-土曜日、悪魔と鳥の王と世界を巡る論争。骰子の目は六(2)-

「来たまえ」


 そういってメフィストは強引にマコトの手を取りマコトを抱きかかえると、軽々と中空へ飛び立ち、マコトの家の屋根からはるか彼方、分厚い雲を抜け満天の星空へ出た。


「やあ、沢に盆地を見つけてはそこにへばりつくように哀れな商業活動、あるいは小市民生活。人間は川をおそれる、だが川なしでは生きてゆくこともまたできないのだ」


 実際そうだった。雲の合間から見えるのは哀れな人間存在。その証でしかないのだ。一度だけ行ったことのあるタケシの特徴的な山葵わさび農家の山葵田わさびだの水面には、雲合いから見える星々が反射していた。



「見るがいい『鳥の王』が哀れなタケシを訪問している」


「なんだって!?」


「しっ、あんまり近づき過ぎると見つかってしまう。愚鈍ぐどんなタケシにはともかく鳥の王には我々は見えているのだから」


「鳥の王は眠ってないのに見えるのか!?」


「それがシムルグがシムルグたる所以なのだよ、鳥の王に扮装ふんそうすることによって鳥の王にことができる」


「てことは本物の鳥の王って事なのか?」


「その通り、まさに本物のシムルグの一人だ」


「一人? シムルグはあいつだけじゃないのか?」


「シムルグはかれを観照かんしょうする者の数だけ存在する、生きてようと死んでようと、創作であろうと」


「ではなぜぼくを選び、この光景を見せている?」


「どうだろう? 悪魔は至極しごく気まぐれだから」


「答えになっていない」


「答える必要があるかはこの私が決める。ただ君は私に選ばれるだけの資質があった、知識、知性、智慧。それら全てを兼ね備えている、なあマコト君」


「……なんだい」


「きょうびそんな子供は珍しい。彼のグレーヒェンですら相応しくない。彼女には説明してもわからないだろう。哀れなことだ」


 メフィストフェレスは、


「しっ」


 と、マコトに黙るよう合図しながら徐々に下降を続けて行った。

 やがてまた雲を抜け山葵田の水面がきらきら光るタケシの家に近づいて行った。

 二人は体良く屋根瓦やねがわらの影に隠れると、二人の会話に耳を傾けた。


「悪魔の耳は地獄耳、小さな声も大きく聞こえる」


悪魔はマコトだけに二人の会話が聞こえるよう言ったようだった。




「この世界を認識しているのがこの私と君だけだったらどうするかね?」


「いったいどういうことですか鳥の王?」 


「君は二元論を愛したまえ。光と闇のせめぎ合いを愛したまえ。二元論科学的な重要な事柄にいて、それを私たちに放棄ほうきするよう迫られることはない。それが要求するのはただ教義を捨て去ることだけだ。意識をわがものにしたいのならば道を広げなくてはならない、もしこれが二元論であるならば二元論を愛すべきなのだ」


「はい、二元論を愛します、王よ」


 タケシはかしこまって鳥の王に答えた。


 それを聞いたマコトは爆笑しそうになって、メフィストフェレスのおおきな手で咄嗟とっさふさがれた。


 勿体もったいぶって鳥の王は続けた。


「――判断には三つの段階がある、まずなにか赤い物を経験していればつまり最初の判断と意識と気づきは同じなのだ。


二番目はもっと複雑で怪我をしている、などと判断する。多少なりとも自分にはそういう経験をしている判断できるという能力があるらしい。


 意識体験について三番めの物はタイプとしての意識体験の判断だ、我々は意識体験をするということに思いを馳せることによって、三番めの判断をしている

『タケシ氏に如何に意識体験について説明をしたらよいか』

 など典型的な意識体験だ。


 この三番めの判断はモノを考える性質の人間には当たり前のことだが、だいたいの人間はそんなことは考えずに人生を送っている。


 これを踏まえて意識に関する様々な種別は次にようになる


・一次判断 それは赤い。

・二次判断 自分は今赤いという感じがしている。

・三次判断 感覚というのいうのは不思議だ。


 と、なるわけだ。君はどうだね?


 ここでお隣の宇宙にいるこのシムルグの双生児たるゾンビについて考えてみよう、かれは意識体験についてこれまたゾンビのタケシに語っている。

 実際に意識体験に憑りつかれた様だ、一方で二元論を否定するゾンビには論争をふっかけられこれ等の見方では意識体験の実際を正当に扱うことは出来ないと論じている。

 にもかかわらずかれには一切意識体験というものがないのだ、彼の宇宙では否二元論が正しくかれが間違っている」


「哀れなオレの分身!」


「ゾンビ世界の宇宙は反物質で出来ている反宇宙と仮定しよう、これはビッグバンの後、核融合かくゆうごうが進み物質は対消滅ついしょうめつしていった。

 我々の宇宙では物質が微量に残ったが、お隣のゾンビ宇宙では反物質の方が多く残り自然科学をも虚数きょすうが支配してしまっている。

 恐らくビッグクランチの時でさえたった一つの反物質が残ると思われる、君同様孤独なのだ、彼は」



「ビッグクランチなんて知ってるのかい、タケシは」


「知らないだろうね、でもシムルグの説明にうなづくしかないんだ」

メフィストフェレスは小さく嘆息した。



「君も本当はこの鳥の王以外のゾンビに囲まれた孤独な蝶のようなものだ」


「連中はゾンビ……」


 六月だというのに、相模原の山間部は降り続く雨のせいで冷え込んでいた。タケシと鳥の王は雨に濡れながらも終わりなき認識の談義だんぎを続けようとしていた。



「さて帰るか。話は堂々巡り、タケシは物覚えが悪いしこの問題にはついていけてないからね」


「明日タケシを訪ねてみようとアキヒコと話していたんだ」


「それは妙案、なにか進展があるといいのだが、期待しているよマコト」


 そう言うとメフィストは再びマコトを抱え中空に飛び立った、再び星々のあいだを潜り抜けあっという正にマコトの部屋に降り立つと、ベッドにそっと降ろし一言


「よい夢を」


と言うとメフィストは雲散霧消うんさんむしょうした。



武井メモ

哲学ゾンビ:物理的化学的電気的反応としては、普通の人間と全く同じであるが、意識(クオリア)を全く持っていない人間」と定義される。マコトはDQNをそう思ってる節がある。

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