傘をさして校門までマコトは走り出した。

 助手席のドアが開くとアキヒコのタオルで少しはましになったものの、ぽたぽたと水滴が髪から落ちている姿を見て母は仰天ぎょうてんした。


「マコト! どうしたの!?」


「いえ、ちょっとユウナとタケシを傘を差さずに追いかけていたら……」


「もう、本当にお節介なんだから……」


「だってDVだったから」


 話している間にも車は発進し緑の中を進み始めた。


「後部座席にタオルがあるからさっさと体と髪いちゃいなさい。この見慣れないスポーツタオルは?」


「ああ、さっきアキヒコが貸してくれた」


「吉村君だっけ?」


「そうそう」


「母さんも経験あるけど男女の入り混じったグループって難しいのよ」


 お母様、貴女の運転の方が難しいです。


「DVってどんな感じ? アンタの目の前で?」


「そうなりますね、タケシって図体でかいから、ちっこいユウナの腕思いっきりつかんだだけでひどいあざ


 武井マコトは事実のみを淡々と話した。


「場合によっては警察ものねえ」


「ん~一応生徒指導の先生には話しておいたけど」


 会話の終わる頃赤い軽自動車は武井家に到着した。

 マコトは一も二もなく風呂に入れられ再びねずみになった、だが今度は暖かい濡れ鼠だ。

 部屋着に着替えたマコトは母の手料理を父と三人で食べて自室へ戻ってきた。

 時計は20時を回っている。ユウナからちょうどLINEの通話が入ってきた。


『やっと今家に帰ってきた』


『大丈夫? タケシに何かされなかった?』


『無理やり……ごめんちょっと言いたくない』


『言いたくないなら、言わなくていい』


 タケシ……まさか強引にユウナを? いやだ、考えたくない。


『家に帰ってきたばかりで、今やっと制服から着替えたところ。マコトびしょ濡れになっていたけど大丈夫だった?』


『ははは、この武井マコトがその程度で』


『うん、いつものマコトでよかった』


 強引にってディープキス程度のことかもしれないしここは、楽観的に考えよう。とはいえ武井マコトは元来ネガティブな思考の持ち主だがそこはあえて消えてもらった。


『ノーヘルだったし濡れたと思うけど、風邪なんてひいてないよね?』


『あのタケシの大きなバイク、凄いスピード出すからしがみついて落ちないようにしているのがやっとだったわ』


『それでどこへ行った?』


だが返事はなかった。


『ユウナ?』


 だがいつまで経っても答えはなくいつのまにか通話は切れた。

 大きなわだかまりを胸に抱えたままマコトはベッドに潜り込んだ。

 やはりタケシはユウナを……嗚ゝああ考えたくない。だが頭の中を占めるのはそのことばかりだった。


 いつの間にか懸念けねんる空想とユウナの数少ない言葉を組み合わせた最悪の空想ばかりが、まさに鳥の王の如くマコトの脳内を羽ばたき自在に飛び回り始めた。

 やがてシムルグは分裂をはじめマコトの頭に入りきらなくなり、耳の穴から飛び出していった。

 その都度つどうつくしい羽根を落としマコトのベッドは降りもるシムルグの羽根でいっぱいになっていくのであった。



武井メモ

子、怪力乱神を語らず:理性で説明がつかないようなものについては語らないものだということ。マコトは語りまくっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る