-再びの金曜日、マコトと「死せる思考」(2)-

 灯りを消した自室でマコトは夕食後もぼんやりと目をつむっていた。


 いやだ。

 何も考えたくない。

 どうやって楽になればいいんだ?


 一人は、いや――


 でもどうしても己の孤独に寄り添うことが最善と思えてくるのだ。

 何故だろう。


 ベッドのシーツに包まってマコトは嗚咽おえつした。


――駄目だ、結果がどうであれぼくは鳥の王をゆるすことはできなかった。

 それを殺すだなんて……


 鳥の王は彼女を殺してどうする気か?

 殺すということは、手に入れることと等しい。

 鳥の王も目的はユウナの簒奪さんだつなのか。


 窓の外は叩きつけるような雨で、まるでマコトの心象を代弁しているかのようだった。



 先ほどから自分は横たわって身じろぎもしなかったが、そうした人間が仮にほかに存在した場合、それは可能性であって永久に第三者には『死んだ』者であり、自分もまた死せるものであるのかも知れないとマコトは思った。

 そうして死せるマコトの永久の循環が、ベッドの上で幾世紀にも渡って繰り返されてないとは誰が言えようか? そう、誰かが発見し揺り起こすまで死せるマコトはやはり死んでいたが、それはあのメフィストが言った通り変容へんようを繰り返しているだとか、生まれるたびに真のすがたになるだとか超自然的な思想まで、今なら入り込む余白もありそうだ―― 


「擬態というのは、」


 メフィストの声がした。


「ある種本物の体験を超える。体験クオリアの中の体験クオリアだからだ。演劇の効能とはそういうところにある、むしろ現在は君自身の仮面劇ペルソナというところか――」


「では……ぼくは何のめんを被っていると?」


「泣いた面だろう」


 そう言うと再びメフィストの声は小さくかすれ、木霊こだまし、消えて行った。


 マコトは死の姿勢を崩した。

 起き上るとスマホを見た。

 特に誰からも連絡はない。


 嘆息し、椅子に座りなおした。

 死から生へと蘇ると部屋の電気は暗いままでカーテンの向こう側を見た。

 そこは漆黒で山々も、星々も木々もなにも見えなかった。

 叩きつける雨もそこにはなかった。

 というよりも窓は漆黒で塗り固められており何一つ存在していなかった。

 それはであった。


 いつの間にか部屋にメフィストがいた。


「何を窓の外にた?」


「虚無を……ここにはなにもない、ぼくは死んでいたから」


「そう君は死んでいた、しかしまた生まれた」


 虚無の中から世界は生まれる物とマコトは理解していた。

 再び真っ暗な窓へ近寄った。


「なにか遠くに光るものが見える……」


「それは以前見せた宇宙時計の黒鷲さ。来たまえ近づいてみようじゃないか」


 メフィストはマコトの目をそっと閉じた。


「見せてあげよう」


 今度は風の音も聞こえなかったが、マコトが再び目を開けると眼前には素晴らしいものが設えられていた。


 共通の中心をもつ垂直の円と水平の円がある。これは宇宙時計である。この時計は黒い鷲に支えられている。垂直の円は青い円盤になっており、白の境界線で32の区画に分割されている。円盤上では指針が回転している。水平の円は四色(小豆、オリーヴ、レモン、黒)で構成されている。こちらの円の上には振り子をもった侏儒こびとが四人いて、円の周囲には、それを取り巻くように輪が配置されている。この輪は以前は黒だったが、いまは黄金きん色である。


「宇宙時計、これが世界の本当の時を告げる機構さ。悪魔がそう見に来ていいものではないけれど」


「これはどうやって動く?」


「1 小脈動 垂直になっている青い円盤上の指針は、32分の1ずつ進む。

 2 中脈動 青い円盤上の指針が完全に一回りする。それと同時に、水平の円が32分の1だけ回転する。

 3 脈動 中程度の脈動の32回分は黄金色のリングの1回転分に等しい」


「この黒鷲は生きているのかい?」


「勿論だ、触ってみたまえ」


 マコトがおそるおそる、黒鷲に触れると、なんと時計は動き出した。


「やあ、時が動き出したぞ」


「吃驚した!」 


「マコト君、動き出したのは君の時だ、君の『』が動き出したのだ」


「この黄金色の輪がまぶしく感じる……」


 そう言ってまぶしさにマコトは目を閉じ、手で覆ったが直後バランスを崩してしまう、それをメフィストはあわてて支えた。


「きっと本当の夜が明けるときだ……」


「わたしも滅多にお目にかかった事はないのだがね」


「これを鳥の王にも見せてやることはできないのか?」


「何故急にそんなことを言うようになったのだね」


 マコトはおずおずと話し始めた。


「世界が曙光ひかりを連れてきたように、一度死んでしまったからね、死ということは肉体の死のみならず条件的な死も内包されている」


「わたしが少し目を離しているうちに随分と大人の考えをするようになったものだ」


 最早マコトの部屋は完全に外界から切り離され、『世界からも人間からも6000フィート離れたところ』に存在していた。


「明日、くだらんチキンレースで何が起ころうとぼくは怖くない、鳥の王もおそれない」


「マコト君……」


「ただし法律は守る、ユウナもアキヒコも巻き込まない」


 まばゆい光がマコトとメフィストを照らし出してゆく。


「光に愛せざる者……」


「その名は返上だ」



 気が付くとマコトはベッドの上で眠っていた。

 意識ははっきりとしている。

 いきなりユウナから着信があった!


 慌てて電話口に出ると、ユウナは存外に落ち着いた口調だった。


「マコト、休んじゃってごめんなさい。昨日土砂降りの中タケシの奴に呼び出されて」


「なんだって!?」


 風邪をひく役回りはユウナの方へ行ってしまったのか!


「それで……なにかされなかった?」


「なにも? ところでマコトと対決するとか言ってたけどどういう事?」


「なーんでも! なんでもありません、あはははははは……」


 マコトはとりあえず誤魔化ごまかしておいたが、ユウナは結構鋭いので心配だ。

 しかしまさかチキンレース会場まではやってこないであろう、そう信じたいものだ。


「ほらさ、STGのスコアでタケシと対決ね!」


「ふーん、そうなんだ」


 なにせ法に触れるような事なのだ、絶対にユウナを巻き込むわけにはいかない。


「ところでユウナ、タケシからお誘いとかあった?」


「いいえ、何も? 変なこと聞くのね」


「う、うん。それならいいんだ」


「ところでマコト、あの乙女ゲームの攻略なんだけど……」


ユウナの話題が変わってくれたので安心して、マコトは話を続けることができるようになった。

部屋はいつも通りのマコトの部屋に戻り、メフィストも雲散霧消うんさんむしょうしていた。

パジャマに着替えていたのでマコトはそのままユウナと話しながら寝る体制に入ったのであった。



武井メモ

宇宙時計:ユングが分析したパウリという物理学者のマンダラ夢の一つであり、別段古い概念をメフィストが持ち出したのではないが、このい部分において適切な「兆し」として扱われていると言えよう。

大いなるとき:ニーチェもまた同じことを言っている。

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