-日曜日、否定するところの神と、巻き戻る「世界」砕けた骰子(4)-

「ったくタケシの奴、瞬間湯沸ゆわかかし器かよ頭に血ぃ上んの早過ぎィ!」


 狭い浴槽よくそうかりながらマコトは今日の出来事を思い返していた。

エッシャーの球体のシムルグ。

 鳥の王はそんなものを、本当にタケシに送りつけてきたというのだから驚きだ。

 残念ながら鳥の王のメールアドレスは確認できなかったのだが。


「シムルグは30羽の鳥……」


 ぶくぶくと口元まで湯につかりながら、マコトはシナの山頂に見事な羽根を落としたあのシムルグを夢想した。

 鳥たちはほとんてない冒険を繰り広げ、山頂に辿たどりつくころには30羽まで数を減らしていたが、己たちこそがシムルグであり、シムルグとは30羽の鳥の総称そうしょうであり、シムルグを観照かんしょうするにいたる……あのシムルグの伝説を思い返していた。


「ンァーーーーーッ!」


 マコトは息を次げなくなって風呂から上半身を飛び出させた。


ッツゥイ! 熱ッツゥイ!」


 しかも追いきだったので温度を上げ過ぎていたのだ。

 そしてそのまま浴槽から出ると髪を洗い、シャワーで流して風呂から出た。

 脱衣場だついばに用意しておいた真新しい下着と寝間着ねまきに着替えると、タオルで髪に付いたしずくぬぐいながら居間も通らず自室に入ってしまった。

 そして机上きじょうのスマホを見るとユウナからLINEの着信がある!

 マコトはぐにけなおした。


『もしもしユウナ? どうした』


『もうこの非常事態に何してたの、マコト!?』


『風呂に入ってた』


『もう仕方ないわね! 大変よ、あなたとアキヒコの殺害予告が鳥の王から来たわ!』


『なんだって!?』


 マコトは仰天ぎょうてんしてタオルを落としてしまった。


『メモを取ったの、こうよ――』


タケシのもとへ探りを入れに行ったのだろうが、

すべては徒労とろうに終わったようだな。

少しでもが秘密をのぞいたものは万死ばんしあたいする。

って吉村アキヒコと武井マコトは死ななくてはならない。

執行者しっこうしゃ卜部うらべタケシ、けいは今晩執行される。

草々


『ねえ、くさくさって何? 笑ってんの? 聞いてる、マコト?』


 何だってーーーーーーーーーーー!!!!!

 鳥の王め! 早速正体を看破かんぱされたと誤解してタケシをき付けたな!

 このままではアキヒコまで危ない。


『どうせならwwって書けばよくない? 鳥の王って何様?』


『ごめん、ユウナ、考える時間がほしいし、鳥の王は本気だ。このままだとアホなうちの母がおめおめタケシを家に上げてしまう!』


『タケシが? だってもう遅いじゃない』


『刑の執行は今晩とある』


『それを本気にしてるの? マコト』


『本気と書いてマジです! じゃあね、ユウナ!』


 そう言ってマコトは通話を切った。


 非常にまずい、自分の命が狙われる事態に発展するとは夢にも思わなかった。


「母さん! 母さん!」


母の名を呼んだ。だがそれは部屋でむなしく反響しただけだった。

風呂から出たのは11時過ぎ、あと30分くらいでタケシはやってくる寸法すんぽうだ。


「メフィスト、メフィストフェレス! るんだろう出てこい!」


 次にマコトはおのれの神の名を呼んだ。


 すると天井てんじょうからにゅっと美丈夫びじょうふのメフィストが現れたのだ。


「マコトくん、水もしたたる……いやなんでもない、そんな大声出さずとも聞こえるよ」


「メフィストフェレス、タケシがぼくを殺しにこれからやってくる!」


「知っているとも」


「どうやって殺すつもりなんだ!?」


「凶器はなた


「農家にはおあつらえ向きだな」


「君の家に転がっているぞ」


「なんだって、じゃあぼくはこのままタケシに鉈で殺されるのか!」


「いや、そうはならないし、タケシはここには来ない」


 メフィストフェレスの一言にマコトは目を丸くした。


「どういうことだ……?」


「鳥の王はわたしとの契約けいやくたがった。つまり悪魔との契約にそむいたんだ、あのエムぺドクレスほど傲岸不遜ごうがんふそんな鳥の王は」


「と、言うことは今から……?」


「うむマコトくん、鳥の王は我々共通の敵だ。共闘きょうとうするぞ」


「お、おう……」


「鳥の王に勝つ、そのために先ずは時間をさかのぼる!」


「そんなことが出来るのか?」


「できるともマコトくん、先ずは鳥の王がわたしに反旗はんきひるがえしたあの忌々いまいましい木曜日に戻るぞ」


「木曜日? もうそっからダメだったわけ、鳥の王は」


「ダメだ」


 するとメフィストフェレスはマコトの後ろに回り込み、頭と目を大きな手でおおった。


「ちょっとくらくらするかも知れない。いくぞ――」


「1」「2」「3」


 するとマコトは真の闇につつまれた。

 体だけが物凄い速さで風を切っている。

 耳元でごうごうと風の音が聞こえた。

 すると眼下に黄金きん色に光る小さなものが少し見えていた。


 風の音の代わりにメフィストが話す声が聞こえた。


「あれは宇宙時計、黒い鳥の支える二つの円とそれを取り巻く金色の輪が、を告げているのさ」


「なぜぼくに見えるのかい?」


「わたしが見せているからね、さ、先を急ごう」


 宇宙時計は一瞬のうちに見えなくなりまた真の暗闇が支配した。



 マコトがから目を覚ますと、果たして木曜日の朝であった。



武井メモ

エムぺドクレス:彼の死については真偽ははっきりしない。フリードリヒ・ヘルダーリンは神と一体となるためエトナ山に飛び込み自死を遂げたという説を主題に未完の戯曲『エンペドクレス』を創作した。ホラティウスもその『詩論』でこの説について言及し(第465行)「詩人たちに自決の権利を許せよ」(sit ius liceatque perire poetis) と謳っている。

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