-月曜日、まだいつも通りだった頃、眠れない夜と骰子の目は一(1)-

 相模原の山中に分校などない。


 嫌でも月曜は巡ってくる。お上品でもない、マンモスでもない、制服が派手でもない、むしろこじんまりとした、そんな山中の分校。

 マコトは愛車のカブでさらに山奥の実家から乗り付け、バイク置き場につけるとエンジンを切った。

 半ヘルをとって仕舞うと校舎に向かう。古めかしい二階建ての校舎。分校は町の集落から通っている生徒と山にへばりつくようにして散見されるもっと小規模な集落から通っている生徒に大別された。

 マコトは山派だ、小雨がこうしている間にも降り続いている。バイク通学はいい。少なくともあの危険極まりない赤い軽に乗らずに済むから。

 なぜなら、母の車は山ではちょっとした、いや大いなる恐怖の対象で、まずその車体は単独事故の痕あとが生々しく、塗装が所々剥げていた。


「あ~新車に買いなおしたいわ」


 それが母の口癖だったが父もマコトそんなことは一向に御免蒙ごめんこうむりたかった。


 車内では大抵レベッカかX Japanなどの楽曲が大音量でかかっていたし、本人がひどい調子外れで青い珊瑚礁なんかを熱唱していることも多かった。

 マコトがたまにこっそりとカーステレオをボカロ曲やサンホラに入れ替えたりすると、


「なにこれ」


 の四文字でCDを排出してしまう。父の車だったらもう少し別の曲、80年代のアニソン等が聞けたのに。

 しかし本当の恐怖は車外にあった。

 母はセンターラインをろくすっぽ守ってなかった。

 むしろセンターラインを引いて走っていた。

 山中を走る車は稀だが、この武井クミコの愛車の赤いボコボコの軽は、まかり間違って入ってきた黒塗りの高級車などより遙に畏れられていたし、他のどんな車もこの軽だけには道を譲ったのである。

 そうしないと事故るのは自分だから。

 お陰で今のところ母の車は単独事故のみで済んではいるが、一体いつガードレールを突き破って崖下に落ちるのか? センターラインを守らないが故に衝突事故を起こすのか? 山の集落ではたまに年寄りの茶飲み話の話題にすらなることもあったほどだ。

その因縁の軽から解放された。


 別にマコトの運転が巧いわけではない。

 今でも山道は苦手だし街中の集落を走っている方が得意なのだ。

 だがバイク通学はいい。

 そういえば今朝通学前にユウナからLINEで連絡が入っていた。


『今日どこで勉強する?』


 丁度今はテスト一週間前。

 平素受験勉強以外は大して構えてないマコトも流石に定期テストともなると、そのスタンスを崩さないわけにもいかなかったし、それに苦手科目を教えあった方が効率がいい。

 マコトは英語を、ユウナは現社を。

 どうせなら学校でほかの友人も誘うかな? とりあえず通学前に、


『ガスかサイゼどう? 混んでるかな』


 と、返信しておいたのだ。

 2-Aの教室に入るとマコトはユウナを探した。

 今朝の田中ユウナはサイドを編み込みにしてくせ毛を巻いた、お嬢様のような髪型をしており一体何時に起きているのだろうと、マコトに思わせるような凝ったヘアアレンジを毎朝していた。

 実際にその髪型はある一定の髪型の無限の亜種に過ぎないのだけれども。

 そして丸っこい瞳はふさふさのまつげで縁取られ如何にも女の子らしい。

 控えめな鼻とつぼみのような唇は、タケシが夢中になってしまうのもさもありなん、だ。


「おはよう、ユウナ」


「おはようマコト。今朝は早めね」


「今朝もバイクで来たから」


「今日の勉強会あの二人も誘う?」


 あの二人とは卜部タケシと吉村アキヒコのことだった。


「誘ってみて来るかな……?」


「人数多いだけ効率よくない? 誘うだけ誘ってみましょ、放課後でいいかな」


「ん、いいよ」


 テストまで丁度一週間、教室から喧騒と寝息が消えた。

 授業中DQNグループたちの私語がないだけでこんなに快適だなんて。

 昼休みも不良品どもは無駄な努力に勤しんでるようで静かなものだった。

 タケシとアキヒコは……屋上への階段かな? 屋上は施錠されており入れないのだが、そこへ続く階段と踊り場は出入りが禁止されていいるのだが、実は立ち入りは事実上黙認されているのだ。

 どちらにせよ話すチャンスは放課後のようだ。

 だいたいタケシはユウナと交際しているくせに、ユウナにアキヒコとのBLを疑われるような親密さで傍から見ている方にも「あやしい」とか「ウホッ」なんて単語を想起させるのだから、堪ったものではない。

 しかし五限の鐘が鳴ってもなかなか二人は帰ってこなかった。

 何があったのだろう? 教師が出席を取り始めてから二人は猛ダッシュで戻ってきたのだから。


 放課後――ここだけはテスト前でも騒がしかった。

 部活がないことを除けば、掃除係のタケシが役目を終えるのを待ちかね、


「ねえ、卜部っち、吉村くん」


 そう声をかけたのは、ぼくではなくやはりユウナだった。タケシは恰幅かっぷくが良く背も高い。(一年の時は散々運動部に勧誘された)アキヒコは線が細くどちらかというと小柄な少年だったが、しばしば隠れては煙草をのんでいた。


「二人して何の相談?」


 要領を得ないのでマコトは口を挟んだ。


「田中ユウナお嬢様がそなたたちを、御勉強の会に誘いたく申し上げるぞ」


 二人は神妙な顔をしてこちらをじろじろと見た。最初に口を開いたのはアキヒコだった。


「つまり俺ら四人で勉強しようってこと?」


――そうこの四人、この四人は所謂クラスの『良い子ちゃんグループ』(不良からすればおたく)で、教師受けが特に良いわけでもなかったが、概ね成績もよく此の山深いランクが中程度の小規模な公立高校では部活も含めて上手くやっている方といえた。

 タケシのみ部活動は行っていなかったが。ユウナとアキヒコは文芸部だったし、武井マコトといえば美術部で、よく美術教諭から『遠足のしおり』の表紙などを頼まれるのだが、決まってそれを遣りたがってる、あたまのふわふわした所謂いわゆるスイーツ系一般生徒に譲るよう勧めて一切筆を取ることはなかった。


 つまりマコトからすればそれが最上の遣り方だったし、このしみったれた学校にこれ以上貢献してやる義理はない、遠足のしおりに武井マコトの絵は不必要だった。

そうだ、くそったれ! 


「お断わりだぜオレは」


 タケシはにべもなく言い放った。


「なんでタケシ?」


「一人で勉強した方が効率いい」


「おれは別にいいと思う」


 アキヒコはこちらに同意してくれた。


「卜部、今日アキヒコに色々相談してたっぽいからな~一緒に来いよ~」


「ちょ、吉村お前武井になんか言ったか!?」


「言ってないよマコトが鋭いだけ、まあ、いいじゃない。で、どこで勉強する?」


「うんとねっ、ファミレスかな」


「う~ん空いてるといいんだけど……」


「ほらタケシ諦めろ」


 四人は町の集落のそのまた先の街を目指して雨の中歩き出した。



武井メモ

DQN生徒:マコト達が自分と合わない生徒たちを勝手にそう呼んでいるだけである。

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