-火曜日、鳥の王のはばたきと、マコトの「芸術」骰子の目は二(1)-

相模原の山中に分校などない。



――火曜日、放課後、ユウナと二人で彼女のバイト先でもある駅近くのファストフードでタケシとの話を聞く。

ユウナは、はぐらかしたが二人が急速に上手くいかなくなっていたことは明瞭めいりょうだった。


「別れちゃえば? いっそのこと」


ぼくは思ったことをはっきり口にするタイプだけど、ユウナはそれを十分理解しているしその意見にまるっきりの反対というわけでもなさそうな様子だった。


「タケシが今日おかしい」


 それが元々のユウナのぼくに対する相談事だった。


だって?」


「その鳥の王がタケシに訳の分からない事を吹き込んでいるみたいなのよ」


「それ以前に部活もやってないタケシの作った小説なんざ、意味不明なものが多く感じるけどな。多作な割には進歩がない」


「タケシの悪口はお願いだからやめて」


「またフィクションと現実を取り混ぜて、揚句あげくに精神科に行こうとして止められるのがオチだろう。面倒くさいんだし放っておけばいいんじゃないか」


「やめてって言ってるでしょ!」


 騒がしかったファストフード店の店内が水を打ったように静かになった。だが直ぐに喧騒けんそうという時計の針は動き始める。珍しく激昂げきこうしたユウナに武井マコトは少し狼狽ろうばいして謝罪した。


「悪かったよ、タケシも何か事情があるんだろう。でもこのままじゃ何の進展もない」


「だからマコトに相談してるんじゃない!」


「分かった、わかったからユウナ。少し落ちつけ」


またユウナが大きな声で叫びだしそうだったので慌ててぼくは、適当な……つまり彼女の好きなアニメの話などでお茶をにごして、落ち着いてもらうことにした。

 ユウナはアニメが好きだったしこれが功を奏したのか徐々に彼女は普段のおだやかで落ち着いた少女へと戻っていった。

 そうしないと本題であるタケシ、卜部うらべタケシの今日の奇行奇態きこうきたいについての相談事という本来の目的が果たせなくなってしまうからだ。

 ともかくタケシを悪くいうのは禁句のようなので、ぼくは切り口を変えることにした。


「いつから鳥マスク男が来るようになった?」


「昨日からなんですって、だって彼わたしの言うことよりもその鳥マスクの言うことを信じているのよ! バッカみたい」


「具体的には何を話しているんだい?」


「『救いの山に逃げ込んだものだけが聖杯のを知っている、俺は鳥の王シムルグ。お前に啓示けいじを授けに来た』みたいな? だったっけ、全文」


「そこにロマンはあるのかしら」


「お願いだからマコト、真面目に話を聞いて」


「ふーん、カタリ派だねそれ」マコトはかしこまって言い放った。


意味不いみふな話はもう散々よ、それでね今季のアニメなんだけど――」


 雨は降り続いている、ユウナと別れた駅に止めた愛車はすっかり濡れていたので慌ててシートをタオルで拭くと、常備している雨合羽あまがっぱに一路市街地から山道へ向かってカブは走り出した。

 林業を営む武井マコトの家は、ひどく奥まった山地にへばりつくように建っていたから高校に通うにも下宿を勧められたほどだったが、誕生日が来れば免許を取ってバイク通学できると両親を説得して結局自動二輪の免許とバイクを手にすることに成功した。

 雨は本降りになってきていた。これじゃあ明日は母に送ってもらうしかないな、武井マコトは嘆息たんそくした。



武井メモ

カタリ派:12~13世紀ヨーロッパに勢威をふるったキリスト教異端派。原語はギリシア語の katharos (清潔) に由来。マニ教的二元論と極端な禁欲主義を特徴とする。南仏が中心地。

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